弓坂に真実をつたえる - 第140話

 弓坂に引っ張られながら案内された行き先は、商店街にあるゲームセンターだった。


 幸せになることというのは、ゲームで遊ぶことだったんだな。実は俺よりもゲームが好きな弓坂らしい発想だ。


「あっ、この、そこでコンボは卑怯だろ!」

「だってぇ、さっきヤガミンにやられたからぁ、仕返し!」

「ああっ、やめろ!」


 友達とゲームセンターに来たのなら、最初にプレイするのはやはり格闘ゲームだ。弓坂は超がつくほどのゲーマーだから、格闘ゲームにさっそく食いついてきたが……強え強え。


 俺は得意なキャラを手堅く選択して三回対戦したけど、二回も負けちまった。木田や桂が相手だったら、手を抜いても勝てるのにな。


 泣きの四回戦目はかろうじて勝利して、戦績は二勝二敗だ。


 だがかつて黎苑寺のゲームマスターと謳われたこの俺が、このような体たらくで引き下がれるわけないだろ。


 俺は手をついて立ち上がる。くっくっくとアニメのキャラみたいな声を出してあざ笑った。


「弓坂。ついに俺を本気にさせちまったみたいだな。ここで会ったが百年目。お前には今日こそ屍になってもらうぞ」

「うふふ。あたしだってぇ、そう簡単には、負けないよぅ」


 穏やかに勇躍する弓坂を引き連れて、次に対戦するのはレースゲームだっ。


 こいつと初めてゲームセンターに来たときは、ゲームがうまいのを知らずに油断して、こてんぱんに打ちのめされたっけな。


 だが今は違う。俺は弓坂の実力をだれよりも認めているし、あれからひそかに特訓もした。


 弓坂がいくら人智を超えたテクニックを有していたとしても、俺は絶対に負けないぜ!


「よし、来い! 弓坂っ」

「ふふっ。やろぉやろぉ!」



  * * *



 ゲームセンターで結局二時間くらい遊びたおして、気がついたら二時をすぎていた。


 お腹が空いたのでファストフード店でかなり遅い昼食をとって、弓坂とゲーム談義で花が咲いてしまった。


 弓坂は俺を超えるほどのゲーマーで、ジャンルもシミュレーション系を除いたほとんどのゲームをカバーしている。だから話し出すと話題が尽きなかった。


 ファストフード店でも二時間くらいだらだらして、店を出る頃には日が落ちはじめていた。


「いっぱいおしゃべりができて、楽しかったねぇ」

「そうだな。弓坂みたいなゲーム通がいると、つい熱が入っちまうぜ」

「ヤガミンだってぇ、充分すぎると思うけどなぁ」


 俺のとなりを歩く弓坂がくすくすと笑った。


 商店街を出て、人通りの少ない住宅街へと向かう。さっきまで時間を忘れて遊んだから、どこかでのんびり休憩したいぞ。


 住宅街を抜けると裏手に川が流れているから、河川敷にでも向かうか。弓坂に提案したら、弓坂は迷わずにうなずいてくれた。


 河川敷に程なく到着して、堤防に腰を落とす。弓坂はとなりに座った。


 河川敷の向こうで流れる瀬上川に陽が映っている。夕刻の川は水面が夕日の色に染まり、秋の空をきれいに映し出している。


 にぎやかにゲームで遊ぶのもいいが、穏やかな場所でゆるやかに流れる水面を眺めているのも最高だな。荒ぶる心が洗われるような気がする。


 弓坂も同じ思いだったのか、何もしゃべらずに川を見ていたけど、


「ねえ、ヤガミン。あたしに、教えてほしいことがあるの」


 意味深な言葉で口を開いた。


「教えてほしいこと?」

「うん。正直に、答えてほしいの」


 正直に……? 弓坂は何を聞こうというんだ?


 弓坂は両手を胸に当てて、しばらく呼吸を整えていた。そして、「よしっ」とつぶやいて俺を見やった。


「昨日、ヤマノンといっしょにいた、あの人は、ヤマノンの恋人なの?」


 弓坂が聞きたいのは、雪村のことか。ずっと言わずに黙っていたけど、ついに聞かれてしまった。


 雪村のことは言わない方がいいと、俺の心が警鐘を鳴らしている。だがこの期に及んで隠していいのか。それはそれで義理を欠くんじゃないのか。


 弓坂は俺のためにいろいろと尽くしてくれた。それなら彼女の求める真実を包み隠さずに伝えることが、彼女の気持ちに報いることになるのではないか。


 俺は唾を呑み込んだ。


「そうだ。あの人は雪村さんって言って、山野が中学のときに付き合ってた人なんだ」

「付き合ってた……?」

「雪村さんは、中学校を卒業してから海外に留学してるんだ。今はあっちが夏休みだから、こっちに帰省してるみたいだけど。離れ離れになるから、中学校を卒業する前に別れたんだってよ」


 上月が昨夜に心配していた通りだ。海外という言葉に胸が締め付けられるような感覚がする。


「雪村さんは絵の天才らしくて、そこにあいつは惚れたらしい。今は別れているけど、ふたりでデートしてるくらいだから、お互いまだ好きなんだと思う」


 俺の言葉を弓坂は瞬きせずに聞いている。


「弓坂には、残酷なことを言っちまうんだが、今のあいつを射止めるのは、難しいかもしれない。雪村さんと別れて半年が経っているのに、あいつはまだ未練を残しているんだ。それがなくならない限り、あいつは次の恋に踏み出せないんじゃないかと思う」


 山野の関係を告げたので、すべてを隠さずに伝えてしまった。弓坂には絶対に受け入れられない真実だ。


 弓坂は山野と幸せになってほしかったけど……それは、もう叶わないんだよな。


「ごめんな。大したことができなくて。うまくいくように手助けしてやりたかったけど、俺にできることなんて、結局何もなかったんだな」


 弓坂はゆっくりと首を横に振った。


「ううん。ヤガミンにはぁ、助けてもらってばかりだから。あたしに教えてくれて、ありがとぅ」


 悲しさを堪えて微笑む姿が切なかった。


 弓坂が三角座りしている膝を抱えて、


「ヤマノンがいなかったらぁ、あたし、ヤガミンのこと、きっと好きになってたなぁ」


 衝撃的なことをなんの前振りもなく告白したので、俺の心臓が飛び出しそうになった。反射的にがばっと起き上がってしまう。


「お、おい! 弓坂っ」

「ふふっ。冗談だよぅ」

「冗談って、お前っ、死ぬほどびっくりしたじゃねえか」


 好きだなんて、女子から一度も言われたことないからな。つい挙動不審になってしまった。


「でも、まあ……嬉しいけどよ」


 俺が照れながら座りなおすと、弓坂は俺の顔をしげしげと眺める。


「ヤマノンに、気持ちを伝えたら、喜んでくれるかなぁ」


 気持ちを伝えても、あいつに振られてしまうかもしれないが。


「喜んでくれるんじゃないか? 弓坂みたいな女子にコクられて、嫌だと思う男はいないだろ」

「そうなのかな」

「そうだろ。弓坂は、その……可愛いんだから、コクられて困りはするけど、嫌だとは思わないだろ。俺だったらそう思うぞ」


 さっきだって目玉が川まで飛び出しそうなくらいに驚いたが、好きだって言われて嬉しかったからな。


 弓坂は赤面して、照れ隠しでくすくすと笑う。そんな姿がすごくいじらしくて、俺の心がくらっときそうになった。


「ヤガミンは、やっぱり優しいねっ。そういうところがぁ、きっと女の子に好かれるんだと思うなぁ」

「そ、そうか?」

「うんっ。ヤガミンの気持ち、雫ちゃんに届けばいいねっ」


 なんだよそれ。今はお前を心配してるんだから、俺の気持ちはどうだっていいじゃんか。


「ヤガミンの気持ちは、わかってるから。……麻友ちゃんにも、悪いもんね」


 弓坂はシャツの袖で涙を拭った。


「もう、だいじょうぶ。ヤガミンのお陰で、気持ちの整理はついたから。ダメでも、ちゃんと気持ちに向き合うよ」


 精一杯の空元気で微笑む弓坂を見て、こいつはやはり純粋な心を持つ女なんだと俺は思った。


 弓坂は、山野に気持ちを伝えるのだろうか。振られるとわかっているのに、好きな人に断られたら、死ぬほどつらい苦しみを受けることになるのに。


 ――ああ、なんとかならねえのかな。弓坂が振られて号泣する姿なんて、見たくねえよ。


 でも山野の悲痛な想いを変えることは、たぶんできない。あいつだって犠牲者なのだから。


 自分を犠牲にしているあいつに、さらなる追い打ちをかけるなんて、そんなひどいことを俺にはできない。俺は弓坂の味方であるのと同時に、あいつの味方でもなければいけないんだ。


 それが日本に残された同胞の、せめてもの気遣いなんだ。俺はうつむいて拳をにぎりしめた。

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