異世界ハーレムカフェは大盛況!だが - 第127話
うちのクラスの異世界迷い込み最強ハーレムカフェは、開店わずか三十分で大盛況という空前の大ヒットを記録した。
妹原と上月を中心にコスプレ衣装が大反響を呼び、朝から客が押し寄せたのだ。
来店した客の話にそば耳を立てると、コスプレ喫茶はやはり他のクラスでもいくつかあったようだ。しかしうちのコスプレ衣装のクオリティがはるか上だったみたいだ。
さらに勇者と魔王のモデルが、学校きっての美女ふたりだ。あのふたりがきわどいデザインのコスプレ衣装でウェイターをやってるんだから、そりゃ男なら一度は来店したくなるよな。
木田、お前はすごいな。今までまったく気づかなかったけど、実は天才なんじゃないか? ――なんて呑気に思案しているほど、今の俺たちは暇ではないっ。
「弓坂、何してるんだ! 先に注文されたのはカフェモカだろ!?」
「ええっ、ちょっとぉ、ヤガミン――」
「ああ、ヅラ! そのバウムクーヘンは午後の分だぞっ。勝手に袋から出すな!」
「んなこと言ったってえ!」
俺は弓坂たちと裏方の仕事をまさされているが、大盛り上がりを見せる店の裏側は生き地獄だっ。
カウンターの外から上月がにゅっと顔を出して、
「透矢! ちょっと、なにしてんのよ!? 早くもってきなさいよ!」
「うるせえな! お前んとこにわたすカフェラテをただいまつくり中だよ!」
いらいらして怒鳴ってきやがったから、逆切れして怒鳴り返してやるしかない。
三十分前はこいつの猫耳カチューシャに萌えていたが、それはもう昔の話だ。手と頭を絶えず動かしつづけていないと店がとてもまわらない。
ちなみに俺はキッチンで調理スタッフを担当しているが、火をあつかうものは弓坂や桂にやってもらっている。ケーキやクッキーは出来合いのものを使用するので、調理する必要もない。
「八神くん、こっちのお客様のカフェがまだできてない!」
「そんなこと言ったって、待ってくれよ! こっちだって忙しいんだよ!」
だから注意してきたのが妹原でも、感情にまかせて怒鳴ってしまうのだ。妹原、すまない。
だが忙しいのは妹原たちホールスタッフも同じで、ホール、キッチンともに増員しないと対応できない事態になってしまった。
俺たちの危機を聞きつけて午後担当のクラスメイトがヘルプに入ってくれたが、俺たちはもうのんびりと文化祭を楽しむことができないんだろうな。
駅前のカフェやファミレスって連日のように混雑しているけど、そんな店で毎日はたらいている人たちはすごいよな。こんな非日常な世界で生きているんだから。俺は今すぐにエプロンを放り投げて逃げ出したいよ。
「はい、八神くん」
模擬店の公開開始時間から一時間くらいがすぎて、店内が落ち着いてきた頃にお茶のペットボトルを差し出された。気を利かせてくれたのは、文化祭実行委員の松原だった。
「はたらき尽くめで疲れたでしょう。午後の部の人たちががんばってくれてるから、八神くんは少し休んで」
「ああ、サンキュー」
俺は差し出されたお茶を受け取った。よく冷えたお茶が渇ききった喉をすかっと潤してくれる。
「上月さんや妹原さんも、ずっと立ちっぱじゃもたないわ。ホールの人を増やしたから、あなたたちはこっちで少し休憩して」
「うんっ」
「ありがと、純子。お言葉に甘えさせてもらうわっ」
俺が休んでいるところに、コスプレ衣装を着た上月と妹原がなだれ込んできた。ふたりもだいぶお疲れみたいだ。
「あっ、八神くん。お疲れ様」
「おう。妹原もお茶飲むか? 松原が買ってきてくれたやつ、よく冷えてるぞ」
「うん。一本ちょうだい」
ダンボールに入っているペットボトルの一本をとって妹原にわたす。妹原はめずらしくぐいっと飲んで、「ああ、おいしい」とつぶやいた。
「透矢、あたしにもっ」
「ほらよっ」
上月は今にもたおれそうだな。猫耳や手の手袋のせいで暑いのか、全身から汗が噴き出している。
「お前、頭のやつをとった方がいいんじゃないか? 手袋も暑いだろ」
「そ、そうねっ」
上月は疲労のあまりに余計な頭がまわらないのか、俺の意見を素直に聞き入れた。頭の猫耳と手袋をはずすとただの黒いドレスを着た女になってしまうが、細かいことに文句をつけている場合ではない。
上月にタオルをわたすと、上月は汗だくの顔を拭った。
裏の狭い休憩室から、キッチンの様子がよく見える。キッチンは松原を中心に午後の部の人たちがきりきりとはたらいてくれている。
その忙しげな様子を妹原がしみじみと見つめる。
「松原さん。嬉しそうだね」
「あいつは文化祭実行委員だからな。自分たちの考えた企画が成功して嬉しいんだろうな」
松原は妹原みたいにおとなしくて、クラスの中で目立たない方だ。それなのに今はさっきの俺みたいに声を張り上げて、クラスの男子たちに勇ましく指示を出している。
クラスメイトの意外な面が見えるのって、文化祭ならではだな。そういうのを見るのは、ちょっと楽しいかもしれない。
「純子は企画担当だったけど、準備作業にも積極的に参加してたからね。大したものよ、あの子は」
上月も近くにあった
それに対して木田の野郎は一向に姿を見せないが、どこをほっつき歩いてるんだよ。木田以外にもヘルプに来ないクラスメイトはたくさんいるが。
「こういうときに限ってエロメガネはいないのよね。あいつはどこに行ったのよ!?」
少し休んで元気をとり戻してきた上月が地団駄を踏みだした。言われてみれば山野の姿もないな。
あいつは俺たちを見捨てるようなやつではないが……。
「あいつなら、行きたいところがあるとか言って、朝っぱらからどっかに行ってたぞ」
「なによそれ。あいつ、体力だけは無尽蔵にありそうなのに、どこをほっつき歩いてるのよ」
体力が無尽蔵にありそうとか言うな。いくら雰囲気がマシンじみているからって、さすがに失礼だぞ。
「あんまり休んでると松原たちがかわいそうだ。そろそろ戻るぞ」
よっこらせっと重い腰を持ち上げる。疲れは全然とれていないが、長い時間休んでいるわけにはいかない。
「そういえば、前に山野くんの知り合いだっていう人がいたけど――」
妹原ともっと会話していたいけど、そこはぐっと堪えるんだ。だが上月は妹原とまだ会話するようだ。
「松原、悪い。またせたな」
「八神くんっ、こっちはいいから、弓坂さんの方を手伝って!」
キッチンの業務に忙殺された松原が俺の顔を見ずに向こうを指す。ひとさし指の先で弓坂がてんやわんやしていた。
「ヤ、ヤガミンっ」
弓坂はどうやら品物を出す順番がわからなくなっているみたいだ。目が真っ赤になっているけど、だいじょうぶかっ。
「ああっ、何やってるんだよ。伝票がぐちゃぐちゃになったら、提供する順番がわからなくなるじゃないか」
「で、でもぉ」
弓坂は忙しい業務をこなすのが苦手なんだろうな。あんまり責めたらかわいそうだ。
だがこういう事態を予測してくれていたのか、松原が伝票に手書きで番号を打ってくれたようだ。
この番号に従って伝票を並び替えていけば、注文された順序の通りにキッチン業務をこなすことができる。
「落ち着け。松原が伝票番号を書いてくれたから、番号の順に並び替えれば元通りになる」
「そうなのぉ?」
涙目の弓坂の表情が少し和らぐ。なんとか持ちこたえてくれそうか。
伝票の並び替えが終わって、キッチン業務を再開させる。弓坂をひとりにさせられないと松原に言われてしまったので、俺のとなりにいてもらうことにした。
「弓坂、カフェラテをふたつ用意してくれ」
「うんっ」
弓坂は俺が指示した通りに準備をはじめる。その間に俺は食料品を用意する。
「よし、いいぞっ。次はバウムクーヘンだが、残りが少ないな。明日の分を後で買い足してもらうか。……弓坂、悪い。そこのメモ帳をとってくれないか?」
「わかったぁ」
弓坂との即興ペアは、なんだかいい感じだ。弓坂にも笑顔が戻ってきたし。要領も少しずつだがつかんできたみたいだ。
「ヤガミンがいてくれて、よかったぁ。ひとりだと、あたし、なんにもできなくなっちゃうから」
「そうか? まあこんなものは、コツをつかんでしまえば、あとは同じことの繰り返しだからな。提供する順番さえ間違えなければ、店はとりあえずまわってくれるし」
「そうなんだぁ」
キッチン業務をやるのなんて俺も初めてだし、足を引っ張らないか不安だったんだけどな。弓坂はなんでも素直に聞いてくれるから、つい調子に乗ってしまった。
次の客に提供するチョコレートの準備ができたので、ホールの上月たちを呼ぼうとした。けど向こうは客の対応に追われているみたいだな。
窓際の席で女子中学生らしきふたり組が待ちぼうけを食っているから、弓坂に提供してきてもらおう。
「弓坂、悪い。あっちの客が待ってるから、ささっと行って出してきてくれないか?」
「うんっ。わかったぁ」
トレイにふたり分のお茶と皿を乗せて、弓坂にわたした。
次に提供するのは、カフェラテとカフェモカだ。食べ物の注文はないな。
松原がコーヒーを用意してくれているから、俺は少し休めるぞ。その注文を処理したら、次はケーキ類の注文があるな。
次の注文を処理するころには弓坂が戻ってくるはずだから、飲料の用意は弓坂にまかせよう。
後ろの黒板にかけられた時計に視線を移すと、昼の十二時をちょうど過ぎていた。一時に午後の部と正式に交代になるから、二時間くらいは休めるぞ。
お腹もかなり空いたから、妹原や弓坂を連れてちょっと遊びに行こう。上月も、一応連れていってやるか。
そんなことを考えてにやりとしたときだった。
――皿の割れた音が教室に響いて、俺は驚いて顔をあげた。
突然のできごとに、うるさかった教室が静まり返る。近くにいた松原は細い目を見開いて、遠くの席で接待していた上月もこちらを向いて絶句していた。
「あ、あ……」
皿を落としたのは、弓坂だった。彼女の足もとでこぼれているのは、二杯のお茶。――俺がさっきわたした品物だ。
弓坂は真っ青な顔で、がたがたと身体をふるわせていた。真下で皿が割れたことすら気づかずに、店の入り口をずっと見つめている。
彼女の前にあらわれたのは男女の客だった。ひとりは俺たちのよく知る山野だ。
「柊二くん! ここが柊二くんのクラス!?」
山野の腕をつかんではしゃぐ、分厚いメガネをかけた女。その人は真っ黄色のトートバッグを肩にかけて、子どもみたいに落ち着きなく身体を動かしていた。
山野の元カノ――雪村旺花だった。
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