誰にも、言わねえ - 第117話
今日は夕飯をつくってくれる約束なんてしていなかったけど、「仕方ないから、なんかつくってやるわよ」という鶴の一声で夕飯をつくってもらえることになった。
上月が二日連続で夕飯をつくってくれるのは、よほど機嫌がいいときか、今みたいに何かを謝りたいときしかない。
または別の思惑があって、あえて俺に付きまとってくるときなんかもあるけど、今回は罪滅ぼしのつもりなんだろうな。
俺としても喧嘩して気まずいままなのは嫌だし、これであいつの機嫌が治ってくれるなら、それに越したことはない。コンビニに行く手間も省けるしな。
今晩のおかずはキャベツとピーマンがたっぷり入った
キャベツはしゃきっと歯ごたえが残っていて、脂の強い豚バラ肉との相性がばっちりだ。ピーマンのほどよい苦味もアクセントになって食欲が進むぜっ。
「もっとゆっくり食べなさいよ。噛まないと喉につまるわよ」
「しょうがねえだろ。箸と口が止まらねえんだから」
豚肉とキャベツを口いっぱいにほうばって、左手に持った茶碗を口もとに寄せてご飯を掻き込む。上月のつくる飯はいつ食べてもうまいぜ。
焼売の角にからしをつけて、醤油皿に入れた醤油を底につける。うん、これもうまい。秋刀魚の蒲焼きだって最高だ。
「あんたって、いつも幸せそうな顔でご飯食べるよね」
「そうか? そんなの意識したことはねえぞ」
「まあ、まずいなんて言ったら、もう一生ご飯なんてつくってあげないけどね」
上月は俺の間抜けな顔を見てにっと笑った。
夕食とその後の皿洗いを済ませて、テレビのあるリビングへと移動する。上月はさっきやっていたパズルゲームを再開させていた。
そのゲームは昔からある、色のついたグミを並べて消すものだ。上から落下してくるグミをうまく配置して、連鎖を狙って得点を競う対戦型のゲームだな。
そのゲームのバージョンによって、アニメの萌えキャラが盛んに登場したり、声優の声が入っていたりするが、ゲームの基本システムは昔から変わらない。
システムが変わらないからだれでもできるゲームであり、単純が故に一度はまるととことん熱中してしまう。それがパズルゲームのいいところだと思うが、俺の考えは間違っているだろうか。
「あ、もう違う! それじゃないのにっ。なにやってんのよっ」
ふたり分のコーヒーを注いでリビングへと向かう。上月はテレビの前で座り込んで、コントローラーを忙しく動かしているな。
「ああ! 置くところ間違えた! あ、もう、なんで赤が来るのよっ。あたしが欲しいのは黄色なのにっ!」
上月の分のコーヒーをそっと置いて、テレビの画面をながめてみる。
画面には縦に長い四角の枠――フィールドがふたつ映っていて、四角の中に色とりどりのグミが積まれている。
左のフィールドが上月の方で、右のフィールドをつかうのはCPUだ。CPUのレベルは一だな。
フィールドの背景に萌えキャラが映っていて、状況がいいと笑顔になって、逆に悪いと顔が険しくなる。上月の方のキャラの顔が明らかに険しいな。っていうか、死亡する直前だし。
「あ! ちょっと待――」
上月のがんばりもむなしく、フィールドに積まれたグミが次のグミに引っかかって、あえなくゲームオーバーになってしまった。
「んもう、なんなのよ、このゲーム。ちっとも面白くないじゃないっ」
上月は怒って手を叩くけど、そのわりには何回もプレイしてるじゃないか。
「お前、ほんとゲーム下手だな」
俺が呆れてつぶやくと、上月がきっと俺をにらんできた。
「うるさいわね! あたしはあんたと違ってっ、ゲームなんて全然やってないんだから、しょ、しょ、しょうがないでしょ!」
「わかったから、落ち着けって」
「だいたい、このゲームがむずかしすぎるのよっ。もっと簡単にクリアできるようにしなさいよっ」
いや、レベル一だったら、たぶん小学生の低学年でもクリアできるぞ。俺はそうだったぞ。
だがそんなことを言ってしまったら、きっとこいつの怒りが沸点を超えていろいろとやばいことになるので、俺はだまってコーヒーを飲んだ。
「あ、コーヒー淹れてくれてたんだ。気が利くわね」
上月も自分の分のコーヒーがあったことに気づいて、コーヒーカップを両手でつかんだ。「あちっ」と小さな悲鳴が漏れる。
「ほれ、コントローラー貸してみ。俺がクリアしてやるよ」
仕方ないので上月のとなりに移動して右手を差し出す。上月はぶすっと頬をふくらませて、無言でコントローラーをわたしてきた。
キャラの選択画面に戻って、適当なキャラを選ぶ。キャラによって微妙に特性があったはずだけど、もう何年もやっていないゲームだから忘れちまったな。
CPUのレベルはいくつでもいけるが、レベルをあげると嫌味ったらしいよな。なので、上月と同じくレベル一を選択した。
ゲームがはじまって、グミが超低速で落下してきた。あとで連鎖できるようにすぐには消さないで、配置を計算してグミを積んでいく。
「なんですぐに消さないの? 消さないとどんどん溜まっていっちゃうよ」
「まあ、いいから見てろ」
CPUからちょくちょく妨害されるが、それももちろん計算済みだ。適当なところでグミを並べて、俺の連鎖攻撃のはじまりだ。
一番下のグミが消えると上に積まれたグミが落ちてきて、横のグミと色が重なる。連鎖が次々と重なって、十四コンボになった。
連鎖が終わって、妨害用の黒いグミがCPUのフィールドにどさっと落下する。CPUのフィールドがあっさり埋め尽くされて、CPUがものの数秒で撃沈した。
「すごい」
上月が目を丸くしてテレビ画面に見入っている。こんなことで感動してもらえるなら安いもんだ。
「こんなのは、コツがあればだれでもすぐにできるようになる。なんなら、俺が教えてやろうか?」
上月は首をふるふると横に振った。
「いい。こんなのできる気がしないし」
「そうか」
俺はコントローラーを床に置いて、そのまま仰向けに寝転んだ。上月が首だけ俺に向けて言った。
「あんたって、ゲームだけは上手よね。その才能を他に開けさせられないのかしら」
「人をゲーマーみたいに言うな」
勉強だって俺はできる方だろ。ゲーム以外にもいろんな才能があるはずだぞ、俺は。
上月が前かがみになって、床に置かれたワークステーションの電源を切る。上月の小さな尻が俺の視界に入って、俺はあわてて顔を背けた。
「そういえばあんた、エロメガネとなんか話でもしてたの?」
テレビの画面をドラマに変えて、上月がそう訊ねてきた。
なんで俺と山野がカフェで話をしたことを知ってるんだよ。
「なんでそれをお前が知ってるんだよ」
「隠したって無駄よ。帰る前にあいつと話してたでしょ。ばっちり見てたんだから」
教室で話してたのを見てたのか。
「あいつ、あたしには何も言わないくせに、あんたには話すのね。嫌になるわ、そういうの」
上月が拗ねてコーヒーカップを抱える。俺は身体を起こして言った。
「お前が嫌らしい顔つきで詮索するからだろ。あいつだって迷惑してたぞ」
「うるさいわね。しょうがないでしょ。エロメガネに頭を下げるのなんて絶対に嫌なんだから。それだったらもう高圧的になるか、意地悪するしか選択肢がなくなるじゃない」
なんで残された選択肢が高圧的と意地悪しかないんだよ。普通に聞けばいいじゃねえか。
でもしかし、こいつにいくら理屈を説いても機嫌を悪くされるだけだから、俺は呆れて嘆息した。
「それで、あいつから聞いたの? 雪村さんのこと」
上月の言葉に、俺の心に影が差した。
あいつのことは、聞いてしまった。ひとつも漏らすことなく、あいつの切なる想いまで、すべて。
カフェで淡々と話す山野の顔は、いつもと同じ無表情だった。でもそれが逆に無理しているように見えて、なんだか哀しくなってくる。
「ねえ、聞いたんでしょ。どうだったのよ」
上月が待ちかねて催促してくる。眉尻をつんと吊り上げて。
特に隠す必要がなければ、お前にも話してやるんだけどな。けれども、あれは絶対に他言してはいけないレベルの話だ。
他言すればきっと山野は俺を見損なって、学校で口を聞いてくれなくなるだろう。俺からすれば、妹原への想いをクラス中にばらされるようなものなのだから。
「話は、聞いた。けど、言わねえ」
山野は俺を信頼して真実を包み隠さずに話してくれたのだ。だから、相手がたとえ上月であっても、他言することはできない。
上月は真剣な面持ちで俺の顔をじっと見つめていた。無言の時間がしばらくつづいて、何か別の言葉を探そうと思いはじめたときに、上月が不意に立ち上がった。
「そう。ならいいわよ。他人には詮索されたり、無下に触れられたら嫌なものがあるんだもんね」
上月は嫌な女だが、まわりの空気を読むのが意外とうまいやつでもある。俺の詮索するなという気配を察知してくれたようだ。
「学校でも言わない方がいいんでしょ?」
「ああ。たのむ」
ふたりの関係をクラスの連中に知られたら大変だ。特に弓坂には絶対に
上月はお手洗いに行くのか、すたすたと歩いて廊下へと向かっていく。そしてダイニングの前でふと足を止めた。
「あいつにも知られたくない過去があったのね。あたしやあんたと同じ」
廊下の奥へと消えていく上月の細い背中をながめて、俺がどうして山野に同情しているのか、わかった気がした。
そしてそれはきっと上月も同じなんだと、静かなリビングで俺は思った。だから俺たちは喧嘩しても気が合っているのだ。
山野には幸せになってほしいが、そのためには俺は何をすればいいのだろうか。そんなことを柄にもなく思ってしまった。
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