二学期の席替え後の朝 - 第112話

 上月の下らない画策はどうでもいいとして、山野と雪村さんの関係はやっぱり気になるよな。


 雪村さんは山野の元カノなのだろうか。


 雪村さんは変な人だし、見た目的にも美人ではないから、山野の彼女という感じはあまりしない。けど、かなり親しそうだったんだよな。


 山野は顔の表情が乏しいし、黙っていると少し怖いし、みんなでわいわいと騒ぐ社交的なキャラでもない。だから、あいつと普通にしゃべっているやつは、俺や上月を除くとそれほど多くない。


 妹原は山野を怖いと思っているみたいだし、桂や木田も近寄りがたいオーラを過分に感じているらしい。桂なんて山野の同中なのに、ほとんどしゃべったことがないみたいだからな。


 弓坂は山野のことが好きらしいけど、あいつを怖いと思ったことはないのかな。


 こうして考えると、山野って女友達が意外と少ないんだな。女子と普通に会話できるから、女友達なんて山ほどいるんだと思っていたけど。


 山野がそんなやつだから、雪村さんがあいつと親しげに会話していたのが妙に引っかかるんだよな。俺としゃべるときは、あんなにおどおどしていたのに、万年仏頂面の山野の方がしゃべりやすいなんて、ちょっとショックだ。


 いや、別にショックじゃないか。雪村さんは性の対象にはならないからな。


 俺のことはともかく、あのあがり症の雪村さんが山野と普通に会話していたというのは、やはり妙だと思う。山野の元カノなのだとしたら、納得できるかもしれないけど。


 ああ、ダメだ。ベッドに寝っ転がりながら考えてもわからねえよ。考えているのがだんだんばからしくなってきたので、俺は目をつむって寝返りを打った。



  * * *



 翌朝。俺は普段よりも三十分も早く家を出て登校した。というのも、


「あっ、八神くん。おはよう」

「お、おう」


 俺のとなりの席に座っていた妹原が俺に挨拶してくれた。


 二学期になって、うちのクラスはまた席替えをした。そして、ついに、ついにっ、俺は――妹原のとなりの席になったのだっ!


 俺の席は窓際の列の前から二番目。妹原の席は俺の右どなりだ。


 二学期の席替えなんて、コーヒーに入れるミルクの量ほども期待していなかったが、まさか妹原のとなりになるなんて思ってもいなかった。とてつもない奇跡に、涙が思わず頬を伝いそうになるぜ。


 妹原の視線を一身に受けながら、俺は自分の席に鞄を置く。今日も朝から心臓がどきどきして、心筋梗塞になりそうだ。


 好きな子のとなりの席に座れるのは、言葉にできないほどの至福だけど、気持ちが高鳴りすぎて頭がおかしくなりそうだ。ああどうか、この早すぎる心臓の鼓動の音が妹原に聞こえませんように。


 妹原はにこにこしながら、俺の顔を嬉しそうにながめて、


「文化祭の企画、考えてきた?」


 気さくに話しかけてきてくれた。


「あ、いや。……なんにも」

「そうなの? 今日のホームルームに、みんなで意見を出し合うって言ってたけど」

「そうだったな」


 昨日は山野と雪村さんのことで頭がいっぱいだったからな。文化祭のぶの字も思い出せなかったぜ。


「文化祭の出し物だったら、やっぱり模擬店とかがいいのかな」

「そうだな。模擬店は無難だし、みんなやりたがるもんな」


 鞄から筆記用具とノートを取り出して、鞄を机のフックにかけた。


「そうだよね。あとは、定番なものって言ったら、お化け屋敷とかになるのかな?」

「そうだな。お化け屋敷も、仕掛けを考えたり、教室の内装をいろいろつくったりできるもんな。でも妹原は、お化け屋敷とか苦手だろ」

「うん。お化けとか怖いのは、苦手だから」


 妹原が口に手をあてて苦笑した。


 入学した頃は妹原と会話なんてひと言もできなかったけど、山野や上月の協力のおかげでやっと普通に会話できるようになった。


 最初は何を話せばいいのか、皆目見当もつかなかったけど、コツをつかむと女子と会話するのは実はそれほど難しくないこともわかった。


 話を聞いていればいいのだ。


 女子は男にくらべて話し好きだ。人によって差はあるんだと思うけど、女子は概ね話をするのが好きだから、日常的な話を少し振れば、あとは向こうからあれこれと話してくる。


 無理して面白い話なんてしても白けるのが落ちだから、そういう無駄なことはしないで聞き役に徹するのだ。そうすれば相手は話ができて満足して、俺の好感度もうなぎ上り。まさに一石二鳥だ。


 というのは、実は山野の――いや正確には山野の姉貴の受け売りなんだけどな。


「でも、せっかくだから、ちょっと変わった出し物をやってみたいよね」

「そうだな。でも一風変わったアイデアを出すのは、なかなか容易じゃないぞ」


 俺が腕組みして唸ると、妹原も同じように腕組みをして考え出した。


 妹原が「うーん」と目をつむって、細い腕を組んで唸っている。そんな姿が少し滑稽で、可愛い。妹原って眉間にシワを寄せたりするんだな。って、当たり前か。


「あっ、ぬいぐるみをいっぱい集めて、おっきなクレーンで吊り上げるとか?」

「教室はUFOキャッチャーじゃないぞ」


 なぜUFOキャッチャーが思いついたんだ? 文化祭の出し物とはまったく関係ないが。


 俺が目を細めると、妹原は少し焦った感じで、


「それならっ、ボウリングするのは、どうかな? ボウリングのピンとボールを買って、教室でごろごろって」


 また文化祭との脈絡を感じさせないアイデアが出てきたな。斬新ではあるけど。


「ボウリングするのは面白そうだけど、ボウリングのピンとかボールって、けっこう高いんじゃないか? それにレーンも必要になる」

「そうだよね」


 まずい。俺がかまわずに突っ込みを入れてしまったから、妹原が気落ちしてしまった。


 心臓に毛が生えている上月なんかと違って、妹原は繊細だ。言葉遣いや気遣いはまだまだ手探りだなあ。


 会話が急に途切れて困っていると、


「雫ちゃん、ヤガミン。おはよぉ」


 弓坂が俺たちに挨拶してくれた。なんていいタイミングで登校してきてくれたんだ。


「おう」

「未玖ちゃん、おはようっ」


 弓坂が俺の後ろの席に鞄を置く。実は席替えで弓坂の席が俺の後ろになったのだ。


 弓坂も登校するのが早いから、朝は三人でいつも会話している。ああ、上月以外の女子ふたりと親密に会話できるなんて、俺はなんて幸せなんだ。


 ちなみに上月と山野はそろって廊下に近い列の後ろの方の席に移動した。となり同士だから、上月は昨日、悪意に満ち溢れた顔で「エロメガネの女性関係を徹底的に暴いてやるわよ」と息巻いていた。


 山野の鉄壁無表情フェイスだったら、上月の嫌がらせすら完璧に防御できそうだからな。心配は何もしていないが。


 弓坂が鞄を机のフックにかけて、


「ふたりで、なんの話をしてたのぉ?」


 いつものおっとりぽわぽわした笑顔で聞いてきた。


「文化祭の出し物で、変わった出し物はないかなあっていう話をしてたの」

「変わった出し物ぉ?」

「うん。模擬店とかお化け屋敷だと定番だから、なんか変わったものはないかなって」

「変わったものかぁ」


 弓坂は口を半開きにしたまま、教室の天井を何秒か見つめて、


「あっ、それならぁ、どっきり番組とかはぁ?」


 妹原に劣らない天然っぷりをさっそく披露しやがった。


「どっきり番組ってなんだよ。それ、お前が夏休みにできなかったやつだろ」

「えへへぇ。当たり~」


 弓坂がうふふと笑った。


「ヤガミンは、なんかアイデアないのぉ?」

「俺か? そうだな。……それなら、妹原のリサイタルとか」


 満を持して切り出すと、妹原ががたっと椅子の音を立てて立ち上がった。


「だだ、ダメだよっ! そんな、全然うまくないしっ」

「ああっ、じゃあ、またアンデルセン吹いてくれるんだぁ」


 弓坂が純真な笑顔で突っ込むと、妹原は「もうっ」と顔を真っ赤にしてへたり込んだ。


 妹原の引っ込み思案なところは、あの雪村さんにそっくりだな。慌てる仕草も似てたかもしれない。


 そう思うと、雪村さんの昨日の態度は、そんなにおかしくないのかもしれないな。


 昨日の土手での出来事をぼんやり考えながら会話していると、教室の後ろの戸口から山野が入ってくるのが見えた。

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