線香花火

今夜はみんなでお料理 - 第91話

 その後は松尾さんも交えておしゃべりしながら、弓坂の様子をそれとなく観察していた。


 山野と上月の勝負がついたのか、上月が地団駄を踏んでいるのが見える。あいつ、負けたんだな。


 勝負で負けた方が缶ジュースを奢る口約だったと思うが、本当に奢るのだろうか。


 上月が悔しがりながら引き下がって、おっ、次は弓坂と山野がテニスをはじめるみたいだ。山野が弓坂に指示を出している。


「あっ! 未玖ちゃんと山野くんがテニスするみたいだよっ」

「おお」


 妹原もどうやら気づいたみたいだ。ふたりの様子に釘付けになっている。


「八神くん、見てみて! 未玖ちゃん、すっごく嬉しそうだよっ」

「あ、ああ」

「このまま、山野くんとうまくいってくれたらいいね」

「そうだな」


 妹原は少し興奮しているのか、俺のシャツの裾をちょんちょんと引っ張りながら喜んでいる。


 妹原って、恋愛話が好きなんだな。女子だから当然なんだろうけど。


 入学当時のもの静かな妹原からはあまり想像できない姿だ。でも、こういう妹原も可愛くていいかもしれない。


 それからもう一セット妹原とゲームして、午前中のテニスは終わりとなった。


 昼食は別荘で採って、午後はまったりした後に夕食の買い出しに行くみたいだ。


 夕食なんて今日もバーベキューでいいだろと思うけど、山野と上月はそう考えていないようだ。どんな料理でもいいから、みんなで何かをつくりたいらしい。


「せっかく五人で遊びに来てるんだから、夕食くらいみんなでつくらないと意味がないだろ。そんなことを考えているのはお前だけだぞ」


 軽井沢駅のそばのスーパーまで、松尾さんたちが運転する車で移動する。スーパーの入り口で籠とカートを拾って山野が眉根を寄せる。


「そうよ。あんたはいつもそうやって、楽することしか考えていないんだから。そんなだから女子にもてないのよ」


 上月も山野につづいて異議を申し立ててくるが、女子にもてるかどうかは関係ないだろ。


「まあまあ。ヤガミンはぁ、そんなつもりで言ったわけじゃないからぁ」


 弓坂がくすくすと笑いながら擁護してくれる。すっかりいつもの弓坂に戻ったみたいだ。


 弓坂は俺たちの最後尾で妹原と楽しそうにおしゃべりしている。弓坂はやっぱりにこにこしている方がいいな。


 それはともかく、買い出しに行くまで今晩の献立を話し合っていなかったが、何をつくるのだろうか。


「そういえば、夕飯は何をつくるんだ?」


 すると俺たちの先頭を歩く上月が腕組みしながら、


「そうねえ。カレーとかでいいんじゃない?」


 微妙にリーダーぶった態度で言ってきた。


 俺たち五人の中で料理の経験が一番豊富なのは上月だ。だからきっと無意味なリーダー気質を発揮させているのだろう。


 そんなどうでもいい憶測はスーパーのレジの方に置いておいて、今日はカレーをつくるのか。


 みんなでつくるんだから、さぞ手の込んだ料理をつくるんだろうと思っていたけど、わりと普通なんだな。


「カレーって、また無難なチョイスだな」


 俺の口から小言がぼそりとこぼれる。カレーのルーの箱を棚からとって見比べていた上月の手が止まる。


 そして「ふんっ」といつもの小生意気な所作でそっぽ向いた。


「別になんでもいいでしょ。あんたはどうせ料理しないんだから」


 なんだとっ。


「なんだよそれ。みんなでつくるんだから、俺だって料理するだろ」

「はあ? あんた、何言ってくれちゃってんのよ。自分ちを危うく火事にしかけたのは、どこのだれでしたっけ?」


 くっ。俺が料理できないことを冷静に分析してやがる。


「あんたが料理したら、未玖の別荘が火事になるでしょ。そんなことしたら、ただじゃ済まないんだからね。その辺をちゃんと考えて発言しなさいよ」


 俺は料理が大の苦手だ。いや苦手というレベルを通り越して、殺人的ですらある。


 上月の言う通り、中学二年のときに料理しようとして、自宅を危うく火事現場にしかけたからな。上月が制止するのは当たり前だと言える。


 それでも、みんなで料理するのに、俺だけキッチンに立てないなんて、ひどいじゃないか。これでは仲間はずれだ。いじめだ。辛辣な爪弾きだ。


「そういえば八神は料理ができないんだったな」


 山野がカートを押しながら言葉をつづける。野菜のコーナーに移動するみたいだ。


「でも、八神だけを仲間はずれにするのは、さすがにかわいそうじゃないか? 火をつかわせるのがだめなら、じゃが芋の皮むきでもさせればいいと思うが」

「だめよ。透矢に包丁なんて持たせたら、指が全部なくなるわよ」


 これもまったくもって上月の言う通りだ。ぐうの音も出ない。


「透矢の料理下手は常軌を逸しているからね。どんなことがあっても、こいつはキッチンに立たせちゃいけないのよ」

「そ、そうか。上月がそこまで言うのなら、仕方ないな」


 山野があっさりと引き下がる。若干引いてみるみたいだが、無表情で引くなんて本当に器用なやつだな。


 野菜コーナーで袋詰めにされたじゃが芋や人参を拾って籠の中に入れていく。食材選びはすべて上月まかせだ。


 肉は贅沢に牛肉をつかうのかと思っていたけど、庶民的に安い豚肉で済ませるようだ。


 お金は弓坂の親父さんが全額を気軽に出してくれるが、調子に乗って高価なものをせびるわけにはいかないよな。


 他にサラダ用のベビーリーフやコーンの缶詰を買ってスーパーを後にする。別荘にまっすぐ帰るみたいだ。


 二十分くらいで別荘に到着して、ビニール袋に詰めた食材をせっせと運ぶ。荷物運びは俺と山野の役目だ。


 食材をキッチンに広げている間に、上月や妹原は支給されたエプロンを首から掛ける。エプロンまで松尾さんたちが用意してくれているみたいだ。


「麻友ちゃんといっしょにお料理できるなんて、すごく楽しみ」


 薄いピンク色のエプロンをかけた妹原がはしゃぐ。俺も妹原といっしょに料理がつくりたかったぜ。


「あたしもぉ、お料理したことは、ほとんどないからぁ、すっごい楽しみぃ」


 弓坂はパステルカラーの黄色のエプロンをかけている。人参をさっそく包丁で切ろうとしているけど、皮を先に剥くんじゃないのか?


「それじゃあ、雫はじゃが芋の皮を剥いて。未玖はサラダの用意をお願いしたいから、ベビーリーフを水で洗って」


 上月がキッチンで手を洗いながらふたりに指示を出す。俺の家で普段から料理しているから、かなり手馴れている。


 妹原と弓坂も上月の指示に素直に従う。女子三人の夕食づくりがはじまったみたいだ。


「俺たちがいたら邪魔になるだけだな。八神、向こうに行ってるぞ」


 そう言って山野が後ろのリビングダイニングを親指で指す。料理している様子をじっと観察していたかったけど、妹原や弓坂に気持ち悪い男だと思われたら嫌だな。


 俺は渋々山野の指示に従った。

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