連れ去られた上月を追え! - 第64話
俺は家を飛び出した。
内廊下に出て、数メートル先にあるエレベーターの下ボタンを連打する。けど、一階に止まっていたエレベーターが七階までちんたらと昇ってくるのなんて待てねえよ!
俺は非常階段の扉を開けて、外の階段を急いで駆け下りる。一階まで降りるのは運動部の筋力トレーニング並みの重労働だが、そんなことを気にかけている場合じゃない。
「八神、さっきのやつらは何者なんだ?」
山野が俺の真後ろにつづいてくる。運動不足でさっそく息を荒くする俺とは対照的に、こいつは顔色ひとつ変わっていない。
「わからねえ! だがやばい連中であることだけはたしかだっ」
「そうだな」
あんな柄の悪い連中が上月の知り合いであるはずがねえ!
じゃあ、なんで上月と宮代をさらっていったんだ? 他国の拉致を専門にする隠密部隊の連中とかじゃないよな!?
数々の疑問や憶測が脳内を巡り回りながら、一階のエントランスに到着する。オートロックのドアが間の抜けた遅さで開いて、マンションの外へと飛び出す。
「あっちだ!」
後続の山野を先導して、上月と宮代のいた公園に入る。
だが、一足も二足も遅かった。そこには上月たちはおろか、柄の悪い野郎どものひとりすらいなかった。
「やつらはもう行っちまったみたいだな。そこに停めてあったワゴン車もなくなっている」
肩で息をする俺の背後で、山野がいつもの冷静な態度で状況を分析する。公園のわきに停めてあった車がないことまで確認したのか。
「なんなんだ、あいつらは。なんで上月をさらっていったんだ!?」
「八神。急なできごとで混乱するのはわかるが、今はそんなことを悠長に自問している場合じゃないぞ」
山野がそう
そうだ。今は一刻を争うんだ。
上月が連れていかれちまったんだから、あいつを早く助け出さなければっ。
しかし、上月はどこに連れていかれたんだ? あの連中の素性がわからないから、あいつらがどこに消えたのか、まるで検討がつかない。
ポケットからスマートフォンを取り出して、ダメもとで上月に電話をかけてみる。けど、案の定電話はまったくつながらない。
宮代のアドレスを画面に出して、念のために通話ボタンを押してみるが、彼女からの応答もなかった。
どうする? この場合、俺はどう判断してあいつを捜せばいいんだ!?
「あの手の連中が行きそうな場所は、どこだ?」
山野も腕組みして、無表情のまま思考を巡らせている。こんなときにお前がいてくれて頼もしいが、こればっかりは山野でも答えを出すのは難しいだろうな。
「ヤンキーが溜まる場所と言えば、コンビニか? それとも駅とかか?」
「女を連れさらって、コンビニの駐車場に車を停めないだろう」
それもそうだな。俺の問いを至極当たり前な言葉で返す冷静さは残っているようだ。
ヤンキーやチーマーが集まる場所は、
よからぬことを考えているのだとしたら、ラブホテルに上月を連れ込むなんていう最低なシナリオだってできあがっちまうかもしれない。
「ヤガミン。ヤマノンも、速いよぉ」
公園の外から、弓坂ののんびりとした声が聞こえてきた。弓坂が俺たちに数分遅れて外まで降りてきたみたいだ。
ここでじっと指をくわえているわけにはいかない。俺は山野に言った。
「マンションの裏手の河川敷に、中学や高校のヤンキーがよく集まってる場所がある。とりあえずそこに行こう」
「だが、車で移動していることを考えると、そんな近くにはいないんじゃないか?」
山野は制止するように反論するが、そんなことは言われなくてもわかっている。
「行き先がわからない以上、怪しい場所を片っ端からつぶしていくしかない。捜しているうちに、上月と宮代のどっちかから電話なりメールをしてくれることに賭けるしかないっ」
「そういうことか。了解した」
「あ、あたしはっ、どうすればいいの!?」
メガネのブリッジを押し上げてうなずく山野の後ろで、弓坂はおろおろと困っている。
やつらとかち合えば、取っ組み合いの乱闘になるのは目に見えている。そんな危険な場所に弓坂をつれていくわけにはいかない。
「弓坂は家で待っていてくれ。わかったら必ず連絡するから!」
* * *
あの柄の悪いヤンキーどもに連なる人物について、俺はひとつの推測を立てていた。それはきっと山野も考えているに違いない。
中越だ。あいつがヤンキーどもに命令して、上月をさらわせたんだ。
中越は、学校の階段の昇り口で上月に振られてから、あいつの前に姿をあらわさなくなった。
上月のことはすっぱり諦めたんだと、浅い考え方しかできない俺は甘く見越していたけど、その裏で得体の知れない不気味さというか、気味悪さを感じていたのも事実だった。
中越は爽やかな笑顔で学校の女子をたぶらかしているが、あいつの本性は身勝手で横暴だ。上月が可愛く見えてくるくらいに本格的で、そして深刻なほどに。
あいつに立てられている数々の噂と、俺に見せたあいつのうざい態度。そして、上月に振られた直後に出した、悪魔が乗り移ったようなあの鬼の形相。
それらの黒い破片が俺の頭でごちゃごちゃに溶け合わさって、中越の正体を俺に確定させた。
あいつはきっと、前々から今日のことを計画していたんじゃないか。自分に従わない上月に身勝手な制裁をくわえるために、車までどこかから調達させて。
マンションの裏手の河川敷に着いたが、案の定ヤンキーたちの姿はない。俺はスマートフォンを出して、サッカー部の連中に片っ端から電話をかける。
けれど、部活がまだ終わっていないのか、だれも電話に出てくれない。くっ、急がねえと大変なことになるっていうのに、何やってるんだよ!
「八神。この時間じゃまだ部活は終わっていない。帰宅部のやつらにかけるんだ」
「わかった!」
山野もやはり中越の存在に気づいているようだ。サッカー部の友達の知り合いのアドレスを探して、かまわずに通話ボタンを押しつける。
『えっ、中越先輩がよく溜まっている場所?』
帰宅部の遠藤はすぐに電話に出てくれたが、受話器から聞こえてくる声はかなり穏やかだ。
「ああ。なんか知ってるか!?」
『さあ、知らないねえ。サッカー部の連中なら知ってるんじゃない?』
サッカー部の連中が電話に出ないからお前に聞いてるんだろ!
心の中で激しい突っ込みをしてしまったが、遠藤は何も知らないんだから八つ当たりなんてしてはダメだ。俺はすぐに会話を済ませて電話を切った。
「だめだ。帰宅部のやつらに聞いても有益な情報なんて得られねえよ」
その後も粘って三人に電話をかけてみたが、三人の回答はどれも「知らない」の一点張りだった。
「帰宅部の連中は、中越のことなんて何も知らないだろうからな。無理はないだろう」
山野が見かねたように俺に言うが、そんな悠長にかまえている場合じゃないだろ!?
空に昇っていた陽が遠くのビルの陰にかかり、青空は気づけば夕空に変わっている。このままここで手をこまねいていたら、上月たちはどうなってしまうんだ。
どうすれば、俺はどうすればいいんだ。――そんなとき、スマートフォンが不意に鳴って、メールの受信を伝えた。
こんなときにだれからメールが届いたんだ!? 急いで画面のロックを解除して、画面下部のメールのアイコンをクリックする。
受信メールの一番上には、表題に無題と書かれたメールが太字で表示されている。そして差出人の名前は、宮代栞――!
俺は迷わずにメールを開封した。
『どこかの工場にいます。先輩もです。助けてください』
「工場!?」
俺が声をあげると、山野が俺のスマートフォンを取り上げて、その画面を食い入るように凝視する。
「工場ということは、国道の先の工業団地の方だな。だが、あそこはたくさんの工場が密集してる場所だぞ。どうするんだ?」
女子を連れ去るんだから、上月と宮代がいる工場はおそらくつかわれていない廃工場だろう。
けれど、いくつもの工場や建物が並ぶ工業団地からふたりを見つけることなんて、類い稀な異能やSPを保有していなればできるわけがない。
せめて、工場や建物の名前、または住所とか位置が特定できる情報さえわかれば――。
「位置情報!?」
そうだ。科学とコンピューター技術が先進したこのご時勢、位置情報なんてスマートフォンから簡単に送信することができるじゃないか。
たしかスマートフォンの位置情報をオンにして、無料通話アプリをつかえば、スマートフォンのGPS機能で自分の位置情報を相手に知らせることができるはずだ。
山野から俺のスマートフォンを分捕って、無料通話アプリを起動する。トーク画面を開いて、画面下部のアイコンを左から適当に押してみる。
するとメニュー画面に……あった! 位置情報を送信する機能が。
俺はそのまま上月と宮代に、アプリケーションをつかって位置情報を送れと指示した。
しかし、こんなプライバシーをみずから晒すような機能をつかうことは一生ないだろうと思っていたけど、まさかこんな局面で活用することになるとはな。無駄に多機能なスマートフォンとアプリケーションをつくってくれた多くの開発者たちに感謝してさらに敬意を示すぜ!
「お前、すごいな。スマホから位置情報を送るなんて、よく閃いたな」
気づけば山野がとなりで感嘆していたが、こんなことで褒められても別に嬉しくないだろ。
「パソコンとかコンピューター系は、お前や上月よりもくわしいからな。けど、そんなことを言っている場合じゃないぜ」
位置が特定できれば、次に浮上する問題は移動手段の確保だ。
山野が言う工業団地というのは、
だが、工業団地はここ
「バスだったら、工業団地行きのやつがあるか? けど、バスが来るのをちんたら待っていられないぜ。どうすればいいんだ!?」
「それならタクシーだ。駅にタクシーが停まってるから、タクシーで工場まで行くぞっ」
それはナイスな提案だ。さすがは俺のブレーン。俺が絶対的に信頼を寄せる作戦参謀だ。
俺は即座に踵を返して、夕暮れの駅へと向かった。
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