微妙に後悔がまじった夜 - 第54話

 今回ばかりはマジで頭にきた。


 俺は上月のことを一応心配していたっていうのに、あのどあほうはそんな気持ちを逆手にとって遊んでいるのだ。テンパる俺を面白おかしく、まるでドッキリ番組にはめられている二流芸能人を眺めるような感じで。


 なにが、じゃああんたの要望に応えて、だ。そんなに先輩のことが好きなら、さっさと付き合っちまえばいいだろっ。


 そんで性悪しょうわるの中越に後でだまされたとしても、俺には関係ねえよ。あんなふざけたやつのことなんか、もう知らん!


 家を飛び出して近くの公園に行っても、苛立つ気持ちは全然鎮まらない。むしろ夜風にあたっていると気持ちの整理がついてきて、あいつのふざけた態度が脳裏にじわりじわりとよみがえってくる。


 なんで俺が、こんなサーカス団の虎みたいに弄ばれなきゃいけないんだよ。意味がわからねえよ。


 上月の野郎は、中越のことをまるで当て付けるように言ってくるけど、そんなに俺がダメ人間であることを証明したいのか?


 イケメンの中越が宝石や真珠だとしたら、俺なんてその辺に転がっている路傍ろぼうの石みたいなもんだ。そんなことはな、遠まわしに言われなくたってわかってるんだよ。


 ……ダメだ。夜の公園のブランコにひとりで座っていても、頭に浮かぶのはあいつと中越のことばかりだ。怒りを静めることなんてできない。


 でも今帰ったらあいつがいるし、山野に合わす顔もない。


 公園にいたって何もすることはないけど、仕方ない。サッカーが終わるまでここで時間をつぶしていよう。


 マンションに隣接しているこの公園は、ブランコと小さな滑り台しか遊具のない小規模な公園だ。ブランコのそばには二つのベンチが設置されているが、もちろんだれも座っていない。


 駅が近いから、数分間隔で電車の走る音が聞こえてくる。それを夜にひとりで静かに聞いていると、無性に寂しい気持ちになってくるが、どうしてなんだろう。


 電車の四角い窓から漏れる電灯の黄色い光が公園の地面を照らす。四角形の光がゆっくりと横に流れて、暗い公園に無意味な色を与えていた。


 ……暇だ。当たり前だけど、夜の公園にひとりでいても何もすることがない。


 もう梅雨の季節になるから肌寒くはないけど、あまりに暇すぎて死にそうだ。


 スマートフォンでも持っていれば暇つぶしにインターネットでもしているところだけど、家に置いてきてしまった。


 今持っているのは家の鍵だけだ。財布すら所持していない。


 鍵を持っていないとオートロックを開けることができないから、外出するときは鍵を持ち出す癖がついているのだ。けど、あまりにテンパりすぎていたから、他に気をまわすことはできなかったな。


 まあ、いいか。二時間くらいいても野たれ死ぬわけじゃないし。


 仕方なく地面を蹴ってブランコを漕いでいると、公園の入り口を人影が通って、俺は慌ててブランコを止めた。


 うちのマンションに帰宅する人だろうが、俺の存在は気づかれていないだろうか。俺は息を潜めてその通行人を注視してみた。


 通ったのは、ひとりの女子高生だった。暗くてよく見えないが、紺のブレザーを着ている。


 髪は肩にかからない程度の長さで、背は上月と同じくらいだろうか。そんなに高くはない。


 ……はて。どこかで見たことがあるような気がするが、だれだろうか?


 肩に背負しょっているのは黒い学生鞄で、言ってしまうとどこにでもいそうな普通の女子高生だった。


 彼女は俺の存在に気づかずに公園を通りすぎていく。あんまり凝視していると変質者みたいで気持ち悪いから、途中で見るのを止めて空を見上げる。


 夜の曇り空は星がひとつも見えない。こんな風にしみじみと夜空を見上げるのは、何ヶ月ぶりだろうか。


 公園にいるのも飽きたので、俺は公園を出てマンションと反対方向の道に行った。



  * * *



 国道沿いのコンビニで雑誌を立ち読みして、十時前くらいに意を決して帰宅する。


 我が家に帰るのに意を決する必要があるのか? という疑問が俺の胸の中で広がっているが、上月と山野にばったり会ったらかなり気まずいよな。


 だから、なぜか忍び足でマンションの自宅へと帰宅する羽目になってしまった。


 扉の前について、慎重な手つきでドアノブをまわす。だが鍵がかかっているのか、ドアは開かないな。


 ふたりが帰ると室内にだれもいなくなってしまうから、上月がわざわざ鍵をかけていったのか。……ふん。余計な気をまわしやがって。


 ほっと胸を撫で下ろして、ポケットから鍵をとり出す。鍵を開けて中に入ると室内は真っ暗だった。


 玄関の明かりをつけて、真っ直ぐの廊下を抜けてリビングに入る。


 だれもいないリビングは、部屋がきれいに片づけられていた。テーブルにコンビニ弁当のからの容器などを放置しておいたはずだが、それはきれいになくなっていて、床に散らかしていた不要なチラシや学校のプリント用紙も全部なくなっていた。


 俺の胸に、チクリととげの刺さるような痛みが走る。


 ……ったく、なんなんだよ。さっきまで散々に嫌がらせをしてきたくせに、俺が切れたら手の平を返すように神妙になりやがって。こんなんで俺が許してやると思ってるのかよ。


 でもそんなことを考えると、また胸に一本の棘が突き刺さって。……ああくそっ!


 音がないのがとても耐え切れない。俺はテレビのリモコンをとって力まかせに電源ボタンを押した。


 テレビのスクリーンに映し出されたのは、若い女性のニュースキャスターだった。サッカー中継が終わって、夜のニュース番組の時間になったのか。


 キャスターが読み上げている原稿は、最近話題になっている科学者の論文不正問題のようだ。


 ニュースを見てもつまらないから、チャンネルを端から適当にまわしていく。そしてお笑いのトーク番組がやっていたので、そこでテレビのリモコンを置いた。


 山野には、明日にちゃんと謝ろう。あいつは関係ないのに、俺たちの下らない喧嘩に巻き込んでしまったから。


 けど、あいつには……謝らないぞ。今回は全面的にあいつが悪いんだからな。


 マジで喧嘩すると、一ヶ月間くらいはお互い口を利かなくなるけど、知らねえよ。あんなやつのことは。


 中越のことがそんなに好きなら、さっさと付き合っちまえってんだ。

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