透矢と上月はやっぱり仲良し? - 第37話
カーテンのすき間から朝日が差し込む。その日差しの眩しさに俺は目を覚ました。
昨日のことはよくおぼえていないが、あれからどうやら朝まで寝ていたようだ。
熱はまだ下がっていないのか、目が覚めても頭はまだがんがん痛む。一晩寝たくらいじゃ治りはしないか。
尿意をもよおしたので、とりあえずトイレに行こう。そう思って上体を起こすと、額からぽろっと何かが転げ落ちた。
「なんだ?」
床に落ちたのは、濡れたタオルだった。拾ってみると、それは水で濡らしたお手拭タオルを固く絞ってつくったおしぼりだった。
なんで、こんなものがあるんだ? おしぼりなんて、俺はつくったおぼえが――。
「やっと起きたのね」
突然の声に心臓が止まりかけそうになる。
驚いて部屋の扉に目を向けると、開け放たれた戸口の向こうに上月が立っていた。白のワンピースを着たお嬢様スタイルの姿で。
「なんで、お前がいるんだよ!? 鍵はしっかり閉めたはずだぞ」
「なんで? そんなの簡単よ」
上月は意地悪くせせら笑って、鍵のついたキーリングをポケットから出した。
「だって、あんたんちの合鍵持ってるもん」
「はあ? なんでお前が合鍵持ってんだよ。お前に渡したおぼえなんてねえぞ!」
「そりゃそうでしょ。だってこれ、お母さんのだもん」
上月はしれっと言うと、合鍵を自分の所有物のようにポケットにしまって廊下へと消える。
上月のおばさんは俺を気に入ってくれているが、同時に娘のことも妄信しているから、娘のあいつはもうやりたい放題だ。頼むから、合鍵とか勝手に渡さないでくれよ。
でもその不満をおばさんにぶつけることはできないので、上月の見ていないところで俺はひとりため息をつくしかない。
数分経って、上月がふたつの湯飲みをトレイに乗せて持ってきた。そして片方の、灰色の俺の湯飲みをそっけない手つきで差し出してきた。
「お茶入れてあげたから、飲みなさいよ」
俺もそれを不快そうな顔で受け取る。お茶を入れてくれたのはありがたいが、もうちょっと可愛く「透矢、お茶入れたよ」と言ってくれないものだろうか。
「雫から聞いたわよ」
上月のタイミングを推し量ったようなひと言で、心臓がまた飛び上がりそうになる。
「あんた、雫のうちの前でコクったんだってね。もう、何やってんのよ」
「うるせえな。お前には関係ねえだろ」
あのときの苦い記憶が心の底から即座に這い上がってくる。俺のワーストスリーに入るほどの黒歴史になってしまったぜ。
上月は俺の失態を猛追するのかと思っていたが、俺の沈んだ様子を気にかけるように、そっと顔色をうかがう感じで、
「でも、よかったじゃない。雫はあんたの気持ちが本気じゃないと思ってるみたいだから、チャンスはまだあるわよ」
どうだかな。妹原はたしかに俺の告白を真に受けていないみたいだったけど、逆説するとつまり俺のことを恋愛対象として見ていないということだ。
こっぴどくふられるよりはマシかもしれないけど、それはそれでどうなんだろうか。
上月は熱々のお茶をすするように飲むと、俺を嘲笑するように見やって、
「ねえ。ハンバーグ、つくってあげよっか?」
全くもって意味不明な提案をしてきやがった。
「はあ? なんで、この体調悪いときに、よりによってハンバーグなんだよ。お前、ほんとに性格悪いな」
「だってあんた、前からあたしにハンバーグつくれって、しつこく言ってたでしょ? 雫にふられてへこんでるんだから、元気づけてあげようと思ったんじゃない」
だからって、風邪を引いて食欲の沸かない患者にハンバーグなんて食べさせないだろ。こいつ、頭おかしいんじゃないのか?
「俺は体調悪いんだから、だったら俺の身体を労わってお粥でもつくってくれよ」
「はあ? なんであたしが、あんたなんかにお粥をつくってあげなきゃいけないのよ。風邪引いてるからって、甘えないでよ」
上月はむすっと口を尖らせてそっぽを向く。
こいつはこういうやつだ。昨日はこいつの優しさに感心して、俺も考えを改めようと思っていたが、こいつの悪態を見ているとだんだん腹が立ってきた。
俺はお茶の残った湯飲みを上月に渡して布団に包まった。
「俺は体調悪いんだから、それ飲んだらもう帰れよな」
「ええっ、どうしてよ。あたしだって暇なんだから、もうちょっと付き合いなさいよ」
背中の向こうで上月で何かを言っているが、全部無視だ。こんな微塵も可愛くない女は、もう相手にしていられない。
不意に訪れる沈黙に、若干の気まずさを感じる。そのとき、
「あたしだって、あんたがいないと寂しいのに……」
後ろでぼそっとつぶやく声が聞こえた。
「あ? お前、さっきなんか言ったか?」
「な、なんでもないわよ! ていうかなんであんたまだ起きてんのよ。早く寝なさいよ!」
いやいや。寝返り打ってまだ三秒しか経っていないのに寝られるわけないだろ。
――というかお前、顔が旬のりんごみたいになってるぞ。
「こんなところにいたら風邪がうつ――」
「な、なあんだ。あんた、結構元気そうじゃん! だったらもう起きててもだいじょうぶなんじゃない!?」
「あっ、バカ――」
顔をものすごく紅潮させた上月が、何を思ったか、俺の布団を両手でつかみとる。そして布団が華麗に宙を舞った直後、
「な、な……」
敷布団の上にあらわになった俺の姿に、上月は開けた口をひくひくさせたまま絶句した。
パジャマやジャージを着ていると寝苦しくなるので、いつも寝るときは上半身にTシャツ一枚しか着ていない。さらに一人暮らしなので、だれもいないときは下半身にズボンなども穿かない。
つまり上月は、パンツ一丁の俺のセクシーな姿をまじまじと見てしまったのだ。
「……あ」
とっさに布団で下半身を隠したが、もう遅い。
「ていうか、なんで男が裸を見られてんだよ。こういうのは普通は逆じゃ――」
「いいから早くなんか穿きなさいよ! この超絶ド変態エロ洞爺湖っ!」
「あたっ!」
俺の波乱に満ちた高校生活は、まだはじまったばかりだ。
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