透矢と妹原が気になる? - 第26話

 上月との関係は誤解されたまま、俺たちは程なくしてゲームセンターを後にした。


 駅で山野たちと別れて、今日もまた上月とふたりで帰宅することになってしまうが、それはもう仕方がない。


 改札を抜けたときに、プラットフォームに停車していた電車がちょうど出発してしまった。次の電車は十分後だったので、それまでホームの椅子に座って待つしかない。


 五つつながっている椅子のうち、俺が左端の椅子に座ると、上月は右端の椅子に座った。


 電車内と駅構内での会話は厳禁だから、待っている間はツイッターのタイムラインでも眺めて時間をつぶしていよう。そう思ってポケットからスマートフォンをとり出すと、


「雫とはうまくいったの?」


 上月が俺の方を見ないで話しかけてきた。


「駅でしゃべってもいいのかよ。だれかに見られたら面倒なことになるぞ」


 一応忠告してみたが、上月はぷいっと横を向いて、


「別に平気でしょ。ゲーセンで雫とふたりでいるところをばっちり見られてるんだから」


 そういえばそうだったな。


「それで、どうなのよ」

「どうなのよって言われてもな」


 特に進展はなかったから報告することはないのだが。というか、お前はなんでそんなに聞きたがっているんだ?


「まあ特にこれといってはないんだが、妹原はどうやら勘違いしているらしい」

「勘違い、って?」

「いや、それが、俺がお前のことを、好きだと思って――」


 すると上月が突然がばっと立ち上がった。そしてリンゴみたいに真っ赤な顔を向けて、


「ななっ! な、何言ってんのよ! いきなり、あんたはっ!」

「いやだから! 妹原がそう言ってたんだよ!」


 お前が変な声を出すから、俺も声が裏返ってしまったじゃないか。


「えっ。……雫が?」

「そうだよ。妹原が言ってたんだよ。ふたりは仲がいいから、好きなの? って。もちろん全力で否定したけどな」


 だから軽くへこんでるっていうのに、このどあほうが。末尾まで言わすな。


「そうなんだ……」


 上月は頬を赤くしたままぼそりとつぶやくと、椅子にぺたりと座りこんだ。急におとなしくなったな。


「だから言ったろ? 特にこれといってないって」

「……うん」


 なんていうやりとりをしていると、ライトをつけた電車が線路の向こうから走ってきた。どうやら次の電車がホームに到着したみたいだ。



  * * *



 電車の中では一言も会話しないで最寄り駅に到着した。


 この辺のさじ加減が友達には理解されにくいが、俺も正直なところこれでいいのかよくわかっていないので、あまり気にしなくてもいいかもしれない。


 今日は上月としゃべっていても問題なさそうだが、しゃべってもどうせ口げんかになるだけだから、わざわざしゃべる気にならないんだよな。


 夕飯をつくると言われていないのでコンビニで弁当を買っていかなければならないが、そんなことを言うと上月が絶対に文句をつけてくるので、真っ直ぐ家に帰ろう。


 一度家に帰ってからコンビニに行くのは面倒だが、仕方がない。とやかく言われるよりはマシだ。


 そう思って駅前のコンビニを通りがかろうとすると、


「ねえ」


 上月が俺のシャツを引っ張ってきた。


「なんだよ」

「お弁当、買っていくんでしょ?」

「いいよ。後で買いに行くから」

「あたしも買う」


 えっ、何を言っているんだお前は。


 しかし俺の理解が遅いのが気に入らないのか、上月は途端にむっとして、


「だから、あたしもあんたんちでご飯食べるって言ってるんでしょ」

「いやそんなの聞いてねえぞ俺は」

「そりゃそうでしょ。ついさっき決めたんだから」


 そんなむちゃくちゃな。俺に拒否権はないのか。


「だって今日は九時からSUNやるんでしょ。あたしが監視しないとあんた絶対にさぼるもん」


 くっ、ばれたか。しかし、いつも思うけど、なんでそんなに正確に見抜けるんだかな。


「別にいいけど、おばさんには連絡したのか? 夜になっても帰ってこなかったらきっと心配するぞ」

「だいじょうぶよ。お母さんには後でメールするから」


 ああそうかい。というか、上月のおばさんも少しは止めろよな。一応男子の家に娘が夜な夜な通ってるんだから。


 しかし上月のおばさんというのが実は非常に厄介な人で、その人になぜか俺はものすごく気に入られているのだ。


 おばさんは俺を本当の息子みたいに思っているみたいで、たまに家に来ると、「透矢くんが麻友のお婿さんになってくれたらいいのにね」と冗談かどうか微妙に判別しづらいことを言ったりするのだ。


 上月が俺の嫁ってあり得ねえし。俺は妹原一筋だからな。心の中で言っておくが。


 それはさておき、駅前のコンビニでそれぞれ弁当を買ってから家に帰った。土曜日のときみたいにならなければいいが。


 でも今日の上月は、やはり機嫌がいいみたいだった。この間と違ってダイニングテーブルの対面に座って、


「ほら、見て見て。このカルボナーラ、半熟玉子が入ってるよ」


 パスタの中身をわざわざ見せるほどに上機嫌だ。機嫌が悪いときは「何見てんのよ、北海道の湖の分際でっ」と邪険にされるくらいなんだがな。


 ちなみに俺の飯は、一日分の野菜が採れるというあんかけ固焼きそばだ。こんな微量の野菜で一日分のビタミンが摂取できるとは思えないが、真相はどうなのだろうか。


「カルボナーラって、本場のイタリアでは生クリームを入れないんだって」


 上月がフォークにパスタをまきつけながら言った。


「そうなのか?」

「うん。この前テレビでやってた」


 へえ。パスタ料理はほとんど食べないからよくわからないが。


「それにね、カルボナーラのソースって、トマトソースとミートソースの次くらいに人気あるんだって」

「へえ。まあ、カルボナーラって人気あるからな。どこのコンビニでも大抵置いてあるし」

「でしょ!? あたしはパスタの料理ってあんまりつくったことないけど、今度カルボナーラつくってみようかな」


 おっ、それはちょっと楽しみだな。上月のつくるカルボナーラは、なかなかいいかもしれない。


 今夜はカルボナーラをきっちりと完食すると、上月はリビングに移動した。まだ八時前だからSUNはやっていないが、野球のナイターでも観るつもりだろう。


「あ、巨人勝ってる」


 やはりか。野球の方も問題はないみたいだ。


 上月に気づかれないように、そっとキッチンに移動する。そして音を立てないように冷凍庫を開けてみる。


 餃子やポテトなどの冷凍食品がいくつか入っている冷凍庫の隅に、アイスクリームのカップがふたつ置かれている。昨日の夜にひそかに買っておいたバニラ味とチョコレート味のアイスだ。


 上月が土曜日に買ったチョコレートケーキは、賞味期限が昨日だったので、俺が替わりに食べてしまった。なので替えのアイスクリームを買っておいたのだが、こんなプレゼントを唐突に出したら、上月はなんて思うのだろうか。


 あんなやつにわざわざ気を遣う必要はないっていうのに、何をやってるんだかな。


「あれっ、透矢? どこ行ったの? トイレ?」


 ずっと隠れていると不審に思われるから、そろそろ戻った方がよさそうだ。アイスは、どうするかな。


 ええい、何を迷う必要がある。文句を言ってきたら二個とも俺が完食すればいいだろ。


「ほれ」


 俺が少し緊張しながらチョコ味のアイスクリームを差し出すと、上月は案の定きょとんとした。


「なに、これ」

「あの、お前が買ってたケーキは昨日で賞味期限が切れちまったから、替わりにこれでも食っとけ」

「えっ、でもあれは、あげるって言ったのに」


 上月がめちゃくちゃ不思議そうに見上げてくる。やはり柄に合わないことはすべきじゃなかったか。


「元はお前のケーキだったんだろ。だからその、替わりだよっ」

「あっ、うん。でも、今はお金が、ちょうど――」

「いらねえよ。溶けちまうから早く食え」


 上月も柄になくぐずぐずしだしたので、半ば押しつける感じでアイスを渡したが、微妙に迷惑だったのだろうか。


 上月はなんだか照れくさそうに、アイスクリームの蓋をじっと見ていたが、


「うん」


 アイスを素直に受けとってくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る