第三章 

第25話 1話の私みたいでよいではないか

『産業は廃れど人々の想いは廃れず。それを旧雑賀漁港が声なき声をあげているようだ。どれほどまで雑賀が発展しようとも、この景色、この邸宅より眺め見る遺構の逞しさを決して、自然の記憶から抹消してはならない』


 これは10年ほど前まで雑賀市長であった桐谷きりたに知宏ともひろが残した格言である。雨坂グループ誘致50周年記念パーティーにて、旧雑賀が雑賀であった歴史の鉾を高々と掲げた現地民の誇りを雨坂と同等に称賛したスピーチとして有名であった。しかしこれにより桐谷は星煌会の圧力を受けてしまい市長の職を辞してしまったが、桐谷の魂の言霊に感銘を受けた者がいた。その中の1人が当時もうすぐ8歳を迎えようとしていた雨坂小晴である。


「私があの者の意志を継ぐ」と言って、主が不在となった旧桐谷邸をポケットマネーで購入をして周囲をひどく驚かせたのは10年経った今でも語り継がれることだが、これら一連の話をひどく嫌う者もまた、存在していたのである。古びたコンクリートの建物内で電気をつけず、薄曇りのわずかな明かりのせいでようやく二人の人間を視認できる。外から停泊中の朽ち果てた漁船に波が打ちつけており、不気味さは更に加速する。


「また徽章人形トーテムポールの地団駄か」


「どうやらそうでもない。狙いは計画の阻止だったが、会長の温情で会社を興す運びとなったようだ」


「会長にも困ったものだが、究極残念なアレには経営の素質がない。上には立てんよ」


「だからこそ我々は悠遠を望むのだ」


「ああ。まったく操作しがいのある徽章人形だよ」


「案ずるな。紙派の王権はすでに操り糸に編み込まれている」


「それではもはや徽章人形ではなく、マリオネットとでも呼ばせてもらおう。権力と権威を同時に持ち合わせる最高の人形と」


「人形師である我々に」


「雨坂の永遠の繁栄を」


 不快な薄暗の中、二人の口角が上がり、盃が軽やかに交わされた。


 ☁


「どうしてこうなるのですか、あめあがりさん!」


 僕が今置かれている状況を説明しよう。体中を縄でぐるぐる巻きにされて天井から吊るされている。どこで?よくわからんスタジオで!


「はっはっは。1話の私みたいでよいではないか」と目線の先で愉快そうに笑っているあめあがりさん。笑っている場合じゃないですから。知らない人達たくさんに見られて、ADさんなんか笑い転げてて恥ずかし死しそうですから。なんなら縄の隙間という隙間から羞恥の血涙が溢れ出て失血死しそうですから。


「なんで僕がチョココロネにならないといけないんですか!」


「む。それは貴様が生意気にも私を差し置いて代表取締役などという身分不相応な役職に就いているからではないか」


「僕が望んで就いたんじゃないです。光史朗さんに頼まれたからですって!」


「ええい黙れ!父さまがどう仰ろうがこの私が貴様の部下であるのが気に食わないのだこいつめこいつめ」とおかんむりのあめあがりさんに僕は激しく回転させられる。吐いてもいいですか。


「いやだから重要な役職に就いてもらったじゃないですか!CEOにGMに名誉会長などなど要職のぜーんぶ、あげたじゃないですか!」


「ふん!それでも代表は貴様なのだもっくん。私が作った『Knock on Unknown』の代表は貴様なのだ。私が立ち上げたのに会社の顔はよりにもよって曇り顔猿之助である貴様なのだもっくんよ!」


「僕だって不本意です!やっぱり首を縦に振らなきゃよかった、こうなることは目に見えてた」


「うるさい!つべこべ言わずさっさと会社の宣伝をせよ!カメラを回せ」


 誰かこの暴走次期当主お姉さんを止めてください。パパ助けてください。あなたの娘さんは、今、ものすごく機嫌が悪いのです。


 ――もっくんCM中――


「僕らの会社『Knock on Unknown』はあの雨坂グループで最もアレキサンダー大王に近いとされる雨坂小晴さんをプロデューサーとして迎え、高潔と叛逆の精神を持ってしてあなたのお悩みを雨上がりの空のように解決します!世界一退屈しない部活動がここにある。『Knock on Unknown』は随時依頼を受け付けております。SNSでも動画サイトでもエブリシングオーケー、あなたのお悩みをぜひとも聞かせてください。依頼料は要相談で」

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あめあがりの空の下 運昇 @breakingball

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