方法49-5︰使い魔学会へようこそ!(適材適所を心がけて)

 広場には入るときよりも大勢の使い魔が集まってた。


「次は、あっちを調べましょう」


 地図を見たままサロエが指差したのは、広場を挟んで反対側の建物。メフメトがうなずく。


「広場を突っ切るのは危険です。外周を回りましょう。まず、私が合図したらあそこの荷馬車の陰まで中腰で走ります」


 メフメトが手で合図するとワタシたちは横倒しになった荷馬車の陰まで走った。横から覗くと、どういうわけか近くにいた使い魔が一体、こちらへ向かってくる。長い髪を生やした女だけど、下半身が芋虫だ。長い両手の先には鋭い爪。

 使い魔は荷馬車の側面に回ると、ゆっくり警戒しながら裏手を覗き込もうとした。すかさずベルトラさんが使い魔の顔を左手でつかみ、こちらへ引き寄せた。これで広場からは見えないはず。

 それからベルトラさんは右手を使い魔の後頭部に当てると、ゆっくり力を込めた。ジワジワと音もなく使い魔の頭が潰れていく。体がビクンビクン痙攣しだした。

 やがて痙攣が収まると、ベルトラさんは使い魔の死体を手早く荷馬車の幌の破れたところから中へ押し込んだ。


「建物の右手から裏の方へ行きます。はい。今です」


 メフメトの合図にワタシたちは再び、腰を落として走る。どうにか見つからず、目指す建物の裏へ。


「さっきのあれ、なんで馬車に?」

「使い魔は死ぬと血色の霧になって、マナやエーテルに還元される。その霧を見られたら居場所がバレるだろ」


 そういうことか。ベルトラさん、ホントこういうの手慣れてんな。


「それで、なんで裏に回ったんですか?」


 窓から中の様子を見てたメフメトにサロエが尋ねる。


「こういう状況で玄関から入ろうとするのは愚かです。鍵が掛かってたら、外してるあいだに見つかって襲われかねません。最初の建物は玄関が目立たない場所にあって、ドアが開いてたので例外です。それとサロエさんにアガネア様。不要不急の質問は控えてください」


 まとめて叱られた。見るものすべてが新鮮ですみません。緊張感を紛らわそうとしてるんだよう。


 メフメトは窓ガラスにナタの柄の先を押し当てると、ゆっくり力を加えた。ガラスにヒビが入ったところでナタを離すと、指で慎重にガラスを取り除いていく。充分な大きさの穴が開くとそこから腕を入れて鍵を外し、窓を開けた。


「さあ、入りましょう」



 こうしてワタシたちは建物から建物へと探索を繰り返しながら敷地の奥へと進んでいった。

 途中、先へ進むためのアイテムが必要だったり、メモにあった言葉を入力させられたりして時間がかかった。

 学者たちの企画なんだから、アイテムや情報持ってるかどうかじゃなくて、もっとこう知恵を使えば進めるような造りにしておいてくれたらよかったのに。


 広場エリアの先は逆に細い路地が迷路のようになってたり、建物同士が屋上で繋がってるエリアで、ここでも探索とアイテム集めをさせられた。

 相変わらずハンドガンもグレネードも出てこないけど、ベルトラさんは両刃の戦斧を見つけ、メフメトは小剣の二刀流になった。


 それにしてもゲームと違って、現実だと見えてる建物全部の全部屋、その気になれば入れちゃうのが逆にツラい。

 ここまででメダルは五つ見つけたけど、その中の一つとかメフメトがピッキングで鍵開けた部屋にあったし。それだってホントはどっかで部屋の鍵を発見する必要があったんだろうな……。他にもいくつか、キーアイテムすっ飛ばしたっぽいし。

 っていうか、メフメトの技術のおかげで運営が企画したより行動範囲広がってないかこれ?


「なんか、あれ広場の方にいた使い魔ですよ」


 サロエが屋上のフチから地上を見て言う。もう夜は明け、朝の光があたりを照らしてる。


「あ、あっちのもだ。ワタシあいつ見覚えある。エリア間移動しても前のエリアのエネミーがついてくるとかアリなの?」

「なんか奥の方からも来てないか?」


 ベルトラさんも少し不安げに言う。


 そう。どういうわけか建物に入って出てくるたび、だんだん外の使い魔の数が増えていってる。今や、かなりの数だ。


「屋根伝いにジャンプして行きましょう」


 ワタシたちがいるのは三階建ての屋上。通りを挟んで向かい側は10メートルくらい離れてる。進もうとしてる側の建物は6階建てで、こちら側には窓がない。


「すまない。あたしジャンプ力はあまり……」

「ここから50か100メートルくらい行くとまた広場に出ます。その奥に大きな建物があって、たぶんそこが次の目的地です」


 地図を確認してたサロエが言う。


「ここから下に降りて、使い魔を倒しながら抜けるか……。けどそれじゃここまで隠れながら進んだ意味がないか」

「集まってきてる分、むしろ最初より難しくなってますね。そして今のところ外にいますが、建物内を探しはじめるのは時間の問題でしょう」


 ベルトラさんとメフメトは下を覗きながら考え込む。

 ワタシは周りの建物を見る。ベルトラさんのジャンプ力がどれくらいか知らないけど、どうにか奥の広場まで回り込めるルートはないんだろうか。


 と、そこで気づいた。


「メフメトさん、さっき焼け落ちた建物あったじゃないですか?」


 メフメトはそれだけでピンと来たらしい。


「問題になりませんか?」

「ダメなら止められるんじゃないの?」


 メフメトは少し迷ってる様子だったけど、やがて決心した。


「解りました。やってみます。それでは私が通りへ下りるのを見たら、ついてきてください」


 そしてメフメトは一人、軽々と向かいの建物へ飛び移った。そのままそちらのブロックの建物の上を屋根伝いに移動して、とある建物のところで中へ入っていった。



 しばらくして。向かいの通りの建物から煙が立ち昇った。見ているうち窓ガラスが割れ、火が吹き出す。それも一軒だけじゃなくて、時間差で数軒。どれも木造のやつだ。すぐに火は他の建物にも燃え広がる。


 使い魔たちは突然の火事に気を取られ、バラバラな方向に逃げ出す。

 ワタシたちの向かいの建物からメフメトが顔を出したかと思うと、通りへ下りる。

 すぐにサロエも屋上から飛び降り、一回転して着地。ベルトラさんは戦斧を抱え、背中にワタシをおんぶしてダイブ。膝を曲げて見事に着地し、先行する二人を追って走りはじめた。


 使い魔のほとんどはワタシたちに気づかない。気づいてもベルトラさんやメフメトに斬り伏せられる。

 100メートルはあっという間だった。建物の並びが途切れ、その先に拓けた空間が見える。

 と、妙な気配を感じて振り向くと、大勢の使い魔が火の手から逃れようとワタシたちの後を追ってきていた。さらにその向こうは火の海で、今も建物が一つ、火に包まれたまま倒壊して通りを塞ぐところだった。なんかこう、やっちまったなあ感がある。莫大な請求とかされないだろうか。それより今は。


「後ろ! 後ろ!」


 ワタシの声にベルトラさんはスピードを上げる。サロエとメフメトもチラリと振り返った。


 広場に出た。300メートルくらい先に、大きな要塞めいた石造の建物が見える。すぐ背後まで迫った山の斜面に沿って、迫り上がるように建っている。あらかたこちらへ来ていたのか、使い魔の数は少ない。


「私とサロエさんは右の外周を、ベルトラさんたちは左の外周を大回りして入り口で落ち合いましょう!」


 言われてワタシたちは二手に別れる。けどこれ、なんの意味が? 罠でも警戒してんのかな。

 半分くらいまで来たところで、後続の使い魔たちが広場へ入ってくる。すると──。


「あれ?」


 なぜか使い魔たちは右、サロエとメフメトの方へ。よく見れば元々いた使い魔たちもみんな二人の方へ向かい、こっちには誰も来ない。

 やがて入り口の前で合流したワタシたちはそのままスピードを緩めず、開いた扉から要塞の中へ。そのまま走り続け、適当な部屋へ入った。


「どうにかここまで来たけど、かなり使い魔連れてきちゃったよね」


 ワタシの言葉にメフメトは視線をさまよわせた。


「ともあれ、ひとつ解ったことがあります。やけに使い魔が集まったり、私たちの居場所を発見していたのは──」

「サロエ。あんたの呪われアクセのせいでしょ」


 急に名前を呼ばれて焦るサロエ。


「そ、そそそ、そんな証拠は」

「あります。さっき一人になったとき、使い魔から見つからなかったんです。それに、広場で二手に別れたとき。使い魔たちはこちらへ来ましたね? 使い魔はそもそも魔力の塊。あなたのアクセサリーが放つ魔力を敏感に察知して引き寄せられていたんでしょう」


 静かに告げるメフメトはなんだかちょっとミステリに出てくる探偵みたいだった。

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