方法28-2︰レギュラーと廃屋(行方不明者は探しましょう)

 頂上は見晴らしがいいように木々が払われてた。ちょっとした売店に、椅子やテーブルなんかもある。

 中心から少し離れたところにクレーターがあって、その真ん中に大きな岩が突き立っている。表面が滑らかで、言われてみれば内臓っぽい形だ。

 眼下にはネドヤの街並み。その向こうには月光にきらめく海。そして海以外を囲む黒々とした広大な森。


「素敵な眺めですね」

「そうね」


 嬉しそうなポールに、ワタシもうなずく。周りを見れば他のみんなもそれぞれ達成感を味わってるみたいだ。

 ただ景色を見るとか、山頂に行くとかなら悪魔は単純に飛べばいい。

 そこをあえて馬鹿みたいに地道に歩いて下から登るってのがいいんだろうな。ゲームの縛りプレイみたいな。


 けど、あれ? なんか違和感が……。


「みなさーん。ここで食事に」


 イカばあさんの言葉が途中で止まる。


「あら? アマンダとアヌビオムさんは?」


 違和感の正体に気づく。そう、アヌビオムたちがいない。他のみんなもザワつく。

 あのペアは一番最後を歩いてたはず。いつからいないんだろう。


 急遽、引率で集まって協議する。


「最後に見たのは?」

「真ん中あたりで振り返ったときは居た」

「道に迷ったんじゃ?」

「この一本道でどうやって」

「山賊が出るようなとこじゃないしなあ」


 結局、万一に備えて戦闘力の高いベルトラさんとヘゲちゃんが引き換えして探すことになった。そうなると当然、ワタシも一緒。

 もう一人、空から探すことになってムナクという悪魔が上空へ舞い上がった。


 ワタシたちは二人の名前を呼びながら山を下っていく。途中、すれ違う悪魔に声を掛けてもみたけど、成果なし。


「足滑らして落ちたとか」

「フレッシュゴーレムがか? それならそれで、アヌビオムが担いで飛んでくるなりするだろう」


 やがて半分の少し手前まで来た。


「ねえ、あれ」


 ヘゲちゃんが何かに気づく。

 見れば登山道の脇から、道とも言えない細い下り坂が伸びている。普通に歩いてたら見落としそうなくらい。手前がライトで明るいせいで、すぐ先はもう真っ暗だ。


「道を間違えたってわけじゃなさそうだが」

「けど、もう少しで最後に目撃されたあたりですよ。ダメ元で行ってみましょう」

「そうね。ここへ来るまでは他にこんなのなかったし」


 ワタシたちは道を外れ、暗い斜面を下りていく。それは人工的なようにも、自然にできたようにも見えた。あんまり誰かが通ってるような感じはしない。

 ワタシはリュックからたいまつ代わりの魔石を取り出すと、明かりをつけた。周囲がぼうっと照らされる。


 しばらく進むと、ボロボロになった看板があった。“この先私有地、立入禁止”。


「整備用の資材置き場とかですかね」

「こんな細い道の先にか?」

「とにかく進むわよ」


 ワタシたちは誰かいた場合、不意打ちではないと解ってもらうため声を出し続けながら進む。


 やがて──。


「おーい。こっちですぅ」


 進む先から声が聞こえてきた。そして道の終わりにアマンダがいた。


「おい。どうした? アヌビオムは!?」

「それが、アヌビオムさんがおかしくなってしまいましてぇ。来てください」


 泣きながらアマンダは言うと、後ろを向いた。

 道はすぐそこで終わってる。その先は濃い木立と闇ばかり。


 アマンダがそちらへ向かって歩きだす。そして、消えた。


 ワタシたちは慌てて追いかける。すると急に、拓けた広場へ出た。


 振り返るとさっき来た道が見える。ただそれは、妙にぼやけて見えた。上を向くと月や星々も同じようにぼやけてる。


「幻術か」


 ベルトラさんが呟く。


 ワタシたちが立っている広場には、三つの建物があった。右の方に細長い平屋の小屋が2棟。ランパートの牧場で見た牛舎や鶏舎に似てる。

 その他にも建物が、いくつか。どれもかなり荒れている。

 あたりには草が茂り、空き缶や空き箱、ひっくり返った荷車なんかが散乱してる。


「こっちです」


 アマンダが2階建ての建物へ入るので、ワタシたちも続いた。


 中は1階全部で一つの部屋だった。家具やなんかは何もないけど、そのかわり──。


「なんだこりゃ?」


 部屋一面、大量の白い粉の山で埋め尽くされてた。高いものではワタシの頭、低いものでもワタシのヒザくらいの高さがある。

 長らく放置されてたせいか粉は黄ばんで、湿気を吸って固まってた。


「小麦粉か? いや、そんな匂いじゃないな」

「ベルトラさん、あそこ!」


 部屋の奥で四つん這いになったアヌビオムが粉の山を掘り返してる。

 名前を呼んでも返事がない。近づいて揺すっても無反応。ひたすら両手で粉を掘り返してる。

 ベルトラさんがはがいじめにして離れさせようとしても全力で抵抗する。


「ベルトラ、離れて」


 ヘゲちゃんはアヌビオムの隣に立つと、その背中に手をかざした。


 バン!


 破裂音とともに、ヘゲちゃんの手のひらからアヌビオムの背中へ電光が走る。

 ビクンと体を跳ねさせ、アヌビオムは気絶した。スーツに焦げた穴が開き、背中がヤケドしてる。いつもながらの流れるような乱暴者ぶり。


「こっ、殺してなんかないわよ」

「まだ何も言ってないけど」


 とりあえず2階へ上がる階段が見つからなかったので、ワタシたちは外へ出ることにした。

 ベルトラさんがアヌビオムを背負おうとして絶句する。

 アヌビオムの腹に大きな穴が開いてた。傷口が黒コゲになってる。ワタシは無言でヘゲちゃんを見た。


「私じゃないって! なに、その目は!?」

「疑いの眼差し」

「そうだけど! そうだけども!!」


 正直爺さんばりに正直に言ったのに、褒美くれるどころかそのリアクション。

 普通、ご褒美でほっぺにキスでしょう。今の流れでいきなりキスしてきたらかなりアレだけど。


「内側に向かって穴が開いてますから、ヘゲさんじゃないでしょうね。侵入者避けの結界を強引に破ったんでしょう」


 ベルトラさんが安定の常識人ぶりを発揮する。


「ひとまずあたしがアヌビオムを担いで山頂まで飛びますから、ヘゲさんはアガネアとアマンダをお願いできますか?」

「それは構わないけど、私ここのことは当分、内密にしておきたいの。どうも気になるから、私たちで調査するまで余計な詮索されたくないのよね。けど、そうすると」


 ヘゲちゃんはチラリとアマンダを見る。よっぽど怖かったのかアマンダはまだ、ときどきすすり泣いている。

 確かに、フレッシュゴーレムがちゃんと黙ってられるかは怪しい。


「あなたはどうしてここへ?」


 安心させるようにヘゲちゃんは優しい声で尋ねる。


「道を見つけて、行ってみたら行き止まりだったんです。それで帰ろうとしたらアヌビオムさんが来て、でも私を無視して消えちゃったからついて行ったらこうなって」 

「それで?」

「誰か呼びに行こうかとも思ったんですけど、引率の悪魔から離れちゃだめだって言われてたの思い出して、あそこで待ってたんです」

「そう。そういうこと。これでもういいわね」


 そしてヘゲちゃんはベルトラさんの方を向いた。


「フレッシュゴーレムの体は人間。つまり記憶操作ができると思うんだけど、あなたできる?」


 記憶操作? なにそれ怖い。ひょっとしてワタシも……。


「あなたに何かすると余計ややこしくなる気しかしないから、誰も何もしてないわ。安心して。それで、ベルトラ?」

「いえ、あたしはそういうの苦手で」

「なら、私がやるしかないわね。これでも人間用の魔法は得意なの」

「え? ヘゲちゃんそんなことできるの?」


 なぜかヘゲちゃんは死んだ魚と負け犬のハイブリッドみたいな顔してうつむいた。


「いや、ほら、あの……なんかほんとゴメン」


 よくわからないまま謝る。

 テンションミニマムなヘゲちゃんが魔法をかけると、アマンダは眠ってしまった。ヘゲちゃんはアマンダをおんぶする。


「えっと、で、ワタシはどうすれば」

「へ? ああ、そうね」


 ヘゲちゃんは面倒臭そうに言うと、ふわりと宙に浮いた。


「ほらよ」


 足をプラプラさせる。


「いやあの、自分の握力に命を賭ける気ないんだけど」


 結局、ワタシのスペシャル丈夫なベルトでベルトラさんにヘゲちゃんの両足首とワタシの両手首をまとめて縛ってもらい、さらにワタシがヘゲちゃんのスネを握る形になった。


「じゃ、行くわよ。って、重い。あなた何でできてるの? 鉛?」

「砂糖、スパイス、素敵な何か」

「あー、じゃあ素敵な何かってのが鉛ね、それ」


 そんなことを言いながら、ヘゲちゃんは高度を上げる。見上げればワンピースドレスのスカートの奥に下着が。……下着、が。……下着。……あれ?


 …………。

 ……。


 なんか、衝撃映像一連発だった。いや、それだと連発ではない? けど100回チラ見すれば100連発か?


 あとすごくどうでもいいけど、いま気づいた。アガネア、アヌビオム、アマンダ。アシェトいないけど、アで始まる名前多くない?(惑乱され中)


 下を向けば、幻術の効果でさっきの広場は周囲と同じ森に見えた。


───

※今回出てくる作中の場所は怪談 新耳袋 第四夜「山の牧場」をモデルにしています。

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