方法25-1︰魔界に転生して最強召喚獣を三体ゲットしたけど、言うこときいてくれない件(事前に仕込みをしましょう)

 ネドヤ=オルガンでの宿泊先は“ホテルグランド百頭ネドヤ”という百頭宮グループの大きなホテルだった。各種団体旅行受け入れ可。

 ワタシとベルトラさんの部屋は、ヘゲちゃんとアシェトが泊まるグランドスイートの隣にある広めの部屋だった。普段は要人警護の悪魔や従者なんかが泊まる部屋らしい。


 飛行船が着いたのは21時。それからホテルへ行って荷物をおろしたりなんやかんやで、自由行動になったのが23時ごろ。

 ワタシとヘゲちゃんは20メートル以上離れられないので、1日交代でお互いの行きたい場所へ行くことに決めていた。

 今日はワタシの日。ふらふら街を散策して回った。

 南国といっても夜なので陽射しはなく、吹く風も少し涼しい。いかにも観光地らしい土産物屋や物売りの屋台。旅行客は多い。


 ワタシは屋台のトロピカルフルーツを使ったシャーベットを食べたり、謎の赤茶色い液体を使ったスパに入ったりして、久々にお金を使う楽しさを味わっていた。


 問1︰なぜ借金まみれのアガネアがお金を持っているのか、簡潔に答えなさい

 答え︰アシェトがくれた


 驚いたことに出発の前夜、百頭宮を守ったことへの個人的な礼だとか言って、100ソウルズもくれたんだよね。いやあ、お金ってあるとこにはあるんだな、と。

 

 もちろん今後のことを考えれば豪遊はできないけど、プチ贅沢をするくらいは許されるはず。



 その晩、夕飯を終えたワタシたちは部屋でゴロゴロしてた。カーテンを開ければオーシャンビュー。午前の光を浴びて蒼い海と白い砂浜が輝いてる。


「ベルトラさん。ワタシ強くなりたいんです。それはもう、チートで無双するくらい」


 ワタシは窓の外を眺めながら言った。少し酔ってるのは認めないこともない。ほんの少しね。英語でいうとア、リルー。


「そんなこと言って、クエストのときもいざ本当にやることになったら散々だったじゃないか」

「あれはリスクがある方面だったからです。これはむしろ逆。安全方面の話です」

「そもそもチートで無双ってのはなんだ?」


 ワタシはそれがいったいどういうものか説明した。


「それならおまえ、ある意味じゃチート? みたいなもんだろ」

「どこがですか。そりゃワタシの魂は莫大なエネルギーを持ってて、悪魔からしたらチートアイテムみたいなもんですけど」

「そうじゃない。アシェトさんは魔界でもトップクラスの強さだ。それよりはずっと落ちるが、ヘゲさんも相当強い。あたしだってなかなか腕の立つ方だ。そんな三人に護られてんだから、普通の悪魔からすりゃチートみたいなもんだぞ」


 それはそうかもしれないけど……。


 “魔界に転生して最強召喚獣を三体ゲットしたけど、なにもできん件”


 ダメだ。どう考えても面白くなりそうにない。


 “魔界に転生して最強召喚獣を三体ゲットしたけど、言うこときいてくれない件”


 うーん。これならありか?

 いやいや。自分の境遇にラノベっぽいタイトル考えてる場合じゃないだろ。“ありか?”じゃねーよ。何があるんだよ。そこには何もないだろがよー。


「そういうことじゃなくてですね」

「まあ、最後の手段として自分でも多少は身を守れるようにしておくのはいいかもしれないわね」

「ヘゲちゃん!?」


 バスルームからヘゲちゃんが出てきた。やっばりこの娘、人の見てない死角からしか出てこられないんだろうな。


「しかし魔法もだめ、武器も格闘もダメとなると」

「攻性の魔道具も魔力がないと使えないしね。魂直結ならあるいは使えるかもしれないけど」

「アガネアの魂なんかと繋いだら、許容量超えて暴発しませんかね」


「あっ」


 ヘゲちゃんが声を上げる。


「どうしたの? 設定の穴でも見つけた?」

「なに言ってるのあなたは。そうじゃなくて、今からでもあなたが強烈な信仰心に目覚めれば、いよいよってときに神が助けてくれるかも」


 魔界の住人らしからぬことを言いだすヘゲちゃん。


「そんなことになったら、人間バレして今までの苦労が水の泡ですよ。だいたい、あれはアテになりません」

「それもそうね。じゃあ、聖水は?」

「あんな指定劇物、手に入るわけないじゃないですか。人界と断絶してから入ってきてないし魔界にまだあるかどうかも……」

「────アガネア」


 なぜかうっすら笑顔のヘゲちゃん。


「諦めなさい」


 ワタシも二人の話を聞いててそんな気がしてた。三人に上手く守ってもらう運用を考えるのが一番現実的かも。



 翌日も快晴。ワタシたちはホテルの前にある海へ来ていた。アシェトが行くというので、ヘゲちゃんも行きたがったのだ。


 白い砂浜。黒い海。夜空には星と月が輝き、ビーチではのんびりくつろぐ悪魔たちの姿。

 そういう微生物でもいるのか、波は浜辺で崩れるときに青白く光を放つ。


 こっちのバカンスは欧米式なのでガツガツ観光というよりは、ノンビリするスタイルだ。

 それに他のみんなは毎年来てるんだし、そうそう同じ観光スポットばかり行かないよね。


 ワタシはビーチチェアに寝そべり、ホテルから借りてきた水筒の水を飲む。だって昨日お金使ったから、倹約したいんだもん。

 氷をみっちり入れてもらったので冷え冷えだ。水うまー。


「おまえの水着なかなか、その、似合ってるぞ」


 遠くを眺めながら、隣のビーチチェアに座ってるベルトラさんが唐突に言った。

 ならなぜこっちを見ないのかと。人と話すときは相手の目を見てください。


 ワタシは例の、ヘゲちゃんが買ってくれた水着を着てた。紫ラメにスパンコールの昇りドラゴンがついてるアレだ。腰にはミニチュアケースとベルト。

 どっちもあらゆる環境に耐え、汚れることさえないという、ぶっちゃけワタシより強そうな性能なのだ。


「もちろんですよ。ベルトラさんとヘゲちゃんが選んでくれたんですから」


 ワタシの声はつい皮肉っぽくなる。

 もしかしたら悪魔的にはこういう水着がイケてるんじゃないかという淡い期待は、更衣室で周囲から向けられた微妙な視線に打ち砕かれていた。


 絶賛してくれたのはどこからかワタシが海へ行くと聞きつけて集まってきたギアの会のメンバーだけ。

 “いついかなるときでもアガネア様を褒め称える”みたいな会則でもあるんじゃなかろうか。


 ヘゲちゃんはワタシからできるだけ離れたところでアシェトにサンオイルを塗っている。

 いま夜だよ? とか、悪魔って日焼けしないでしょ? とかいろいろ言いたいことはあるけど、いまのヘゲちゃんはちょっと近づきたくないくらい恍惚とした顔をしてるのでそっとしておこう。


 ワタシは目測で自分とヘゲちゃん、海までの距離を確認した。

 よし、大丈夫そう。


「ちょっと海に入ってきます」

「あんまり遠く行くなよ」

「行けないから大丈夫です」


 ワタシは立ち上がると、浮き輪を抱えて波打ち際へ向かった。


 このときワタシは、ここがフラグ回収の異様に早い世界だということをすっかり忘れていた。

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