方法13-3:粘液とワタシ(実験には協力しましょう)

「……きなさい。──起きなさい」 


 目覚めるとワタシは洞窟の床に寝ていた。サンビナの姿は見えない。

 

「ベルトラさんは?」

「サンビナが街から充分離れるよう、棒を鳴らしながら追いかけてもらってる。──それにしてもヒドい姿ね。ま、あなたには似合ってるけど」

「え? ヘゲちゃん、こういうのが好みなの? 引くわー」

「なっ!? そっそんなわけないでしょ。とにかく、そのまま百頭宮の中になんて入らないでちょうだい」


 考えてみれば百頭宮はヘゲちゃんそのもの。つまり百頭宮の中に入るのはヘゲちゃんの中に入るも同然。ふむ。興味深いエロスの気配。


「あなた今、変なこと考えてるでしょ」

「ううん。別に。どうやって体洗おっかなーって」

「ああ、それなら」



案内されたのは洞窟のそばの森の中にある川。


「そんなに深くないから、飛び込みなさい」


 昔の戦時捕虜みたいな扱いだ。けど他に選択肢もなさそうだし、なんかさっきから体が痒くなってきてる。ワタシは服を着たまま川へ飛び込んだ。サービスシーン? なにそれ?


 水はそこまで冷たくない。真冬とかじゃなくてよかった。魔界に季節があるか知らないけど。

 何度も潜ったり、服のボタンを外して隙間から手を突っ込んだりするけれど、ニオイと粘液はなかなか落ちない。


「検証結果は、やっぱり?」

「そうね」


 ヘゲちゃんはうなずく。


「魔獣は悪魔みたいな知能がないぶん、純粋にあなたの魂に魅了されてたと考えるべきね」


 そういえばフィナヤーも初対面のときは欲望に流されて寝込みを襲ってきたんだっけ。


「他の可能性は?」

「ない。少なくとも私たちが考えつく限りでは」

「で、どうするの?」

「それはこれから。そもそも実際には何がどう漏れてるのか判らないし、そこまでいくと調べるにも対策するにも、私たちの手には負えない。誰か、魂についての専門家を探さないと。どのみちこの件に限らず、そうした専門家は必要だろうし」


 それはそうだ。でも、そっかー。外出なんかは控えた方がいいのかな。やりたいこととかあったんだけど。


「ま、あなたが気にすることはないわ。誰かが今のあなたを人間だって見破る確率は無視できるくらい低い。でなきゃとっくにバレてるはずだから」

「そうなの?」

「ギアの会のアヌビオム。あの人は魔界でも屈指の、魂感受性の持ち主として有名だったの。

 ソウルシーカーっていう競技があったんだけど歴代ただ一人、永世チャンピオンとして出禁になったくらい。そのアヌビオ厶が気づかないんだから、まずないでしょうね」


 出禁? 永世チャンピオンにするからもう来ないでくれってこと? あのじいさん、そんな特技があったなんて……。


 けどたしかに、それほどの化物クラスが見抜けないんなら気にするほどのことじゃない、のかな。

 イヤでも待てよ。もしそうなら、ワタシが今日ヒドイ目に遭った意味って。


 やめよう。深く考えたら負けだ。とにかくツノが完璧じゃないってことが証明されたんだから、それでいいじゃないの。よくないけど。



 ようやく汚れを落としたときには、すっかり体が冷えていた。ワタシは裸になって服を絞ると再び身につける。


「なんかまだ臭う気がする」

「気のせいじゃないわね。洗濯に出しなさいな」

「ヤダ。フィナヤーたちに盗まれたら困るし。もう二着も持ってかれてるんだから。服は自分で洗うことにした」

「あれは盗んでるんじゃなくて、買ってるのよ。店内で窃盗は厳罰」


 横流しは窃盗なんじゃあ……?


「あなたも自分で売ればいいじゃない。そんな服なら何着も買える値段になるから」


 マジか。


「でも、売るなら洗濯前のがいいみたいね。もしかしたら魂から漏れた何かが染みてるのかも」


 あれか。生脱ぎとかいう。


 とりあえずワタシは服をフィナヤーたちに売っぱらった悪魔の名前と特徴を教えてもらった。あとで売上を巻きあげに行こう。

 なに、大丈夫。甲種擬人に反抗しようなんて悪魔はいないし、いざとなればヘゲちゃんかベルトラさんが守ってくれる。


 よく考えたらこれ、百頭宮の中なら最強なんじゃないの? やり過ぎると恨まれそうだけど、さすがに服の件は許されるはず。


 それにしても寒い。早く馬車に戻りたい。よく考えたらこれで風邪から肺炎になったりしたらシャレにならんな。

 魔界に人間用の薬なんてないだろうし。肺炎で死ぬエンド。略して肺エンド。あでも、人界の病原菌はいないのかな。


「考えたのだけど、その状態で悪魔に正体を見破られても問題なさそうね」

「というと?」

「こっそり警察に言っても、実際あなたに会えば警官には普通の悪魔に見えるだろうし、百頭宮の圧力があれば深入りさせずに済む。

 密告した悪魔は殺せばいいだけだし。もし密告しないでこっちを強請ろうとしたら、そのときも殺せば片付く話」


 秘密を知った奴は殺すって、超頭悪そうだな。噛ませ犬感もハンパない。

 けど確かに、それをやり遂げるだけの力はあるんだよなぁ。悪魔だから、殺しはダメなんてないし。


「そういうわけで、やっぱりあなたが心配することはないわね」


 んあ? ひょっとしてワタシを安心させようと……? 優しいとこあるじゃないの。今のワタシはチョロいよ? そんなことしたらあっさり心開いちゃうよ?

 なんとなく嬉しくなって、ヘゲちゃんを抱きしめる。可愛いのう可愛いのぅ。


「ヤメて。本当にヤメて。濡れてるし臭いし」


 素で引き剥がされました。抱きしめられる前に避けなかったところに、ヘゲちゃんの優しさがあると信じたい。イヤとか言いながら、本当はオッケーなんじゃないの?(犯罪を犯しがちな思考)


 ようやく馬車にたどり着くとワタシたちは百頭宮へ帰った。着ていた服はどうしても自分じゃ臭いが落とせなかったので洗濯に出した。


 ……返って来なかった。

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