方法12-3:牧場クエスト(クエストは禁止)
第1厨房はウチより広く、活気があった。
いかにも場末の古ぼけた定食屋みたいな第2厨房とは違い、どこもかしこも磨き上げられた、それこそ高級なホテルやレストランの調理場って感じだ。
何人ものコックが忙しそうに働いている。
ライネケはその中心で自分も何か手を動かしながら、周りに指示を飛ばしていた。
ベルトラさんに気づくと、その手を止める。
「ベル姐さん。どうしたんですか?」
「どうもこうもねぇよ。明後日からの代理に誰が来るのか連絡しろっつったろ」
「いやあ、忙しくて。大丈夫ですよ。悪いようにはしません」
それって悪いようにする人が言うセリフだよね。
「それと、コイツがうちの新人、アガネアだ」
ワタシは会釈する。
「やあ、キミのことは噂で聞いてるよ。
ウチはまかないもここで出るからね。下へ行く機会がないんだ。
甲種擬人で見習いだなんて、どんな悪魔か気にはなってたけど、忙しくて見に行く時間もとれなくて。
はじめまして。ライネケだ」
ものすごい早口。ライネケは手ぬぐいで手を拭くと、ワタシに差し出してきた。その手を握り返す。
ライネケは小柄だった。ワタシより低いから身長150あるかどうか。
シェフ服を着てるけどケソケソに痩せてて、うーん、なんだろう。イヌ科の何かを二足歩行させて、両手を人間の手みたいにしたら、こんな感じ。
ただ、全身の毛がない。異様に白くてところどころまだらにピンクや黒のシミがあって、シワやたるみの目立つ肌をしている。
正直、ちょっとグロい。
「こいつ狐人タイプの悪魔なんだが、全身の毛を剃っててなあ」
「脱毛だよ。毛が生えたまま料理してたら不衛生だろ。抜け毛防止なんかの身体作用型魔法は料理の味に影響するし」
「そりゃあたしらくらい舌が冴えてれば、だろ、普通は気づかない程度だ」
「お客様にだってそういう悪魔はいるさ。それに、気が付かなければベストな味を損なっていい、ってわけじゃない。だろ?」
とにかくすごいプロ根性ってことは解った。
喋ってるあいだも周りの作業が気になるらしく、ライネケは落ち着かなそうだった。
「忙しそうですし」
「そうだな。じゃ、あたしらはこれで。邪魔したな」
「いや、ベル姐さんならいつでも大歓迎だ。こんど落ち着いてるときにでもゆっくり」
ライネケは手をヒラヒラさせると、もう向こうへ行ってしまった。
その後ろ姿を名残惜しそうに見送るベルトラさん。
おや? これは……。なんだかイヤな予感がする。
「変わった人ですね」
「ただのバカだよ。料理バカだ」
どこか寂しそうな遠い目。
「けど、情熱が凄そうっていうか」
「まあな。超一流の料理人なんだ。並のヤル気じゃそうはなれないだろ。
悪賢いくせにそういうとこだけは愚直なんだ」
こんどはどこか暖かい口調。
はいビンゴ。こりゃベルトラさん、あのキツネに惚れてるわ。うん。
専門バカで鈍感。でも、そんな真っ直ぐで不器用なキミが好き。
乙女っぽい恋愛してんなあチクショウ。
まあワタシのベルトラさんへの想いはそんなロマコメ臭いものとは一線を画しているからいいんだけど。いいんだけどね?
そんなこんなで翌々日、ワタシたちは百頭宮を馬車で出発した。
旅行の準備? そんなもん着替えくらいしかないっす。ヘゲちゃんの読みどおりっす。
目的地のランパートハートフルファーム(名前についてはあえて何も言わない)までは片道10日も掛かる。
悪魔ならではの不眠不休なら5日くらいらしいのだけれど、それではワタシが死んでしまうということでゆっくり進行だ。
それでも一日中馬車に揺られてたら尻の痛いこと痛いこと。クッション多段装備でも辛かった。
ちなみに魔界の馬は馬みたいなシルエットの黒いモヤモヤっとした塊で、両目は紅く輝く光球になっている。
もちろん休みなんかは必要ない。
旅の前半、ワタシは馬車の中でもほとんど寝てた。
起きてヘロヘロになるまで働いて寝るサイクルからはずれた途端、疲れがドッと出てきたのだ。
週一の休日もほとんど寝てることでどうにかやっていたけれど、それでも抜け切らない疲労がずいぶん溜まってたらしい。
合間合間に起きるといつも、ベルトラさんは料理の技法書やら解説書、レシピ集なんかを読んでいた。
その中にはライネケの書いた本もあった。
「こんなときでもないと集中して勉強なんて難しいからな」
ベルトラさんは少し照れたように笑った。
後半はようやく起きていられるようになり、ワタシはヘゲちゃんが勝手に荷物へ紛れ込ませていたワタシの設定資料集を読んだり、ぼんやり窓の外を眺めたりして過ごした。
ヘゲちゃんの書いた設定資料集はなかなか破壊力がある。
たとえばいま読んでたのは“アガネアのツノ、10の秘密”というやつで、こう書いてある。
・ツノの先端には猛毒があり、刺されると本人でも死ぬ
・ツノは丈夫で、象が踏んでも壊れない(本体はペチャンコになる)
・秘密3と4は機密事項です。閲覧にはセキュリティクリアランスレベル3以上の権限が必要です
・ツノの根元には生き別れた双子の兄が封印されており、引き抜くと目覚めてツノの抜けた穴から出てきて恐ろしい暴力をするかと思うが、引き抜かれないので大丈夫だと思った
・右のツノを時計回りに、左のツノを反時計回りに回すとロウソクくらいの光を放つが、3日ほどバカになる(これ以上のバカになれるか要検討)
・ツノの色は厳密に比べると左右で少し違う。これはアガネアの心の師(ノリス)の失踪の秘密に関わる
・ツノを性感帯にしようとしてうまく行かなかったことは今ではいい思い出になっている(ノリスか?)
……ね? しかもこれ、よく見たら八つしかないし。
ここだけが変というわけじゃなくて、だいたいみんなこんな感じ。使えそうな設定は見かけほど多くない。
そして合間合間に拙者のサーガもグイングインしそうな壮大なヒロイックサーガっぽいエピソードが挟まれてる。
ただし書き出すとすぐ飽きるのか、あまり長くはない。
なんか鳴り物入りではじまったのに人気でなくてすぐ打ち切られたマンガみたいな感じだ。
おまけにキャラ名の使い回しが多くて、酷いときは同じエピソードで同じ名前のキャラが複数出てくる。おかげで読んでてかなり混乱させられた。
ともかくこれを読んで確信できるのは、ヘゲちゃん大先生のクリエイティヴィティは常に明後日の方向へマッハで逃げていく、ということ。次回作にもご期待ください!
……こんなものを長時間読み続けたら、ワタシがどうにかなってしまう。
魔界の街の外は、あまり人界と変わらなかった。森や川、山や荒野が入れ替わりながら続いている。
魔界の生活は人界とちょうど12時間のずれだから、見える景色はすべて夜だ。
空には月と星が輝き、それは魔界だからなのか、想像していたよりずっと明るくあたりを照らしていた。
街道は魔獣除けの結界があるそうで、野生動物を見ることもなかった。
もっとエクストリームな環境もあるそうなんだけど、そういうところは道が通しにくいし交通にも手間なので、街道のルートからは外れているんだとか。
退屈ではあるけれど、百頭宮での暮らしは何かと騒動が多いので、ひたすらぼんやりしていると張り詰めた神経がほぐれていくようだった。
途中で立ち寄った町や村のことはあまり印象に残っていない。
そういうところでは目立たないよう、余計なトラブルを招かないよう、宿に入ると出発までほとんど部屋の中で過ごしてたから。
ベルトラさんともずいぶん話した。
といっても自分に語れることなんてないから、だいたいはワタシが質問してベルトラさんが答える形だ。
その中で多くは語ってくれなかったけど、ベルトラさんが昔はミュルス=オルガンの顔役の一人だったこと、何か事件があってそうした立場が嫌になり、昔から興味のあった調理師になることにして百頭宮へ入ったらしいことが判った。
二人で長旅をすれば好感度があがるかはさておき、親密さは増すと思ってた。けど、そんなことなかった。
考えてみればワタシは1日のほとんどをベルトラさんと過ごしてるんだから、これ以上親しくなんてなりようがなかったのだ。
そう、知らぬ間にワタシは親密さゲージをカンストしていたのだよ。
そうしてついに、ワタシたちはランパートハートフルファームに到着した。
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