方法9-2︰ちょっと話し合おうか?(駆け引き相手はよく選んで)

 今すぐすべて洗いざらい正直に喋ろうとするのに、言葉が出てこない。話せばきっと、そんな凄むような理由じゃないって伝わるはずなのに。

 なんかひどく部屋が震動してると思ったら震えてるのはワタシだった。本能的で原始的な死の恐怖。


 なんだかフトモモのあたりが温かい。そういえば前にもこんなことがあった。

 エイバートの病院で閉じ込められたときだ。ワタシって極限の不安を感じると下半身が温かくなる体質なんだろうか。

 危機に際してすぐ逃げられるよう、そこだけ代謝がすぐ高まる的な。


 ワタシが全力で現実逃避していると、不意に圧が消えた。見ればアシェトが困り顔になっている。


「そんなにビビってちゃ、答えたくても答えらんねぇか。あー。とりあえず着替えてこい。部屋が臭う」


 プレッシャーから解放されたワタシは床にへたりこむ。

 うん。人間って本当に腰が抜けるもんなんだね。アガネア、わかった。


「いまベルトラに迎えにこさせるから、その間にでも話せ」


ため息混じりのアシェト。



 あれはすべてのクイズに正解したワタシへ、最初のラズロフの兄がなんでも一つ質問に答えると言ってくれたときのこと。

 ワタシはさっきの答えの質問はなんなのかと尋ねた。


──ツノで隠せる魂の質やサイズに限界はあるのか?

──魂を人工的に造ることは可能か?


 それが歴代ラズロフたちの受けた質問だった。

 どちらも無関係どころじゃない。ワタシについての問い合わせだ。


 最初の兄のラズロフは悪魔が人間相手に使う道具なんかの技術開発をしていて有名だったらしい。

 ワタシのツノも、最初の兄のラズロフが作ったんだとか。


 ワタシを特例でチャレンジャーに認めたことについては

「おまえさんはいつ降りかかるとも判らない災厄みたいなもんだ。この目で確かめておきたいと思うのは当然だろう」

そう言っていた。


「そういうことか。私はてっきり口止めされてた誰かがおまえに教えたんじゃねえかと思ったんだ。

 どんな些細なことでも、情報を漏らすやつがいるのは見逃せねぇ。だろ?

 おまえが正当な成り行きで知ったってんならいい。問題ねぇ。怖がらせちまって悪かったな」


 アシェトが謝ってるけど、それを茶化す気力もない。


「話ってのはそれか。どういうわけでそんな質問したのかってんだろ?」

「知らないところでワタシの話が進んでるっぼいのが、すごく、イヤで。何やってるんだろう。どうなるんだろうって」


 もっと軽く、サラリと聞ければ、そう思ってた。けどあらためて言葉にしてみると、それは本当に不安なことで。

 辛くなる前になるべく目を向けないようにしてただけなんだと気づかされる。


 なんだろう……。

 そうだ。よく思い出せないけど、前にもたしかにそんなことがあった。

 ワタシの知らないところで話が進んでて、うすうす勘付いてたけど見ないようにしてて。

 それで最後に何か酷いことがあった。それこそ思い出せなくていいと感じられるくらいのことが。


「不安、な。カケラでも見えちまえばそうだろう。いや、なにもおまえを騙そうとかそういうんじゃねえんだ。ただ、あれこれ教えて、それこそ余計な心配させねえようにと思ってたのが裏目った」


 アシェトは気まずそうだった。


「正直、私らとしちゃ、おまえにはすみやかに人界へ帰ってほしい。おまえ自身がどうこうってわけじゃねえ。

 けどな。ウチで抱え続けるには危険すぎんだよ。わかるだろ。


 ただ、相当混乱してんのも事実だ。何千年か生きてきて、こんなことが起きるなんてのは想像の外なんだ。

 だからまあ、こないだのもそうだが、ありえなかろうがなんだろうが考えられるだけの可能性を当たってるわけだ。ヘゲが」


 ああ、やっぱりそこはヘゲちゃんなんですね……。

 ヘゲちゃん、どんだけこき使われてるんだろ。ブラック経営者と社畜体質だから、いいカップリングではあるのか。


「中でもどんなリスクがあんのかってのは最重要だ。安心してたらドカンてのは最悪だ。だろ? おおっぴらには調べらんねぇのが辛いとこだが。

 たとえば地獄で働いてるヤツにツテを使って魂の数が合わないとか、そんなことを問い合わせようともしてるんだが、どうすりゃ怪しまれねえか悩んでてな。ヘゲが」


 ヘゲちゃん……お幸せに。


「魂の数?」

「人界から出てく魂の数ってのは正確に把握されてんだよ。

 で、天国にいくつ、地獄にいくつってのもそれぞれ報告される。その合計が人界側の数字と合わないなんてことがありゃ大騒ぎだ。

 もしそんなことがあるなら、ま、それなりの言い訳ができるまで伏せようとするだろう。

 だからそんなことがねぇか裏から尋ねようってわけだ。


 答えがイエスなら、おまえは地獄へ行くはずだった魂って可能性も出てくるし、そっとおまえを引き渡せば全員丸く収まるってことになる」

「それだとワタシは地獄行きになって、少しも丸く収まってないじゃないですか」

「本来、地獄行きになるような生き方してたってことだろ。そこは諦めて罰を受けろよ」


はいそうですね、なんて言えるわけない。


「いくらなんでも薄情じゃないですか、それ」

「心配すんな。そんときゃ手加減するように言ってやるよ。それに、その可能性はまずない。

 なんせ魂はコンテナに詰めて護送されてくるんだ。ひとつだけさまよい出るようなもんじゃねぇ。かといって、コンテナひとつでも丸ごと魂逃したってなりゃ、今ごろそれこそ大騒ぎしてる」


 それなら安心、なんだろうか。アシェトの言うとおり、聞くとかえって不安になる。


 にしても、地獄って本当にあるのか。ベルトラさんに聞けば必要以上にくわしく教えてくれるんだろうなあ。


 そういえば、ベルトラさんは?


「失礼します」


 タイミングよくベルトラさんがやって来た。

 ベルトラさんは一目見るなりなにか察したようだった。


「あー。では連れて帰ります」

「たのむ。悪いな」


 ワタシの後ろに近づくベルトラさん。これは待望の姫抱っこ!? イベント絵キタコレ!

 ベルトラさんは腕を目一杯伸ばすと、ワタシの両脇に手を入れて持ち上げた。


「では」

「おう」

「……(死んだ魚の目)」


 こうしてワタシはピンと伸びたベルトラさんの腕の先でプラプラ揺れながら連れ帰られたとさ。


 チクショウ。

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