方法9-1︰ちょっと話し合おうか?(駆け引き相手はよく選んで)

 ワタシはアシェトの執務室にいた。そこは想像よりも狭くて質素だった。

 シャンデリアもなければフカフカの赤いカーペットもないし、革張りのソファもない。

 ついでに言うとマホガニーの机もない。ところでマホガニーってなに? 机の高級ブランドだろうか。

 とにかく実用一点張り。明かりは照らせればいい、椅子は座れればいい、机は物が置ければいい、お酒はぬるめの燗でいい、そんな感じだ。


 アシェトはメガネをかけて書類を読んでいた。アシェトのメガネ姿なんてはじめて見る。何アピールなんだ。


「……老眼?」

「は?」


 いますごい小声だったんですけど。怖ぇよ。地獄耳だよ。悪魔だけに。上手いこと言ってない。


「これ掛けてるとな、いま読んでる書類に関連する情報やなんかが表情されるんだ。悪魔が老眼になるわけねェだろ。アホか」


 やっぱ聞こえてる。そして気にしてる。

 アシェトは手にした書類を置くと、メガネを外した。


「よし。じゃあ面談を始めるか。で、どうだ? 最近。少しは慣れたか」

「どうにかやってます。少しも慣れないですけど」


 そう。ワタシは従業員面談で呼ばれたのだ。アシェトは大勢の従業員と定期的にこうやって面談をしているらしい。


 本当ならワタシの番はまだ先なんだけど、ワタシが二人きりで話したいことがあると言うと、ついでに面談もすることになったのだ。


「正直、おまえはすぐ死ぬだろうと思って覚悟してたんだ。よくやってる」

「ワタシもまだこうしていられるのが不思議です」


 ツノを刺され、医者に監禁され、酔った客に絡まれ、ストーカーの同僚に夜這いされ、酒場でさらし者にされ、命懸けのクイズもやった。ホント、我ながら感心する。


「休みの日は部屋で寝てるか引きこもってるし、周囲とのコミュニケーションも険悪にならない程度で必要最低限。いい心がけだな」


 コミュ力低い引きこもり気質ってだけなんだけど、それで褒められると変な気分だ。


「勤務態度も良好。このさい腕前についてはなにも言わないって報告がベルトラから来てる。人界では料理経験がほとんどなかったみたいだな」

「ベルトラさんに比べれば、誰だって素人レベルに見えますよ」

「まあな。あいつと互角なのは第1厨房の料理長くらいだ。それで私からはこんなとこだが、おまえはどうだ? 気になってる事とか困ってる事とか、なんでもいいぞ。なんか私に言いたいこともあるんだろ」


 アシェトはあくまでいつもどおり。どんな話が出てくるのか気にしてる様子もない。

 一方ワタシはまだ心の準備ができてない。自分から言いだしたのに、いざ話す機会がくると心臓がバクバクしてしまう。

 とりあえず、このところずっと気になってたことを聞こう。


「ワタシが接客デビューするって話はどうなりました?」

「お。やる気あるな!」

「ないから気になってるんですけど」


 とたんにアシェトは渋い顔になる。


「その返事。それだよ、それ。おまえはウチの接客レベルに届いてない。かといってベルトラから取り上げて基礎から仕込むってわけにもいかねぇ。

 どうしたもんかと思ってな。それにおまえは今のシロウトっぽい方がウケるような気もしてな」


 アシェトがあれこれ考えてるなんて思ってもみなかった。

 面倒になって無期ペンディングからのフェードアウトという華麗なコンボだったらよかったのに。


「そんなふうにアレコレ考えて、悩んでんだよ。ヘゲが」


 あ、ヘゲちゃんがね。そうかそうか。じゃあ驚かないや。

 いやむしろアシェトの丸投げぶりに驚かされるわ。“私がプロデュースするからには”とか言ってなかったっけ。


 ほんの少しだけ、会話が途切れる。わたしは決心した。この流れなら自然に言える。


「ワタシはてっきり、ツノの効果に自信がないからかと思ってました」


 ちょっと挑発的な言い方になっちゃったけど、普通に話が進むと思ってた。


 甘かった。


 アシェトの目がほんの少しだけ細められる。空気が一変する。部屋の温度が下がったみたいだ。寒いのにヘンな汗が出てくる。


「悪魔ってのはな。最高に頭がよくて最高にイカれた人間どもと渡り合ってきたんだ。

 どいつもこいつも自分だけは上手く悪魔をダマしてタダで願いを叶えさせられると思ってるクズ共だ。

 あるいは尋常じゃなく高潔なやつらを堕落させようと知恵を絞ってきた。

 人間心理を知り尽くし、嘘を嘘と見抜けないようじゃ悪魔はやってけねぇ。

 今からひとつ質問するが、そこんとこよく考えて答えろ。

 ……なんで“ツノの効果に自信がないから”なんて思ったんだ?」


 ゆっくりと、アシェトは身を乗り出す。距離があるのに思わずワタシは一歩さがった。

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