番外1︰ベルトラ大講義(協会編)

※設定を掘り下げている回です。読むとより楽しんでもらえると思いますが、読まなくても本編にそこまで影響はないです。

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 悪魔にとって最も重要なことは何か? 人間を騙し、堕落させ、魂を奪うことだ。なぜそんなことをするのか? 神や人間との関係の中にも理由はあるが、何よりもまずそれは本能だ。

 それに魂は所有者の力を増幅する。

 魂を集めれば集めるほど、その悪魔の力は強化される。

 だから魂はその量や質に応じて他のものやサービスとも交換される価値を持つ。

 今も1000ソウルチップスが1ソウルだろう。あれはかつて、本物の魂が通貨として使われていたころの名残だ。等級の低い魂を1000に砕いて使っていたんだ。


 つまり魂は富と魔力増大、二つの価値を持っていた。

 裕福な悪魔が、はるか格上の貧しい悪魔とサシで闘って勝つといったこともあった。

 ところが魔界は天界に制圧され、真っ先に魂を奪うことが禁じられた。

 それまで流通していた魂も没収され、いま使われてる代替貨幣に置き換えられた。

 もちろん、代替貨幣は悪魔の力を増幅なんかしない。


 それまで魂で強化されていた分が一気に消え、魔界の戦力は大きく下がった。

 最初に魂を奪うのが禁じられたのは、神や人に対する大きな罪だからってだけじゃないんだ。

 それを境に、豊かさの意味は変わった。

 富はもう、力を兼ねない。

 「カネの力」ってのは変わらずあるが、悪魔個人の力は富と切り離されちまった。

 どれだけ裕福な悪魔でも、ずっと格上の貧乏な悪魔に闘いで勝てることはまずなくなった。


 おまえが気づいてるか知らないが、魔界は階級社会だ。

 その階級は個々の悪魔の強さによって決まる。

 上に行きたければ上の悪魔を屈服させて力を示す必要がある。

 魂があった時代、弱い悪魔は知恵を使って人間から奪うなり、商売や何かで成功することで魂を集め、上の階級へ上がることもできた。

 強い悪魔も下からそうやって追い越されないよう努力してた。社会はそうしたシステムを基礎として成り立っていた。


 ところが、だ。それが敗戦ですべて崩れた。

 なにもかもが大きく変わっていった。

 文化、暮らし、在り方、価値観。


 魔界でもっとも多くの魂を所有していたある悪魔はとてつもなく頭が良かったが、力は最弱の部類だった。

 そいつは魂が没収されるとすぐ自分が見込んだ強い悪魔に代替貨幣をすべて渡し、自分はその副官となった。

 このまま金を持ってても他の悪魔に奪われるだけだとわかってたんだな。


 護衛を雇ったところで、悪魔ってのは生きてくだけなら金はいらないからな。

 雇い主からちまちま給金もらうより、殺せるなら殺して奪ったほうが手っ取り早く儲かる。殺人や窃盗は罪じゃないしな。


 これは当時、衝撃的なニュースだった。

 他にも変化はいろいろあったが、話してると切りがない。

 とにかくそうした中で、昔ながらの悪魔の暮らし、文化、価値観が消えていくのを保護したい、と考える悪魔たちが出てきた。

 こうした悪魔の集まりが古式伝統協会だ。

 といっても協会っていうひとつの組織があるわけじゃない。

 支部って呼ばれる組織の連合、これが協会だ。だから協会に入るってのは、実際にはどこかの支部に入るってことになる。


 これはそもそも、この広い魔界のあちこちで似たようなことを考えた悪魔たちが、最初は近くの同志たちと守るべき伝統について議論したり、情報交換したり、やがて助け合うようになったのがスタートだからだ。

 そうした小さな集団が他にも似たようなのがあることを知り、同盟を結び、それがやがて協会になったっていう歴史的経緯がある。


 支部は規模も方針もさまざまだ。

 協会全体での方向性みたいなものもあるらしいが、基本はそれぞれが独立してる。

 それでも全体ではけっこうな数の会員がいる。といってもみんながみんな、昔の文化や伝統を守りたいって思ってるわけじゃないがな。

 むしろ、そうじゃないのがほとんどだろう。


 というのも協会に入ると実際的なメリットがあるんだ。

 たとえば低利で金が借りられるとか、知らない場所でも協会があれば宿の手配やら移住のあれこれやら世話をしてくれるとか。

 就職先の紹介なんかもしてくれるし、何か困ったことがあったら相談に乗ってくれる。


 会員としての義務もある。

 月々の会費だとか、できる範囲で便宜を図るとか、よそから来た会員の世話をするとかな。

 サービスが受けられるってことは、自分がそのサービスの提供者になるってこともあるわけだ。

 まあ、互助会だな。他にそんなことする組織はないから、会員が多いんだ。

 それにいろんな思惑から、中央の有力者にも会員がいる。ベルゼバブやアモン、モロクなんかが有名だな。おまえでも名前くらいは知ってるだろう。


 会員数が多く、有力者のメンバーもいる。

 だから協会に睨まれると厄介だ。なるべく顔は立てた方がいい。

 あたしやヘゲさん、アシェトさんなんかは入ってないが、うちの悪魔にも会員はいるしな。

 もちろん、各支部が定める伝統的な悪魔のライフスタイルにも従って暮らさなきゃならない。契約話法もそうだ。


 悪魔が魂を奪うとき、普通は何かの願いを叶える替わりに魂をもらうって契約を結ぶ。

 で、逆に契約や言葉の穴をつかれて人間に騙されるってこともあった。

 魂が手に入らないってだけじゃなく、ひどいときは封印されたり滅ぼされるなんてことも。


 それで、とにかく穴のない、かつ、人間に理解しにくい話しかたを突き詰める悪魔が出てきた。

 そうやって生まれたのが契約話法だ。

 契約書なんかの法的文書くらい複雑で細かく、厳密な話し方ってことだな。

 これをやると相手は話が理解しにくくなるし、もし罠が仕掛けてあっても気づかれにくい。

 たとえばそれぞれは無害そうな離れた項目同士が、全部合わさると相手にとってすごく不利な条件になる、とかな。

 もし後でモメても録音しておいた内容を確認すれば解決する。


 うん? たとえば? そうだなぁ……。

 毎月20箱分の新鮮な野菜が無料で受け取れるサービスを受けないかと言われる。


“契約農家の品質チェックのためだから、問題があれば報告するだけでいい”


 で、細かい話が続いて、途中で“もしサービスの利用実態がない場合は2ソウルズ以上の違約金を請求する”とか出てくるわけだ。


 さらに最後の方で“当サービスにおいてすべての野菜を食べ尽くすにあたり、以下の質問に答えること。3点以下ならサービスは受けられない”とか言われるわけだ。


 この三つだけ抜き出せば怪しいことはわかるだろうが、それぞれ前後に長々とした項目が続いてる。

 ほかの部分にも言い逃れ防止で細かいことがあれこれ散りばめてあるし、関係がありそうで無い項目もある。


 もちろん毎月20箱分もの野菜を個人が食べきれるわけがないから、ある日2ソウルズ以上の金を請求されることになる。

 今の世の中でも悪魔にとって契約は絶対だ。もし破ればその悪魔は社会から拒絶される。

 嫌なら契約の不備を指摘するか、それこそ穴を見つけて言い逃れるしかない。

 サギとは違う。嘘はない。契約者に対して情報はすべて開示されているんだ。 


 たとえば“同意した、同意する”の使い分けなんかあったろ? あれもそうだ。

 同意する、だと“いつ”ってのがない。

 あとになって“あれは2000年後に同意するって意味だった”と言われても、言葉の上では反論できない。

 けど、“同意した”なら、とにかく同意したタイミングがいつだろうと、いま話していることについて同意が完了してることになる。


 当然だが、契約話法にも上手い下手がある。

 下手な悪魔は自分で自分が不利になるようなことを言ったり、内容に矛盾が出たりする。あたしも苦手でね。


 逆に得意な奴らが集まって4年に1回、契約話法大会をやってたりもする。

 より精密緻密厳密で、どんな落とし穴がどれだけの数、どれだけ巧みに仕込まれてるかを競うんだ。

 課題の部とフリーの部があって、地区大会の代表が集まる本戦は大きなホールを借りて観客も入る。

 興味ない悪魔からしたら辛いぞ。一人ひとりが長いし、なに言ってるのかサッパリだ。4年もかけて準備してきてるんだしな。


 あれでよく審査できるもんだって感心するよ。あたしも一度、友人に誘われて観に行ったんだが、1ヶ月近く座りっぱなしで、あんな苦痛は後にも先にもあれきりだ。


 ただ、すべての支部で契約話法が必須になってるってことじゃない。

 推奨とか任意ってところもあるし、そもそも契約話法は後から成立したんだから取り入れる必要はないって方針の支部もある。

 だから支部を選ぶときは支部ごとのサービスと義務、定める暮らしかた、あとどんな有力者がいるかだとか、支部の本部はどこかとか、そういった点で自分に合うのを探す必要がある。支部移動は審査もあるそうだし、退会は難しい。


 各支部の総カタログとか、賢い選び方ガイドなんて本もあるぞ。

 移籍も含めた新規加入者の多い支部のランキング本「この支部がすごい!」も毎年出てるしな。


 手短にまとめるとそんなところだ。

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