チートも無双もないけれど。魔界で死なないためのn個の方法
ナカネグロ
第1部:新生活応援フェアってないの?
方法1-1:なあこれどーすんだ?(まずは身バレを避けましょう)
目が覚めると顔に新鮮な空気を感じた。薄暗い。夜かな。
体を起こすとワタシは馬車の荷台の上だった。大きな木箱の中に丸めた毛布と一緒に詰め込まれていたらしい。
横には外したフタが立てかけてある。どうも釘で打ち付けてあったらしい。
夜だった。
どこからか街灯の光があたりを柔らかく照らしている。
見れば荷台の傍らには背の高い黒髪の美人と、これまたキレイな顔をした金髪の少女が立っている。
黒髪の方は30代手前くらいに見える。
たぶん褐色っぽい肌の色に、カラコンをはめてるのか紫? に見える瞳。
鼻筋が通っていてやや厚めの唇はグロスでつやつや。
ひと目で日本人じゃないとわかる。
胸元の大きくあいた、ピッチリしたドレスを着ていて、うーん、あれだわ。水商売。もしくはハリウッドセレブ。
少女の方は10歳を超えるかどうか。
冷たそうな整った顔立ちで、無表情かつ無関心かつ何コイツ死ねばいいのに、みたいな視線を向けている。
ショートボブに刈り揃えた髪といい、黒いワンピースドレスといい、白のハイソックスに革靴といい、親戚の結婚式に連れてこられました! みたいな感じだ。
二人はワタシのことを見たまま動かない。
なにそれ、いくらなんでもヒドくないか? と思いながら自分の体を見おろすと、裸だった。
他人に誇れるほどではないけど、実は密かに自信があることでおなじみの胸がオープンエアーでワールドワイドにコンニチワしてる。
「うぉ!? 失っ礼しましたぁ!」
素っ頓狂な声をあげながら、腕で胸を隠す。ついでに毛布を引っ張って下半身も覆う。
いやほら、二人から見えなければいいってもんでもないしね。というかなんで失礼なんだよワタシ。
箱の中から全裸の女が出てきたら、そりゃ驚くよね。などと思いながら反対側を見たワタシは、そこで固まった。
デカい。なんだろう。人間サイズのカエルを立たせて服を着せたようなのがこちらを見てる。
「なんじゃこれはぁ!?」
意外にも渋い男性の声でカエルが叫ぶ。カエルなのに。カエル男の言葉はまったく知らない言語なのに、なぜか理解できた。
ワタシも悲鳴を上げて、腕を胸の前でクロスさせたまま体を縮こませる。
誰かが荷台を登ってきた。黒髪美人だ。私の頭をわしづかみにして、顔をのぞき込んでくる。
その瞳はやっぱり赤紫で、たぶん天然。
「おまっ、これ、にんっ、これにんげ、おまっ」
落ち着け。あとそのドレスでよく荷台に上がれたな。
というかそのドレス、瞳の色に合わせてんのね。よくお似合いです。
「とりあえず中に行きませんか?」
金髪少女の退屈そうな声が下から聞こえてくる。
かくしてワタシは予想外に馬鹿力な黒髪美人にかつがれて、そばの建物の中へ運び込まれたのです。
ちらりと見たその建物は巨大で、ラブホと劇場が合体事故を起こしたような外見をしておりました。
運び込まれたワタシが椅子に座らされると、金髪少女がどこからか持ってきた大きな毛布を肩から掛けてくれた。
やだなにこの子、ギャップ萌とかそういうこと? このさいその毛布が少し湿っぽくて犬みたいな臭いがすることとかスルーしちゃうよ?
部屋はやけに広く、薄暗かった。あちこちにテーブルや椅子がある他はがらんとしてる。
黒ずんだ木の床とレンガの壁。
いくつか他の部屋につながってるらしい。反対側の壁には暖炉があって、火が燃えている。
入ってきた扉はかんぬきが掛けられていて、その横にはオーガとしか呼びようのないのが一人、立っている。背が高く、ボサボサ髪に縁取られた顔をこっちに向けていた。
手にはもちろん太さがワタシの頭くらいありそうな釘バット。
見るからに殺る気に満ちてる。ここはカタギの世界じゃないんだぜ感がハンパない。
ワタシの目の前では腰に手を当てた黒髪美人が間近からカエル男を見下ろしていた。
「おまえな。私は今日も刺激的だが平凡な一日を過ごす予定だったんだ。な? それがおまえ。玄関開けたらデカい肥溜めができてて、おまけに頭までハマっちまったような有様だ。こっちが頼んだのはフレッシュゴーレムなんだよ。そして、人間は、どう拡大解釈しても、その範疇には収まらねぇんだよ!」
さっきは気付かなかったけど、黒髪美人は怒っていても少しかすれた声がなかなかセクシーだ。
カッコイイ、と言いたくなるような顔立ちに似合ってる。
「いえその、店を出る前に梱包したときは確かにフレッシュゴーレムだったんですが……」
「じゃあれか。ここへ来る途中にどっかのバカの荷車とぶつかって、積み荷が入れ替わったとでも?」
「いえそういうわ」
「んなこた解ってんだよ!」
ダン! 黒髪美人はその場で思い切り床を蹴って威嚇する。
なにこの人こわい。まともに答えても喰い気味でキレられるし、どうせなに言ってもキレるという美しいパワハラ。
「アシェト様。そこの人間にも話を聞いてみませんか?」
金髪の少女が口を開く。
やっぱこの子、ホントはええ子や。カエル男の顔に希望の光が!
「そこのカエルを問い詰めてもラチがあきませんし」
ほらまたそうやって照れ隠しとか言ったりして。
アシェトと呼ばれた黒髪美人の目が私に向けられる。
その双眸は抑えられた暗い怒りに禍々しく輝き、普通におっかないです。
助けを求めるように金髪少女を見れば、こちらはなぜか少し嬉しそうで、あれぇ?
「人間。自分が誰で、何があったのか話しなさい」
いや、そう言われてもですね。
「わかりません」
そう。さっきから必死になって思い出そうとしてるのに、ワタシは自分の名前すら思い出せない。
それでもこんな状況で冷静にツッコミ入れたりできているのは混乱が天元突破して感覚が麻痺してるからでしかない。
ただ、少しだけど断片的に思い浮かぶ光景がある。校舎、教室、制服、女子ども。そう。あれは……。
「女子高」
「は? ジョシコウ?」
「人間の教育機関ですな」
カエル男が補足する。
「学校か。おまえ、妙なこと知ってんな」
そこで調子に乗ってムカつかれればいいものを、カエル男は神妙な顔で頭を下げただけだった。
「こんなのに騙されるほど私らは鈍っちゃいねえ。だろ? てことは本当に記憶がないってことだ。厄介すぎんだろ」
そこでアシェトは隣の少女に尋ねる。
「そもそもこいつ、本当に人間だと思うか?」
少女は目を細めてワタシをじっと見つめる。
「はい。魂が見えますし、それにこのニオイ」
少女は品よくニオイを嗅ぐしぐさをする。
「人間臭です」
「そうだけどな。見るからに変だろ」
「ええ。違和感がありますね。ラズロフさんはどうですか?」
「なにぶん最後に人間を見たのはずいぶん昔ですからなぁ。そのせいかもしれません。しかし、ああ、これは……」
カエル男は腕組みすると頭をかしげる。
「で、どうすんだ、これ」
アシェトが私をアゴで指す。出た。驚異の丸投げ。自分でどうにかしようという感じがゼロですね。
「それなんですが。ウチの店にたしか人間臭を出さなくする薬のレシピがあったと思うんですよ。それに魂を見えなくする道具も。いえまあ、ずいぶん昔に見たきりなんですが」
というわけでカエル男は自分の店とやらに戻っていった。
そして残される女子三人。
といっても女子トークが始まるわけではもちろんなく。
「こいつに状況を教えてやってくれ。何にも知らないままヘタなことされて大参事に巻き込まれるなんてゴメンだからな」
金髪少女がうなずく。
「私はティルティアオラノーレ=ヘゲネンシス。オラノーレとかヘゲと呼ばれてる。その他ティルでもアオラでも好きに呼んで」
「じゃ、ヘゲちゃん」
マズい。即答しちゃった。しかも変な呼び名で。いや他にないとは思うけど。
あー。やっぱワタシ疲れてるわ。もう帰って寝ていいっすか?
「そしてこちらがここ、娯楽の殿堂にして紳士淑女の遊戯場、百頭宮の主人であるアシェト様です」
黙殺気味にスルーされた。ラッキー。
というわけでゼロから始める異世界講座の開講です!
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