終章

第1話 救われた命

「次っ」


 声に応じて、複数の気配が動いた。右から一人、正面に一人。クラウスはそれらの気配を闇の中で確認し、剣を振った。


 まずは右から迫った気配の胴を打ち、ついで返す刃で正面の気配を切り上げたが、正面に迫った気配の持ち主は、なかなかの手練れのようで、不用意に飛び込んでは来なかった。切り上げた木剣が空を斬った。気配の質感や温かさからして、ルディのようだった。


「騎士長……」

「どうした、まだ終わっていないぞ」


 ルディが打ち込みを躊躇している気配があったので、クラウスは自分から仕掛けていくことにした。これからの戦いは、必ず防戦だけで済むようなものではないだろう。ならばこちらから仕掛ける訓練も必要だ。気配でしか悟ることのできない、いまの自分には。


 クラウスが一歩、二歩、踏み込んだのに応じて、ルディの気配が右横へ動く。クラウスはその息遣い、足と地面が鳴るわずかな音、そして何より大きな生き物が動く気配を頼りに、抜き打ちの剣を振った。


 木剣同士がぶつかり合う音がして、衝撃が手に走った。ほとんど反射の領域で、木剣を立てて頭部を守ったその剣にも、同様の衝撃が走り、ルディが打ち返して来たのだとわかった。まだ気配を完璧に捉え切れていない。獣のような野生の勘が働いて、いまのように避けることが出来ることもあるだろうが、それでは確実とは言えない。見えているように、確実に相手の打ち込みを察知出来なければ、簡単に斃される。百魔剣との戦いとはそういうものなのだと、魔剣アンヴィを追った数日の出来事は、クラウスに教えていた。


 頭部を守った木剣を素早く返して、上段から落とす、と見せかけて、自身に引き付け、しゃがみ込みながらルディの胴を横薙ぎに打った。ぐう、と呻く声が聞こえ、ついで、参った、とルディが言った。


「お見事です、騎士長!」

「とても見えていないとは……」


 神殿騎士数人が駆け寄り、労いや称賛の声をかけてくる。だが、見えていない、と口にした言葉には、密かに諫める声が生じていた。それはわかったが、クラウスにはどうでもいいことだった。ただ、クラウスは考えていた。納得いかないものを感じていた。このままではダメだと。


 救われた命を、活かすことが出来ないと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る