第7話 もっと速く、だ

 素早く。


 ただ振り回すのではない。遠心力を破壊の力に変える。


 素早く。


 ただ、素早く。


 クラウスは無心で、自らのために特注させた騎士剣を振るった。


 魔剣アンヴィを盗み出そうとした傭兵たち唯一の生き残りを、尋問しようとした。しかしそれは、やはり百魔剣の使い手だとされる闖入者によって情報源を殺害され、結果らしい結果を得る前に、頓挫してしまった。


 その後、アンヴィと互角に戦って見せた傭兵、『紅い死神』リディア・クレイの不可解な言動を詰問することで、新たな情報を得ようと考えたが、不確定な要素を残したまま、シホの発言によってリディアを対アンヴィの戦力として迎えることとなった。


 それが今日の朝のことだった。それから夜、今この時間まで、クラウスは神殿騎士長として、様々な業務に追われた。被害が出たシフォア神殿、シフォアの街の復旧作業、負傷者の救護活動を行う現地教会関係者と懇談し、現状の把握と活動に意見を出した。自分と同じく、シホの護衛としてシフォアを訪れた神殿騎士たちの死傷の度合いを再確認し、戦力の把握を行った。


 そして、アンヴィの行方である。


 クラウスはシフォア神殿に常駐する神殿騎士団の兵士から数名と、自分の直属の部下である神殿騎士から数名を選び、アンヴィの捜索隊を組織した。捜索隊、と銘打ったが、クラウスには、はっきりとした目的地があり、彼らにはその周辺に何らかの痕跡があるはずだ、と言い含め、送り出した。


 あの剣収集家の成金野郎も『死神』の紅い剣を追加報酬に入れてきていたんだ。だからローグの野郎も……


 アンヴィ窃盗団の生き残り、アシャンが死の間際に言い残した言葉。同じく聞いたはずのリディアも、シホも、それだけではわからなかったようだが、『剣収集家の成金野郎』という言葉に、クラウスは思い当たる人物がいた。その考えが正しければ、アンヴィを盗み出した男の足跡を追えるはずだった。


 全ての責務を終え、クラウスは剣を持った。


 昨夜と同じく、裏庭に立ったクラウスは、そこで身にまとった神殿騎士団の胸当て鎧を脱ぎ去った。


 裏庭は、昨夜と何も変わらないように見えた。かがり火は変わらず焚かれ、大きな荷物が持ち出された様子もない。


 クラウスは騎士剣を構え、振るった。


 昨夜、この場で対峙した、アシャンの姿を見ていた。それだけでない。アンヴィを握り、豹変した小男の姿もクラウスは正面に幻視した。クラウスは敵の動きを過不足なく想像し、それぞれに対応するよう、無心で剣を振るった。


 昨夜の戦い。


 クラウスはアンヴィの前に手すら出せなかった。結果として捕縛できたものの、アシャンを御することもできなかった。勝てなかった、という思いだけが強く残った戦いになった。


 何より、あのアンヴィとの戦闘である。クラウスもこれまで一通りの訓練と、実戦の経験を持っている。だがそれは、人間を相手にしたものだ。あれは明らかに人間ではなかった。そしてあの力は間違いなく、人間の手に負える力ではなかった。


 その力と真っ向から対峙した男。


『紅い死神』リディア・クレイ。


 不確定要素があまりにも多く、そもそも人間なのかすら、クラウスは疑っているような存在だったが、それでも彼を戦力に引き入れたシホの判断は正しい。残念ながら、戦いに不慣れなシホだけでは、あの魔法の力を抑え込むことはできないだろう。そう判断したからこそ、瞬時に考えを変え、シホのために、シホの考えを成立させるために、彼を戦力として加える方法を頭の中で組み立て、交渉材料を用意した。


 しかし、とクラウスは思う。


 自分にリディア・クレイほどの力があれば、不確定要素である傭兵を引き入れる必要もなかったのではないか。シホが百魔剣を封じる。その露払いをするために、百魔剣とその使い手を御するだけの力が自分にあれば。


 クラウスは騎士剣を引き寄せ、一歩、力強く踏み出す勢いで、素早い突きを繰り出した。『一刀必殺』と噂される剣速は、確かに速いのかもしれない。だがそれは、相手が人間であった場合のことだと、アンヴィの力を目の当たりにしたいまでは、そのことばかりを考えてしまう。


 もっと速く。


 もっと強く。


 あのリディア・クレイに匹敵するだけの力が、自分には必要だ。


 シホを守るために。


 いつしかクラウスは剣先にリディアの姿を幻視していた。人とも思えぬ素早さ、力強さで真っ赤な剣を打ち込んでくるリディアの剣を受け、流し、騎士剣を振るう。


 もっと速く。


 もっと強く。


 シホを、守る。


「もっと速く、だ……」


 クラウスはひとり、揺れるかがり火の影につぶやいた。

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