第6話 私たちは共闘できるのではないですか?
「……いま、なんと……?」
息を呑むような、動揺した空気がリディアにあった。自分が知らぬ間に口にした言葉に驚いた。そんな様子だった。昂った感情を抑えきれなかったのかもしれないが、しかし、自分へのフクシュウと、カイホウとは……?
「……おしゃべりが過ぎた」
リディアは取り繕うように表情を消し、シホとクラウスに背を向けた。窓外の景色を楽しむような、何気ない仕草で陽光の差し込む大窓に向かって数歩進み、窓辺に立った。その背中は、突然あらゆるものを拒絶した気配を纏っていた。巨大な城塞の大門が落ちたかのような、その堅牢な気配は、シホからそれ以上踏み込む勇気を奪ってしまった。
「……とにかく、だ」
重たい沈黙が流れ、それを破ったのはクラウスだった。リディアが離れた分の数歩の距離を縮め、静かに、冷静な彼の声が部屋の中を満たした。
「貴殿は独自に百魔剣を破壊する戦いをしている。この護衛団に参加したのも、あわよくばアンヴィを破壊するためだった。そういうことだな?」
「ああ」
「わかった。これ以上理由は訊かない。だが、アンヴィの件からは手を引いてもらう」
「そういうわけにはいなかい。あれは『領主』だ。最高の力を持ったものだ。確実に破壊する」
「我々天空神教が、シホ様が封じるのだ。それで貴殿の目的は達するのではないか?」
「言ったはずだ」
リディアが振り返る。敵意をむき出しにした、強すぎる視線は、クラウス越しに、まっすぐシホを貫いた。
「おれはすべての百魔剣を破壊する、と…… その高司祭が使っている『ルミエル』も含めてだ」
ぞっ、と寒気がシホの背中を走り抜けた。反射的に腰に下げた短剣に手をやる。
「高司祭に魔法の力があるのは本当のようだが、戦いの中で使っていたのは明らかに魔剣の力だ。違うか?」
詰問するリディアの言葉に、シホは息が詰まる。言葉が出てこない。
「仮にそうだとしたら、貴殿はシホ様に刃を向ける、と?」
「当然だ。百魔剣はすべて破壊する。その使い手にも……容赦はしない」
「ならば……わたしが貴様を斬る」
クラウスが一歩前に踏み出し、言い放った言葉には、偽りない殺意が込められていた。彼の常であるはずの冷静さはそこになく、百魔剣を破壊する、と口にしたリディアと同じ、燃え上がるような猛烈な怒りに支配された言葉だった。
「百魔剣を……アンヴィを追うというのであれば、私たちは共闘できるのではないですか?」
いけない、と思った。強すぎる感情に囚われてはいけない、と。一触即発のふたりを前に、考えたのはそれだけだった。共闘、と叫んだシホ自身が、その言葉に驚いた。
「シホ様!」
何を言っているんだ、と驚愕し、諫める声音と共に振り返ったクラウスの視線が痛かった。だが、口走ってしまうと、もう止まれない感情だった。不思議だ、と心の隅で思いながら、シホは自分の考えを言葉にした。
「アンヴィは恐ろしい力を持っています。貴方のおっしゃったように、人の欲望を増幅し、人を支配してしまう。死者さえ傀儡にしてしまう、恐ろしい魔力を持った剣です。それはこのシフォアの街の惨状を見ても明らかです。しかし、貴方はそのアンヴィと正面から、互角の戦いをしたように、わたしには見えました。……わたしは、いえ、わたしたちの多くは、百魔剣との戦いに不慣れです。前最高司祭、ラトーナ様からその戦いを引き継ぎましたが、実際に魔剣と戦ったことのある者は、誰もいなくなってしまったのが現状です。魔剣と戦ってきたというリディアさんの知識と経験が、わたしたちには必要です」
シホは初めて、一歩、リディアに向かって歩み出た。胸を張り、確かに持つことのできない自信を、それでもこの時だけは、と奮い立たせ、さらに一歩、歩み寄った。
「……シスター」
リディアの口がわずかに動いた。ほとんど消えてしまうような、吐息のような声は、シホには確かに、シスター、と聞こえた。
「……いま、なんと?」
「いや……それより、共闘、といったな」
シホが割って入ったことで、毒気を抜かれ、冷静さが戻りつつあるのか、リディアは声音は彼が百魔剣について触れる前の、冷たくもある静かな声に戻っていた。
「共闘であれば、教会側はおれに何をしてくれるんだ?」
「傭兵としての報酬上乗せと、我々が持っている魔剣の情報。それと、アンヴィの捜索情報、では不満か?」
シホが応じる前に、クラウスがリディアとの間に入り、そう答えた。声音にはシホの言い放った共闘について、納得し兼ねている感情も読み取れたが、それでも既に、クラウスの頭の中は、シホの言葉を現実に変えるための、冷静な計算を始めていることがわかった。シホが望むなら。そういって、影に日向に活動してくれる彼の性格を利用してしまったような気がして、シホは罪悪感を持ったが、しかし、自分の考えを曲げるつもりもなかった。わたしたちにはリディアが必要だ。アンヴィと戦うには、彼の力が必要なはずだ。
「アンヴィの捜索情報……?」
「ああ。アンヴィが現れる場所の目星はついた」
え、とシホはクラウスの顔を覗き込んだ。アンヴィが何処へ逃げたのか、わからない。だからアシャンを詰問し、訊き出す。そういうことだったはずだ。そして訊き出す前に、アシャンはアザミ・キョウスケによって殺害されてしまった。では、なぜクラウスには、アンヴィの場所がわかるのか。
「これから調査隊を出す。その情報を提供しよう。リディア・クレイ。シホ様の護衛の任、継続してもらえぬか」
クラウスは口元だけに笑みを浮かべて、そう言い切った。
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