15-7
「あたしだって。あたしだって悲しいの!」
耐えかねて、弥絵は叫んだ。
「篠沢を殺せばお兄ちゃんが生き返るならいくらでも殺したいよ! でもそんなことありえないじゃない!」
宣子は哀しそうに微笑んだ。
「うん。わたしも同じこと思ったよ。ありえないよね、生き返らないよね。……だから、そんな世界に意味はないの」
「……宣ちゃん?」
宣子はじりじりと後じさり、気づかないほどゆっくりと、弥絵から遠ざかってゆく。
木立の暗がりへと、彼女の輪郭がぼやけていった。
「一志くんのそばに行きたい」
「宣ちゃん!」
弥絵は焦り、一歩、宣子に近づいた。
「……戻ってきて。誰も宣ちゃんを責めないから。篠沢は助かっちゃったけど……あんなやつ死ねばいいけど……宣ちゃんが手を汚す価値なんかないやつだよ!? お願い、戻って……」
ありがとう、と宣子は笑った。
「一志くんのいない世界に戻りたくないの」
「そんな……」
「わたし、弥絵ちゃんのこと羨ましかった。一志くんが、わたしより弥絵ちゃんを愛してることも知ってたよ」
「え」
思いがけない言葉に、弥絵は本気で驚いた。
「違うよ! お兄ちゃんは宣ちゃんのこと、本当に、好きだったんだよ」
嫉妬していたのは弥絵のほうだと伝えたい。
「ありがとう、嘘でも嬉しい」
「嘘なんかじゃない! こないだも夢に出てきて、宣ちゃんのこと心配して……」
宣子は吹き出した。弥絵の言う馬鹿な冗談に付き合って笑ってくれるときの、優しい表情になって。
「ねえ弥絵ちゃん、わたしあなたが憎らしいときもあったけど、嫌いじゃなかったのよ。素直じゃないとことか、とても可愛かったから……」
過去形で語らないでほしい。戻ってきてほしいと切実に思った。
「ちょっと僭越だけど、最後にお姉さんとして忠告してあげるね」
宣子は穏やかな顔をしていた。まるでいつもの彼女だった。
「医師の前ではもうすこし素直になりなさい。好きなんだから」
弥絵は本気で面食らった。
「好きなんかじゃ」
「ほら、素直じゃないの」
「ちが……」
宣子はくるりと背中を向けた。
「宣ちゃん、だめ、戻って」
「ごめんね。ほんの少しだけ、弥絵ちゃんよりも早く」
「だめっ、だめだってば!!」
「一志くんのところへ、行かせて」
宣子は劣化して地面に落ちていたロープをふわりと跨ぎ、闇の中に消えた。
弥絵は全力で彼女を追った。
ロープを踏みつけたところで速度を緩め、宣子の名を叫んだ。
闇の中、ほぼ垂直に近い斜面が弥絵の目の前に広がった。
宣子の姿はなかった。
弥絵は崖下の暗闇を覗きこんだ。恐ろしく深く黒い空間があるだけで、かたちのあるものはなにも見えなかった。遠く、水の音が聞こえた。崖下には川が流れているはずだった。
宣ちゃん。
生きて。
生きて。
生きて。
お願い。
弥絵は祈り、草の上に膝をついた。
「……弥絵ちゃん!」
背後に杉本の声が聞こえた。
振り返る。声が出なかった。なにを言えばいいのか判らなかった。
弥絵は身を震わせ、近づいてきた杉本に無言で飛びついた。
杉本は一瞬戸惑った顔を見せたが、すぐに強く、弥絵を抱きしめた。
弥絵は大声をあげて泣いた。
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