魔獣騒乱14

 ニコラ・テッサはついてない。


 14歳という一般的にはかなり遅い段階でシバースの能力に覚醒し、魔法学校に編入されてから数ヶ月。


 今日は、久しぶりに貧民街にある実家に帰省したのだけれども、帰省する事を知ってるはずの家族は留守。


 おそらくは、シバースになった娘とどう接して良いのか分からずに、逃げ出したのではないかと思われます。


「避けられちゃったかな?…」


 ニコラちゃん、せっかくだから魔法学校の制服を見せようと気合を入れて着て来たくらいですから、そりゃ凹みます。


 凹みますけど久しぶりの我が家。


 寄宿舎よりはリラックスできるというもので、台所にあるものを適当に摘まみつつ、居間でゴロゴロしていたらウトウトしてきまして、そのまま就寝。


 どのくらい寝てたのかは分からないけれど、鳴り響く轟音と共に目を覚ますと、家は半壊。


 崩れた家具や落ちてきた天井に足を挟まれ、身動きが取れない状況となりました。


 ついてない…


 いや…この状況で命を落とさなかっただけでも、ついてると言えるのかも…いやいやいや…



 そういう訳で、崩れた家具でもってそのおみ足に甚大なダメージを負ったニコラさん。


 骨折くらいはしてそうですけど、その痛みに耐えながらちょっと考えてしまうのです。


「これ…魔法を使って自分で応急処置するのって法的にどうなんだろう?」


 許可の無い者の無断での魔法使用は禁止されてるとは言え、緊急時であれば大目に見てはくれないだろうか?


 魔法に関する法律というのは、魔法学校でしっかり習うものではあるのですけれど、何しろ編入したばかりのニコラさん。


 あまりお勉強が好きではないという事もありまして、その辺良く分からない。


「あー何か面倒臭いな~。こんなだったら魔法なんか使えない方が良かったよ…」


 愚痴もこぼすというものですけれど、その辺の答え合わせは後程。



 こうしてる間も、獣の咆哮のようなものと地響きが絶え間なく続いているのだけれども、閉じ込められて身動きが取れないニコラさんには何が起きてるのか確認する術がない。


 確認する術がなければ、それはそれは不安になるものです。だっていつ潰されてもおかしくない。


 そんな時間が数十分も続けば発狂しそうにもなるってもんで


「あーもー誰か助けてよ!」


 誰に届くとも思えない叫び声をあげる。と、同時に


「あー良かった!生きてる!」


 何処からともなく声がするから


「ひゃっ!」


 変な声を出してしまう。


「あはは、驚かせちゃってごめんねー?君、1人かな?」


 こんな状況なのにも拘わらず、なんだか緊張感というものを感じられない声の主に怪訝になるニコラですけど、これは助けが来たんだという事で間違いない。


「はい…私1人っす。あの…助けてください!」


 すがる思いで助けを求めるければ


「はいはーい、ちょっと待っててね?」


 ってな感じの答えが返ってくる。


 どうやら声の主はこの家の外から声をかけてるみたいだけれども、やっぱり緊張感に欠けている。


 この状況で助けに来るとしたら、おそらくは軍か守護隊の人だろうけど、そのあまりの緊張感の無さはイメージとかけ離れている。


 でも、まあ軍や守護隊と言ってもいろんな人が居るのだろう…


 そうニコラが考えるのと同時に窓ガラスが割れ、転がり込むように入ってきたのが、この国の人なら誰でも知ってると言っても大袈裟ではない近衛騎士様ですから


「え…は?…ええ!」


 そりゃ驚くってものですし、その後に続いて


「い、今の窓割る必要ありました?」


 当然の疑問を口にしながら、巷で噂の魔法少女が入ってくるもんだから、もう何をか言わんや。


 とにもかくにもこれで助かったはずなのだけれど、なんだかホッと一安心とはいかないニコラなのです。





 さてエリエルちゃん。スカーレットの後に続いて半壊した家の中に入っていきましたけど、そこにいた人物が見慣れた魔法学校の制服なんか着てるもんだから動揺してしまう。


 さらにその人物の顔を確認して、それが知ってる人物だったから、さらに動揺してしまう。


 確かニコラ・テッサさん。


 最近編入してきたばかりの子で良くは分からない。


 分からないけれど、この前エリエル=ユーリカが授業中居眠りをして怒られた時に、教室で一人だけ笑っていた人だ。


 これがエリエルの彼女に対する現在の認識。



 さてエリエルちゃん、動揺はしてますけれど、それを悟られるといろいろと不味い…


 何より彼女に正体がばれるような事だけは避けたいですから、必死で取り繕って見せているけれど


「どうしたの?」


 不自然だから不振がられて


「いいいいやいや何でもないでしゅ」


 結果、噛む。


 動揺を隠しきれません…



 まあ、スカーレットには彼女が動揺する理由に心当たりがある訳で、これ、分かっててどうしたの?って聞いてるのであって、それを見ていたニコラもまた何かに気付いてエリエルの事をジッと見つめる。


「そ、それよりも早く救助しないと!救助!」


 もう明らかに何かを誤魔化そうとしているのは見え見えではあるのですけど、まあそれはそう。救助が優先。


「魔法少女君、それ動かせる?」


 そう言ってスカーレットが指差すのは、ニコラから自由を奪ってる崩れた家具。


 ちょっと女の子一人の力ではどうにもならなそうですし、そもそもどうにかなるならニコラ自身で何とかできそうな所ですけど


「はい…」


 かるーく返事をしたエリエルちゃん。ヒョイヒョイっと、かるーく家具をどかして見せるから


「え…」


 ニコラちゃん言葉を失います。


「さっきから気になってたけど、魔法少女君、別に力持ちって訳じゃないよね?」


 スカーレットの質問に、エリエルちゃん少しだけ考えてから


「…そうですね…飛んでる時なら重さを感じないんです」


 要領を得ない答えになるけど、これはエリエルちゃん自身、自分の能力について要領を得ていないから。


 スカーレットはその『重さを感じない』という辺りに、おそらくエリエルの能力の秘密があるのだろうと推測しますけれど、今はそれよりもニコラちゃん。


「うん、折れてはいないみたいだね?君は運が良い」


 そうなのか?


「何事も良い風にとらえた方が良いのだよ」


 まあアナタはそうかもしれないけれど、誰もがみんなそんなアホみたいにポジティブシンキングできる訳じゃ…


「うるさいな…」


 え?あれまたやっちゃった?ご、ごめんなさい…えーと…


 さてエリエルには、彼女を避難所まで運んでもらわなくてはいけないですから、魔力は温存してもらうという事で、ニコラの応急処置はスカーレットが担当します。


 けれど彼女は治癒魔法の専門家ではありませんので、できる事と言えば一時的に痛みを抑えるとかそういう類。


 でも、まあそのくらいの事だったらニコラにだってできますから、そこでさっきの疑問が甦る。


「あの…これって私…自分でやったらダメなんすかね?」


「ん?それは犯罪だね~」


 あっさりと答えが返ってきますけれど、それではニコラは腑に落ちず


「でも、非常時じゃないっすか?」


 食い下がるので、スカーレットはもう少し丁寧に説明する事にする。


「非常時、緊急時であれば、魔法を使用してもお咎め無し。あるいは減刑になるって事は、まあ法律上ではあるにはある。けれどそれには非常時、緊急時である事を裁判で認められなくてはいけない訳でね?ま、今の司法では、ほぼ不可能でしょ?」


 なるほど法的な問題ではなく、シバースに対して異常に厳しい司法の問題という訳で、腑に落ちないけれど納得するしかなくて、ニコラちゃんは膨れっ面。


 その膨れっ面で、エリエルちゃんの方を向き


「なんか、ズルくないっすか?」


 怒りの矛先を向けるもんだから、エリエルちゃんは戸惑いますし


「ズルいかズルくないかと言えば…ズルいかな?」


 スカーレットまで追い打ちをかけるもんだから、困惑してしまいます。


「まあ、魔法に限らず悪い事なんて、見つからなければいくらでもやって良いんだし、見つかったとしても逃げ切っちゃえば良いんだよ!」


 なんて、公人とは思えない、とんでもない事をドヤ顔で言いだすもんだから


「いや…それ近衛騎士が言いますか?」


 エリエルちゃん、呆れてツッコミを入れるのです。


 が、そこには若干のお前が言うな感が含まれてますから


「ぷ…あっはははは!」


 基本笑い上戸のニコラちゃんは、堪え切れずに吹き出してしまう。



 そんな感じで場が和んだところで


「じゃあ魔法少女君、わたしは念のために他に逃げ遅れてる人がいないか確認してから例の作戦に移る。彼女の事はお願いするね?」


 スカーレット特有の、表情や物言いは変わらず緊張感に欠けたままなのに、何故か真剣さが伝わってくる言葉でお願いされてしまったので、エリエルちゃんは返事の代わりに深いため息をつく。


 でも、分かってるんだ。スカーレットは意識して場を和ませようとしていた。


 それは救えなかった命に対して落ち込んでいた、エリエルを励ますためのものに違いなくて…


 いや、スカーレットが、本当にそこまで考えてるかは怪しいけれど、エリエルがそういう風に受け止めてるんだから、それはそれで良いのである。


 という訳でエリエルちゃん、気持ちを入れ替え


「じゃあ、ニコラさん。行きましょうか?」


 言って、軽々とニコラをお姫様抱っこしてみせる。


 それは抱っこされてるというより、宙に浮いてるような不思議な感覚で


「うっわ何これ?」


 ニコラは思わず声を出してしまうけれど、エリエルはお構いなしに


「じゃあ、行きます!」


 言って、崩れた天井からのぞく、青空めがけて飛び立っていく。


 それを見送りながらスカーレットは


「あ~、あの子…やらかした事に気付いてないな…」


 独り言つ。




 天井を抜け空へ飛び出し、かなり高度が高くなった所で、ようやくニコラは何が起こっていたのかを知る事になる。


「何あれ?…かっこいい…」


 それで魔獣を見た率直な感想がコレ…不謹慎ではあるけれど、その気持ち分からなくはない…


「いや…かっこいいかな?」


 否定的なエリエルに


「えーかっこいいっしょ?」


 食い下がるニコラですけれど、この時こんな会話をしながらも


『この子…意外と抜けてるな~』


 なんて事を思ってたりするのです。




 さて、エリエルが何をやらかし、どこが抜けてるのかと言いますと…そう、一連の会話の中で、ニコラはただの一度も自分の名前を名乗っていない。


 なのにエリエルは彼女を名前で呼んでしまった。


 巷で噂の魔法少女が自分の知ってる人物…おそらくは魔法学校の生徒で間違いないと確信したニコラは、心の中で独り言つのでした。


『あれ?やっぱり私、今日はついてるのかも…』

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