第46話:fire...

 昔、僕の世界は春、夏、秋、冬、と季節の移り変わりがあったそうだ。だが今はもうない。

 それは三次にわたって続いた爆発と度重なる災害のせいで地軸が狂ってしまい、僕の世界は冬のみとなってしまったからだ。

 灯、もしくは温かさが元々ない状態で生まれてきた僕にとってはそれが普通だけど、失った人々はどう思っているのだろう。


―――そんな世界で僕は灯りを分け与えられる個性を持って生まれついた。


 肩口あたりで袖が切れた服を着て、在れる吹雪の中を突き進む。古びたロッジを尋ねると、開いたドアから老婆が現れた。


「いらっしゃい」

 出迎えられ僕は、ロッジの中へ入っていく。部屋の中は外とあまり変わらず寒く、中では老婆のお孫が毛布にくるまって震えていた。


「いつもすまないね」


「いいさ」

 僕はロッジの中で薪だけ積まれたまま機能を果たすことなく眠り、呆けている暖炉に手をかざした。


「なにするの? 」


「まぁ、見てなって」

 最初は蝋燭の火を頭の中でイメージする。そこに意識が集中できたら頭の中で火のイメージを増幅、強化していく。すると、僕の両手は焼け落ちることなく火炎を纏った。

 燃える両手で薪を掴み、薪に移った灯を暖炉にくべると、やっと暖炉が仕事を始める。目の前で信じられないことが起きて老婆の孫は開いた口が塞がらないみたいだ。


―――人体発火。

 家族全員の喪失と共に発現した力。

 僕は歩行を獲得すると同時にこの力を手にした。なぜこの力を授かったのかはわからない。だからこれは神様から与えられた使命なんだと思うことにした。

 授かったのだから人の役に立てよう、そう思い僕はこうして火や灯の足りない家々を毎日渡り歩いている。


「じゃあ、僕はもう行くよ」


「待っておくれ。外は吹雪だ。家でちょっと休んでいったらどうだい」


「いや、それはできないよ。まだ待っている人が沢山いるから」

 そういうと、老婆はそうかいと残念そうに頭を垂らした。

 外を出ると容赦なく、吹雪が体を襲う。今日は一段とふぶいている。

 僕は体を沸騰させるイメージをして体内に熱を湧き起こし暖をとりながら進む。幼い頃からやっている操作はもう息をすると同様で、熱の調節もお手の物だ。

 それから僕は一軒、また一軒と、明かりを配っていく。能力を使い次第に疲れて果てていくが、救われた、といって浮かべる笑顔を見ると疲れが吹き飛んでいく気がする。今日も一日よく眠れそうだ。

 そうはいっても肉体は疲弊しているのだろうか、最近は目を閉じるだけで眠れた。身体のためにも少しは休んだ方がいいんだろう。だけど待っている人のためと考えるとそれは出来そうになかった。


 翌日、昨日吹き荒れていた吹雪が止んだ。今日は細雪がそよぐ風に舞う穏やかな朝だ。小屋の窓を覗く対面が雪に覆われ、地面が照らす日光に乱反射して輝いている。

 しばらくその景色を眺めていると、遠くの方に小枝のようなものが突き刺さっているのが見えた。

 それは何かを求めるようにもがいていた。


―――よく見るとそれは人の手だった。



 後から知ったことだが、どうやら僕が寝ている間に強まった吹雪が村を襲ったようだ。その勢いは人の命を脅かすもので機敏に逃げられる若者の少ない村では逃げ遅れた老人たちが倒壊した家ごと埋まってしまったようだ。


 僕は急いで頭の中に火炎をイメージしてそれと同時に古屋を飛び出た。そして火炎で雪を解かしながら、必死にもがく手の周りを搔き、声をかけ続ける。するとやっともがく手の主が呼びかけに答えて何とか救助できた。


「……俺以外にもまだ逃げ遅れた奴が……いる。助けてやってください」


「わかってるよ。だからお爺さんはここで待っていって」

 僕は通りすがりに拾った小枝を置き、そこに火を点けると、足早にその場から立ち去った。


 蒸気機関車のように湯気を沸き上がらせながら、僕は誰かいませんかと声をかけ続ける。すると声に反応する者がいて、僕はその人をまた必死に救いだした。そしてまた一人、また一人と自分の体のこと灘にわき目もふらず、人々を助け出していった。


「あづっ……」

 ふと気が緩んだ時だった。

 僕は掴んだ子どもの手首に火傷を負わせてしまった。急いで子供から手を放したが、柔らかな皮膚に掴んだ痕がくっきりと。皮膚が赤く変色している。


『調整が効かない……? 』


 そう思った瞬間、なぜかイメージもしていないのに頭の中で火炎が広がっていく。それはやがて業火へと変わる。

 自分の身の回りの炎が両腕を超え、肩にまで伸びていく。それとともに履いていた靴が燃え落ち、足首に移動した炎が上へ上へと迫ってくる。やがて全身に渡り、炎はぼくの顔も覆った。

 一度息をすれば灼熱が喉を焼き、器官が燃えた。僕は皮膚奥の粘膜に熱を感じた経験がなかったため、イレギュラーによるパニックも相まって、もがき、喚き、のたうち回った。


「あぎゅ……あがっぁ……」

 雪を掴んで口の中に放り込もうとしても掴んだ瞬間、それは蒸気となって消える。燃えている男が苦しそうにもがくさまを親子はただ見ているしかできなかった。近ずけば、大やけどでは済まない。へたすれば何かをする前にこちらが焼け焦げる。


「ごめんなさい」

 親子はそう言って振り返ることなく去った。いいんだよ、気にしないで。そう声を掛けようとしたが体を襲う痛みと恐怖で他人のことなど気にしてはいられない。そして僕の身を襲った恐怖は一晩中続いた。


 夜明けを迎えるころに砂嵐に交じって僅かに頭の中をイメージが駆け抜けていった。それは揺らめいている炎がふっと消える映像であった。

―――力を失くす。そう本能が覚った。


 その瞬間全身に広がっていた炎が線香花火のように明滅する。力が失われていく。消えていく火の手が魂にまで伸びていく。


『結局この力は何のために授かったんだろう』

『僕は役に立てたのだろうか』

『一人でも多く人の命や生活を支えられたのだろうか』

 退いていく体の痛みに反して心の傷みは増していく。傷は癒えることなく、焼け焦げた体に刻まれていく。そして僕の一生が不完全燃焼のまま幕を下ろす。



 彼が炭化してから、村人の皆は彼のことを救世主として奉った。それから10年後。


 彼のしてきたことはきっと無駄では無かったのだろう。その証拠に当初は絶望していた村人も元気を取り戻して、崩壊前の暮らしより良い未来を迎えられるために尽力し始めた。

 周辺施設の更なる増加や災害に抗するための増強をはじめに、枯れ果てた大地での自給自足を視野に入れた穀物の品種改良など、村人達は知恵を絞り、寄せ集め、それらをエネルギーに街を作り上げた。


 事業が成功する度に村人達は炭化した彼の元に火の灯りを贈るようになった。


「わしらはあんたのおかげで元気にやっとるんだ。次はお前さんの番だよ」


「そうだよ。早く帰ってきて」


「ばぁちゃんが大往生できたのもみんな、あなたのおかげです」

 あの日助けて貰った村人達はこうして墓前に花束を添えるように彼の身体に灯りを近づけていく。

 すると炎はすっと彼の体に吸い込まれた。まるで体にエネルギーを溜め込むように。


 そしてまた時が過ぎていく。



「……」

 自分は今どこにいるのだろう。

 窮屈な入れ物の中で僕は考える。暗闇に押し固められたような感覚。灰となったであろうあの日からその感覚が離れない。

 村の人達は元気にしているのだろうか。まぁ死んでしまった僕には二度と関わることの出来ないことだけれど。

 所詮、一人で出来ることなんて限られていたんだな。

 僕は入れ物の中で一人、自分のことを嗤った。その時、微かに温もりを感じた。それに気づき、僕は振り向くように意識をそちらへ向ける。


 時折感じていた微かな温もり。これは一体……?

 灯りは次第に集まり、輝きだす。僕を押し固めていた暗闇を穿ち、有り余る光が目の前の景色を真白に塗り替えていく。僕の芯が熱くなっていく。


「おい、今動かなかったか……? 」

 奇跡だった。

 眩い真白に目をつぶっていると、鼓膜が外界の音を捉えた。次第に神経が体の中でつながっていき、外界からの刺激を巡らせる。だがまだ殻のようなものが僕の動きを邪魔していて身動きが取れない。


「おい、火をくべろ。みんなの手で生き返らせるんだ」

 沢山の足音が僕の下で一斉になったかと思ったら、その足音達は散っていった。そしてすぐにまた足音の大群が戻ってくる。


「戻ってこい」


「帰ってきておくれ」


「ありがとうといわせてくれ」


 村人たちの悲願とともにくべられた炎によって、僕はまた薪のように燃えていた。温もりが、熱に変わって、それが僕の中で活力となっていく。沸騰した血液は閃光のように体中を巡る。


 そしてくべられた炎をすべてうちに為活力として燃焼させて僕は炭となった自分の殻を破り、再びこの世界に戻ってきた。


 目を開くと、驚愕と歓喜が入り混じった眼差しが僕を見ていた。外は相変わらず冬のままだけど雪の冷たさや冬の凛とした空気を感じるのは久々過ぎて、身体は暑いのに一瞬寒さで身が震えた。


 すると、そんな僕を村人は案じてくれて、誂えてあったかのように用意された服を差し出され、着た。


 まだおぼつかない足取りで眠っていた土地から離れ、村の様子を見ると、そこには僕が見ていた景色とは全く違う景色があった。

 働く人々はみな、未来のために時代を切り開くために仕事をしていて、疲れはあるもののみんな晴れた空のように清々しい表情をしていた。ボロ屋や、小屋が並んでいた住宅街も様変わりしており、そこには豊かな暮らしがあった。


「すごい……」

 空いた口が塞がら明ず、見たことのない景色の連続に僕は語彙を失う。


「みんなあんたのおかげだよ」

 僕を案内する老人は腕を天に伸ばし、救いの手を待っていた人だった。僕を連れ歩く様子を見ていると健在であることが分かる。僕は自慢の歳を嬉しそうに紹介する老人に相槌を打ちながらほっと胸をなでおろした。


「そんなことはないです。確かに助けたのは僕ですけどそこからここまで発展させたのは村のみんなの力です」


「そうかい? 」

 僕がそうですよと言うと、老人の顔にぱっと花が咲く。周りに舞っていた細雪が老人の陽気さに絆され踊る。

 噛みしめるように総会総会とに度呟くと、老人は僕の眼を見てこういった。


「でもね、生きる力をくれたのは紛れもなくあんたなんだよ。だから―――ありがとう」

 深々と頭を下げた老人の姿を見て涙が溢れた。僕のやったことは役に立ったんだ。今やっと時間できた。


「顔をあげてください。長は常に前を向いていないと光を取り逃がしてしまいます」


「それはそうだな」

 顔を見合わせて僕と老人は笑った。きっとこうやって笑い合う時間を少しでも多く僕は作りたかったんだな。とひとり思った。



 彼の復活から数年後、村から都市へ発展したこの地を核として、世界が変わり始めた。次第に都市部で培った技術や経験の積み重ねが、各地へ伝わっていき、それが復興への活力と変わっていく。


―――彼がともした灯りが、村へ広がり、そして世界へ広がっていく。

 絶望の中、頭で描いていた眩い未来はもう手の届くところにあった。

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