第7話

修子さんには、旦那さんとお子さんがいた。

末期の癌だと宣告され、離婚届とお子さんへの手紙を遺して、突然いなくなったそうだ。


娘さんは、二十歳で、修子さんによく似ていた。


⚫前の日にどんなことがあっても、元気におはようって言ってね。

⚫目の前に困っている人がいたら、どうしたらいいか考えて、行動してね。

⚫いただきます、と、ごちそうさまは心を込めてね。

⚫ありがとうを伝える時は、相手の目を見て、心に伝えてね。


こんな言葉がいくつも続いていた。

「寿司屋の湯呑みみたいでしょ……。小学生じゃないんだから、今さらこんなことばっかり……。」

泣き腫らした目でそう言いながら、娘さんは、私たちに、その手紙を見せてくれた。


「死に場所を探していたんだと思います。」

旦那さんがポツリと言った。


「ずっと、家族のために生きてきた人だから……僕、彼女の気持ちなんて聞いたことなくて。僕と娘のためにって、たくさん我慢させていたんだと思います。

それが、私の幸せだからって言葉を信じて。

最後に、自分で自分の人生を歩きたかったのかもしれません。ここでの彼女、いい顔をしていますもんね。僕は、こんな顔をさせられなかったな。」と、リビングに飾ってある写真を見て言った。


修子さんが、私に話してくれたことを伝えたいと思った。伝えなきゃって思った。

「家族のことが好きなのは本当で…でも、期待しちゃう自分も責めてしまってて……それで、それで、で、……それをうまく伝えられなくて…だから……。」

頭の中で言葉がゴチャゴチャになった。

修子さんが、この家族を愛していたのは事実。

この人に振り向いてほしくて、この人と娘さんと家庭を築きたかったはず。

自分を傷つけて、自分を見失って…。

それでここにたどり着いたんだ。

修さんにたどり着いたんだって。


旦那さんは、深々と……永遠に続くんじゃないかというくらい、頭を下げていった。


「あなたから離れたかったのではなくて、あなたに認めてもらいたくて、一人になろうとしたのかもしれません。」

最後に、彼の背中に叫んだけど、伝わったかどうかはわからない。

でも、娘さんが、すっと振り向いて強く頷いた。きっと彼女には伝わっている。


最後のお化粧は、ミチルさんがした。

「あれ、おっかしいなぁ。」自分の涙がボトボト修子さんの顔に落ちるから、ファンデーションが滲んじゃって、何度も塗り直してた。


ずっと前に見せてくれた腕の傷も、ファンデーションで隠してもらった。


修さんは、1度も泣かなかった。

私たちの前でも、営業マンの顔をしてた。とりつかれたように仕事をして、いつにも増して大声で笑ってた。ご飯もおかわりして、美味い美味いと食べていた。


無理をしてるのは、本人が一番わかってるから、だから、誰も何も言わなかった。



初めて出逢った日のこと、

ここに連れてきた瞬間に「ここに連れてきてくれてありがとう。」って耳打ちしたこと、

想いを通わせた日のこと、

プロポーズをした日のこと、

最後の言葉が「お腹すいちゃった。」だったこと、


修子さんがいなくなって、半年経った頃、夕食後にポツリポツリと話してくれた。


修さんは、きっと、初めて、泣いた。

大きな身体を揺らしてボロボロ泪を流してた。


私たちも、たくさん泣いた。


修さんの前では、ずっと素直だった彼女。

嘘をつかず、期待もせず、残された毎日をただ誠実に生きた。


旦那さんに認められたくて、一人で立てているという実感がほしくて…今まで1番大事にしてきた家庭を出た修子さん。


なんにもない、この身一つの修子さんは強かった。それは、命の終わりが迫ってるからではない。

自分の人生を、自分で歩こう、そう決めたから。

だから、修さんと惹かれあったのだ。

お互いに心が一人だからこそ、支え合えたのだ。


私も一人で立とう。

そして、ミカと生きていこう。




みんな、まだこの家に住んでいる。


修さんも修子さんと暮らした部屋で暮らしている。

私たちの前で泣いたのは、あの1回だけど、時々部屋で泣いてるのは知っている。



最後に一つだけ。


ミチさんの息子さんや、お孫さんたちが遊びに来て、庭の手入れをしたり、ハーブティーを飲んでいくようになった。


「おばあちゃんのお家にくると、なーーーんにもなくて気持ちいい。お父さんも子どもの時、気持ちよかった?」おひさまみたいな笑顔だった。


ミチさんが私たちの顔を見て「ありがとう。」って泣いた。



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3日のこと。 @hitohitohito

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