第5話

修子さんが来てから、修さんがあれやこれやと理由をつけてやって来る日が増えた。


当たり前のように……まるで昔から決まっていたことのように、二人は結ばれた。


淡々としているのに、深いところで繋がっている安心感。

お互いがお互いを必要とし、お互いがお互いを信じていた。

それをお互いがわかっていた。


修子さんは「初めて本当の恋をしたの。」とこっそり教えてくれた。

自分のまんまでいられる恋。


二人で過ごす時間は、とても穏やかで「ミ」のつく3人組は、結婚しちゃえばいいのにね、なんて話で盛り上がっていた。



そんなある日、修さんが珍しく人を連れてきた。

睫毛がクルンとして、肌が艶々してて、使い古された言い回しだけど、本当にお人形さんみたいだった。

歳を聞いたら私やミカより歳上というのに、どう見ても20代にしか見えなかった。


「シェアハウスを見学されたいとのことでしたので、何軒かお連れしています。中を見せていただいてよろしいですか?」

スーツ姿の修さんを見て、あ、この人不動産屋さんだったんだ、って思い出して、笑いをこらえた。

だって、ミチさんなんて、「あらあら、大矢さん。その節はお世話になりまして。」なんてすまして言ってるんだもの。毎日一緒にご飯を食べているのに。


彼女はミチルさんと言った。

名前を聞いたとたん、一緒に住むことになるのはわかった。

「え?ミチルさんっておっしゃるの?」と言ったミチさんの声で。

それに、修さんが連れてきた、という段階で、ほぼ合格。

私たちとうまくやれるって嗅覚が働いたのだと思う。


ミチルさんは、メークアップアーティストをしている。


ミチルさんは、部屋を見て、帰り際に「ここに決めます。」とまっすぐな瞳で言った。本当は部屋を見る前に決めたらしいけど、考えて決めました、という演技をしたらしい。


ミチルさんの引っ越しの日、みんなでお蕎麦を食べた。

「私ね、ミチルちゃんが来るのわかってたよ。」と蕎麦湯を飲みながら修子さんが言った。

修さんから聞いていたのかと、みんなが修さんの方を見ると必死で首をふって否定していた。


修子さんは「だって、ここに住んでる人たち、みんなお化粧下手だもん。」と小さく笑った。


ミチルさんは「自覚あったんだぁ~。よかった!」と大笑いした。


出掛ける前、休みの日には、ミチルさんの部屋に行って、マッサージをしてもらったり、メイクを教えてもらったりした。

ミチさんが一番張り切っていた。

ミカは、インテリアコーディネーターの仕事が増えてきて「幸運を呼ぶメイクだ!」と大喜びだった。




そのころから、修子さんが体調を崩すことが多くなって、一日中眠っていることもあった。

そんな時、ミチルさんが、顔やデコルテのマッサージをしてあげると、ぱぁっと顔色が良くなって、修子さんも嬉しそうだった。そんな修子さんを見て、泣きそうな顔で修さんも喜んでいた。


それでも、不調が続くので、病院に行こうと言うと「小学生の頃、半分以上保健室にいたの!それぐらい身体が弱いんだからぁ!!引っ越しして、楽しくって調子に乗りすぎちゃった反動。だから、大丈夫!!自分の身体は自分がわかる!」と筋が通ってるんだか通ってないんだかわからない理由で病院には行かず、寝込んでいた。


修さんも何度も説得してみたが、ケンカになるのであきらめたそうだ。


春から夏になる頃だった。




離婚が成立した修さんは、修子さんの部屋に住むようになっていた。


修子さんの体調のいい日には、二人で庭に出たり、部屋の掃除をしたり、散歩に出掛けては、大福やたい焼きを買ってきて、みんなで食べた。


ミチさんのハーブティーを飲みながら、旦那さんとの大恋愛の話を聞いたり、それぞれのバイト先でのハプニングを似ていないであろう物真似入りで再現したり……そんな他愛もない時間が大好きだった。何より心を満たしてくれた。

ここに住むことを決めたのも、この時間だったんだと改めて感じた。


修さんが、修子さんにプロポーズをしたのは、そんな普通の日の夜だったらしい。


修子さんは、ずっと泣いていたそうだ。

修さんの手を握って、ずっと、ずっと、ずっと泣いていた。


最後に、振り絞るような声で……声にもならないような声で、

「ごめんなさい。」と言ったって、あとから修さんが教えてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る