第109話 宣戦布告?

「え? わたしが行きたいところですか……?」


 三井の言葉に戸惑いながら、ちらちらと僕に視線を向けてくるすず。

 そんな様子を見て、僕もちょっと心を落ち着ける。頭に血が上ってたけれど冷静になろう。まだ会ったばっかりじゃないか。

 仮にもすずのお父さんが務める会社の社長さんの息子だ。できるだけ穏便にお帰り願いたい。


 それにしてもすずの行きたいところとなると、デザイン関係のブースになるね。

 ステージでファッションショーも見たいって言ってたけれど、確かお昼からだったような。

 学生の部のショーのあとに、プロのデザイナーがプロデュースするファッションショーも行われるはずだ。『サフラン』からもモデルとして響さんと千尋さんが出るって聞いたし。

 まぁ三井もこう言ってくれていることだし、すずの行きたいところでいいんじゃないかという意味を込めて、僕に視線を向けたすずには頷いておく。


「そうそう。どういうブースがあるかよくわからないから、すずちゃんが好きなところと思ってね」


「……そうなんですね。わたしはステージで行われるファッションショーが見たいんですけど、お昼からなんですよね……」


 すずが苦笑いをしながら希望を告げるけれど、午前中に行きたいところはすぐには出てこないみたいだ。

 元々三井の行きたいところに案内するつもりだったからかもしれない。まぁこのファッションショーも案内する場所のひとつだったんだけれど。


「へぇ、そうなんだ」


 自分のパンフレットを覗き込んで気になるところを探すすずだったが、そこに三井が近づいて行ったかと思うと、一緒にパンフレットを覗き込む。

 ……ちょっと待って。お前は自分のパンフレットがあるんじゃないの? なんですずのパンフレットを一緒に覗き込んでるの? いやちょっと近いから離れなさい!


「うーん……わっ!?」


 さすがにすずもそれに気づかないはずもなく、視界に入ってきた三井にビックリして後ずさっている。


「あはは、ごめんごめん」


 引き離すべきかどうか迷いつつも宙に浮いたままになっていた手を下ろし、こちらに背中を向けている三井を睨みつける。

 落ち着けたかと思っていたけれど、それも一瞬だった。やっぱりコイツなんとかしないと……。


「それならバーチャルファッションってところに行ってみない?」


 放置しておくとぐいぐい来そうな気がするので、僕も参戦することにする。

 一応すずに案内してもらうという話で三井は来ているはずなので、出しゃばりすぎるのもどうかなと思っていたけれど、そんな遠慮をしていれば大変なことになりそうだ。


 ……というか僕が耐えられない。


 なので、もともと時間があったら行ってみようと、すずと話をしていたところの一つを挙げてみた。


「バーチャル! そこ行ってみたい!」


 すずが輝かせた顔を僕に向けてくれる。

 そして会話に割り込まれた状態の三井が、ゆっくりと僕の方を睨みつけるように振り返ってきた。

 一応僕もあなたを案内する役割を持っているんだから、行き先を提示してあげないとダメだよね?




 バーチャルファッションとは、日本語にすると仮装試着というシステムである。

 カメラで自分自身を撮影し、その上から画像処理で服を着せた自分をディスプレイに表示するというものだ。

 もちろん静止画ではなくリアルタイムに画像処理が行われるので、自分で選んだ服装をいろんな角度から確認できる。


 デザイナーを目指しているすずとは方向性が少し違うので、絶対に見に行きたいブースというわけではなかった。

 出来上がったデザインを、実際の服として完成前に確認できるという意味では有効かもしれないけれど。

 とは言え、まったく興味のないジャンルというわけではない。


「うわぁ……! すごいね!」


 姿見のような縦長のディスプレイを前にしてすずがはしゃいでいる。

 ディスプレイの上部にカメラが付いていて、自分で選んだ服を着せた状態で表示してくれるのだ。

 左を向き、右を向き、そして少し屈みこんでカメラを上目遣いで見上げている。


「……すずちゃん可愛すぎ」


 ポツリと呟かれた三井の言葉は、すずには聞こえていないんだろうけれど、僕にはバッチリ聞こえた。

 思わず漏れるのも仕方がないとは思う。

 ディスプレイの前のすずはスカート姿だけれど、ディスプレイの中のすずはデニムパンツを穿いたボーイッシュなスタイルになっている。


「あっ、ごめんなさい……。三井さんもどうですか?」


 一人ではしゃいでしまったことに気が付いて、少し頬を染めながら本来案内すべき人に勧めている。


「えっ? ……あ、うん」


 見とれていたんだろうか、三井が生返事を返していたがそれも一瞬だ。

 カメラの前をすずと交代し、ディスプレイを操作して最初の画面からやり直している。

 そしてふと衣装の選択画面まで進んだところで手が止まったかと思うと。


「そうだ、どうせならオレの服をすずちゃんに選んでもらえないかな?」


「え? わたしですか?」


 僕の隣に移動してきたすずを振り返り、満面の笑みでお願いをしてくる。

 だけどそれにまたもや困惑するのはすずだ。思わずなんだろうけれど、困った顔でまたもや僕に視線を向ける。

 僕としては断固としてお断り願いたいところだけれど、一応案内役はこっちだし無下に断るわけにはいかない。……たぶん。


「不本意だけど……、無視するわけには……、いかないよね」


「……そうだね」


 すずにだけ聞こえるように、眉間に寄っている皺を自覚しながら呟くと、渋々と同意する声が返ってきた。

 そしてそのまま三井の前まで出ると、ディスプレイに映る服と本人を見比べながらコーディネイトを考えるすず。


「うーん……。三井さんに似合いそうなのは……」


 不本意ながらもその様子は真剣だ。

 デザイナーを目指しているすずである。こういうところで手は抜けないのだろう。


「そういえばすずちゃんはデザイン学科だったよね」


 そんな様子のすずを見て、何か思案するように三井が呟いたかと思うと。


「……あ、はい。そうですけど……」


 ためらいがちに返事をするすずにはいたずらっぽい笑みを浮かべ。


「じゃあちょっとだけ、選んでくれる服を楽しみにしてるよ」


 そう一声を掛けるとゆっくりと僕に視線を移動し、「フンッ」と挑発するように鼻を鳴らすのだった。

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