第100話 契約

「ちょっといいかな、黒野くん」


「何でしょう?」


 撮影の休憩中に監督から声を掛けられて、読んでいた参考書から顔を上げる。

 文化祭も終わり、二学期の中間テスト最終日の今日は、テストが終わってからバイトでスタジオに来ていた。

 決勝戦の優勝を飾ったのは僕たち九組のクラスだ。なんと二位の五組と倍以上の差をつけての優勝だったので驚きだ。


 文化祭が終わったからと言って、学校の行事がひと段落したわけでもない。

 センター試験の願書の提出やら、僕が第一志望にしている藤堂学院大学の公募推薦願書を取り寄せたりもしている。

 まぁ一番は、今日まであった中間テストだけれども。

 手ごたえはまぁ……、あんまりできた気がしないかな。……ハハ。


「例の黒野くんの動画だけど、かなり好評よ」


 僕の真正面に座った監督がそう切り出してきた。


「そうなんですか?」


 動画を公開してからそろそろ一ヶ月くらいかな?

 僕自身が動画のコトで何かを言われることは……、えーっと、何回かあった気がするけれど、お店にどれだけ貢献しているかまではわからない。


「あ、もしかして次また何かやるんですか?」


 動画が好評ということで第二弾でもやるのかな?

 と思ったんだけれど、想像ははずれていたようで。


「ううん、第二弾はそのうちやりたいとは思うけど、今回は別件ね。それに受験も近いでしょう」


「そうですね……。公募推薦を受けるつもりなので……。えーっと、確か試験日は十一月二十三日の祝日です」


 参考書を閉じてしっかり聞く態勢を取ると、監督は僕の話にちょっと驚いた表情になっている。


「そうなのね……」


 少し考え込むように顎に手を当てていたけれど、しばらくすると書類の入ったクリアファイルをテーブルへと出してきた。


「黒野くん」


「……はい?」


「今続けてもらっている仕事なんだけど……」


 一体なんの話だろうか。試験勉強に専念するために、もう来なくていいとか言われちゃうのかな。

 僕としてはそんなに忙しくないし、いい気分転換になってるんだけれど……。


「バイトは止めて、うちの専属モデルとして契約しない?」


「――え?」


 バイトを止める? いやいやそれよりも、専属モデル?

 それってつまり、『サフラン』専属ってことだよね?


「あ、もちろん学業優先でかまわないわよ。菜緒ちゃんもそうだしね」


「えーっと」


 僕が返事に窮していると、最後まで話をしたかったのか監督が話を続けてくる。


「ホントのところはね、せっかく黒野くんが頑張ってくれてるのに、バイトのままだと給料上げられなくてね」


 苦笑いしながら「ゴメンね」と謝ってくるけれど、僕は全く話についていけていない。

 バイトだと給料増えないっていうのがよくわからないけれど、増えるのであればもちろん僕は嬉しいことに違いはない。


「そ、そうなんですか……」


「それと、試験が近いみたいだし、推薦入試が終わるまでは仕事は入れないでおこうか」


 今が十月の十四日だから……、試験は一ヶ月とちょっとかな。うん、確かに……、いい気分転換になってるとは言え、あと一ヶ月しかないなら勉強に専念したいかな?


「それで、どうかな?」


 バイトと専属の違いをじっくりと監督に確認するけれど、特に問題はないように思う。

 というか、基本的に仕事の内容はあまり変わらないようだ。それに菜緒ちゃんと同じということみたいだし、それだけで安心感がある。


「やることは変わらなさそうですし、お願いします」


「ありがとう。じゃあこの書類を渡しておくわね。今月中に書いて提出してくれればいいから」


「わかりました」


 こうして僕はバイトから専属モデルへと契約変更することとなった。




 中間テストが終わって三日が経った。

 とうとう答案用紙がすべて返却されてきたのだ。

 テンションの上がる者、頭を抱える者、ペラペラと友人に見せびらかす者、真っ白に燃え尽きている者など様々だ。


 僕はと言うと、思ったより悪くない数字だったけれど、油断は禁物だ。

 これからもしっかり勉強しないといけない……。と言っても、推薦入試は数学と小論文だけなんだよね……。

 他の教科はどうしよう……。


「黒塚っちはどうだった……?」


 今後の方針を考えているところに、黒川がどんよりとした表情でやってくる。

 なんだか元気がなさそうだけど、いい結果じゃなかったのかな。


「うーん。まぁまぁかな?」


「そ、そうなんだ……」


 平均するとそうでもないけれど、推薦入試に必要な数学だけは得意教科なだけあって、そこそこいい点数だと自分でも思う。


「ほほぅ。……まぁ黒塚はそこそこ頭いいからなぁ」


 余裕そうな表情なのは早霧だ。というか僕より成績がいい早霧に「頭いい」とか言われても、嫌味にしか聞こえないのは気のせいだろうか。


「早霧くんは余裕そうだね……」


 逆に燃え尽きているのは冴島だ。


「ど……、どうしよう誠」


 黒川は答案用紙を青い顔で眺めながら、早霧にすがりついている。「一緒に勉強するか?」と早霧が黒川を宥めている。

 文化祭が終わったあと、この二人は自然と下の名前で呼び合う仲になっていた。やっぱり付き合ってたみたい。

 なんとなくブーメランが返ってきそうなので、詳しくは聞いていないけれど……。


「じゃあ私たちも一緒に勉強しましょうか。冴島くん」


 僕たちの中で一番成績のいい霧島が、冴島に声をかけている。


「ホントに? 助かるよー」


 真っ白から少しだけグレーに戻った冴島が、心なしか安堵の表情になっている。

 そんな四人の様子を眺めながら、僕はちょっとしんみりした気分になってしまった。

 僕たち五人は全員バラバラの大学へ進む。ずっと三年間一緒だったから、ちょっと寂しいね。


 ……というか冴島と霧島は二人で勉強するのかな。

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