異世界温泉宿もふりんこに着き早々

 温泉の匂いが微かにして来た……。

 ラヴィサンクラシオンは山の中にある温泉街を思い出させ、浴衣姿の男女がそぞろ歩きしている。それは日本人だけでなく、外国人のような顔の異世界人もそうで。

「うっ!!」

「おっとーぃ! ダンナ、前は真っ直ぐ見た方が良いですぜ! 足を全て取られたらおしまいですぜ!」

 なんて行ってしまったアレは、男……と言って良いのだろうか。それよりも俺の腹にぶつかったことを謝るべきだろう! アレは何て言ったか、俺の腹ぐらいの背丈でちょっとブニッとしていて、尻尾が二つの完全ブチ猫の男……いや、オスと言った方が適切かもしれない。

「猫又ですね! アレは!!」

 ティノは大変嬉しそうに走り去って行くアレを見ながら言う。

「狩りたいの?」

「はい!!」

「ん?」

 クレアとティノの今の会話……。

 ちょっと待て、猫又って……!!

「おいおい、猫又は日本とかの妖怪だろ? それが何で異世界にいる?」

「え? だって、ここはそういう所だもの」

「どういう所なんだよ!!」

 俺は平然とそう言うクレアに訊く。

「日本の妖怪の姿をしていた方が日本人だって馴染めるでしょ? 異世界を旅行して気分転換するのに最適な場所!! 私もよく来るわ!」

「は?」

「ああ、江東さんはご存知ないですか。この辺は変化へんげの魔法を得意とするモンスターさんやらが多くてですね」

 若井さんの話で何となく分かった。要するにああいうやつじゃなくて、ああなっているのか……。

「じゃあ、本当の姿はどんななんだ?」

「そんなの! 本人しか知らないわよ! それにここの感じをぶち壊すこと言わないでくれる?!!」

 何でこいつがこんなに怒っているのか分からない。

「そろそろお宿に着きますし、あの喧嘩は……」

「大丈夫ですよ。若井さん、あたし達はこれが正常なのです!!」

「いや、そんなことありませんから!! 全然心配無用ですから!! 何か、こいつのイライラがこっちにやって来てですね!!」

「分かりました。心配はしません。今はまだ」

「いえ、あの!! 本当、これが原因であんなこと言ったなんてこと!!」

「どんなこと言ったのよ? え? 言ってみなさいよ、ヨシキチ」

 墓穴を掘ったぁ!!!! 自分でやっちまったぁ!!!

「あ! あれが宿かな~」

「違います。あの宿ではなく、もっと奥の」

 真面目な若井さんに感謝した。これが原因か……なんて思われたくない。けれど、完全に思われただろう。こうなったら、この仕事が終わるまでこのパーティメンバーで大丈夫だということを証明しなくては!! 俺はサキュバスと良い関係にありつけないかもしれない!!! あの話の行方が行方不明だけれど、きっとまだ大丈夫だ。あの話はまだ生きているはず!!!

「あの~、じゃあ、あそこですか?」

 適当に指差した場所に若井さんは元気に「そうです! そこです!!」と頷いた。

 げ、マジかよ……まだまだ歩くじゃん。それも違う山に行くと言うのか? 今は昼時、あそこに着くのにどのくらいかかる……。

「おい」

「何よ? 謝ることなの?」

「それよりもだ、お前、あそこにあるっていう宿には行ったことがあるのか?」

「あるわよ!! もふりんこでしょ! 知ってるも何も常連!」

「ふーん……」

「な、何よ!! 働く場所はちゃんと下見しとくのが常識でしょ!!?」

「へー……」

「わ、分かったわよ!! 連れてけば良いんでしょ?! 私のテレポートで!!」

「ああ、そうだ」

 もう!! とやってる間にささっとクレアのテレポートで着いてしまった。

 人里離れた場所にあるということでこんなにも静かなのか。木々がちょうど良くあり、自然を感じさせ、正面玄関の上の方には目立たず、木の板に『異世界温泉宿もふりんこ』と書かれた看板が飾られ、こじんまりとした木造の二階建て旅館と言えば良いのか。

それにしても……。

「もふりんこって、なくない?」

「何言ってんのよ、かわいい名前じゃない!!」

 何でこんなに強く言えるのだろう、この温泉の女神様は。

「じゃあ、行きましょうか。若井さん」

「はあ、あ、そうですね!」

 ティノに促され、歩き出す若井さんを見るに、若井さんは何かテレポートに弱そうな人だ。

 俺もそんな二人に続いて歩こうと思っていると静かに正面玄関の戸が開いて。

「お出迎えはもうすでにやっておりますニャ!」

「にゃ!?」

 出て来たのはちょっと元気な十四歳くらいの女の子。

 じっくりと見てしまう。

「仲居さんですか?」

「はい、そうですニャ! あ! ちょっとおっちょこちょいで丈の短い着物で出て来てしまいましたニャ!! けど、この宿に勤めておりますニャ! 担当さんは元気ですかニャ?」

「はい、元気です。女将さんは?」

 この子の耳!! まごうことなき動物の!! 尻尾も!!! 表情に合わせて動いてる!!

「猫耳着物少女!!?」

 言うつもりはなかったのに言ってしまっていた。それも大声で。

「はい、そう言われてもおかしくはありませんニャ。ユベシは獣と人間の間に代々生まれ、こうなった者ですニャ」

 ユベシと言うのか……。

 あの猫又みたいに完全な猫ではなく、猫耳と尻尾以外は人間という。

 何とも愛らしいじゃないか!!

 少し興奮しているとまた正面玄関の戸が開いて、今度は若井さんと同じくらいの年齢だろうか、ちゃんとした紫色の着物を着た女将というよりは若女将という感じの色気がある人というか、この人もユベシのように耳と尻尾以外は人間の異世界人……に入るのか。獣人けものびととか亜人とかの方が合っているかもしれない。

 その耳の特徴を見るにこの人は狐か……。モフッとしてそうな尻尾がちゃんと見れれば分かるのに、見せてはくれない。

 そんな狐耳の女性がこちらを見る。

 ニコッと愛想笑いをした。

 それにドキッとしてユベシが言う。

「女将さんですニャ! 別に油は売ってませんニャ!」

「なら、良いのです、ユベシ。どうも、江東さんですね。女将のアズキと申します。これから、こちらのユベシが仕事の説明をします。担当様はもう帰られて結構ですよ」

「え、ええ。では、失礼致します」

 とあっさり、若井さんは帰って行ってしまった。ちょっと待ってくれ!!

「じゃあ、私達はどこをやるの?」

 何か馴れ馴れしくクレアが女将に口を利く。

「クレア様はやはり、この宿全てです」

「え?」

 俺は驚いてしまった。

「あの」

「そして、こちらの魔女さんには売店の売り子としてお手伝いしてもらいます」

「う、あ、はい!」

 魔女と呼ばれたことにおどおどしたのか、ティノは変に返事した。

「では、行きましょうか。クレア様、ティノさん」

「そうね」

「あ、はい!!」

 何か女神だから? だから、あんな態度なのか、女将とクレア。

 変だ。絶対、おかしい。

 あ! あれか!! クレアはここの常連なんだっけか? それでか……。

 俺がどうでも良い事を考え出したところで、ユベシが言った。

「えとーと言うのかニャ? お兄さんは」

「そうだよ」

 なんて普通に答えてしまったが、実年齢はどのくらいなんだ? この子……。

「年齢は訊いても?」

「十四歳ニャ!! 他の二人も同い年ニャ!!」

「他の二人?」

「そうニャ! モフリン族の猫なんだニャ! ユベシもその猫!」

「そうか、で、俺はどこに行って働けば良いんだ?」

「んーっと」

「どうした」

「ユベシ、敬語嫌いニャ、だから今はこの感じでも良いニャ、けどお客様の前では」

「分かっているよ。敬語な、そのくらいの常識はあるから心配すんな」

「なら、良いニャ! えとーは獣人の扱いを知ってるニャ?」

「まあ、ちょっとなら、異世界語を教えてもらっていたのがユベシと同じ獣人、亜人とか呼ばれる系だったからな」

「それはモフリン族ニャ?」

「モフリン族かどうかは分からないが、日本に来た猫耳少女の先生だったよ」

「そうかニャ……この宿で働くのはモフリン族ばかりニャ、女将もモフリン族の狐ニャ……、コウメもモナカも……は! 行くニャ!! また怒られるニャ!!」

 いきなりスタスタと歩き出したユベシにくっ付いて、俺も歩く。

「お、おい、ここか……」

「違うニャ! けど、ここにはモナカが居て」

「遅いナ!!!」

 結構おっとりそうに見えるユベシと色違いの着物を着た新しい猫耳少女が居た。

 この子も可愛い。

「悪かったニャ。えとーと言うニャ」

「知ってるナ! 従業員が着ることになっている作務衣さむえに着替えるナ!」

「お、おう。モナカは語尾が『ナ』なのか?」

「そうニャ! ちなみに従業員でも仲居の着物は二部式着物ニャ。簡単に着られるニャ」

「そうか」

「コウメはどこナ?」

「風呂場で待ってるニャ」

「じゃあ、早く着替えるナ」

「え? ここで?」

「そうナ、ここは従業員の更衣室ナ、男女兼用ナ」

「マジかよ!!!」

「何だニャ? いやらしい事でも考えちゃったのかニャ?」

 ニヤニヤと笑い出すこのモフリン族と言う猫耳少女を叱ってくれる存在はいないのか?!

「大丈夫ナ、ユベシはおバカさんだから気にしなくて良いナ。着替え終わったら来るナ、それまでここの更衣室の扉を閉めて外でユベシと待ってるナ」

「ああ」

 助かったのか、ちょっともったいないなのか……。俺は作務衣に着替え、外に出た。

「荷物は更衣室に置いて来たかナ?」

「ああ、置いて来た」

「では、行くナ。ユベシは早くお外の掃除をするナ。お客様がまた来てしまうナ」

「分かってるニャ! ほうきにちりとり、さっささ! ニャ!」

「ナ! 行くナ!」

「ニャぁ!」

 猫耳少女達の会話はちょっと理解するのに苦労しそうだ。そう思いながら俺はモナカの後に続き、また歩き出した。俺達が通る所以外は本当に時間が止まったようにシン……としていて、お泊りになっているお客様はいないような感じだった。

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