初めてのダンジョン

 夕方の空というものはすぐに時を経たせるものだ。

 それがマジックアワーともなると吸い込まれそうな色の魔法で惹きつけられる。

 空は青いという常識を覆し、この異世界でも空や雲をピンクや赤、オレンジといった色に染め上げる。少し残っている空の色、青が美しく見えるのもこんな時くらいだろう。

「きれいですね~」

「ね~……」

 なんて寄り添う二人……。

「って、違うだろ! 今はこいつの為にダンジョン行って、スペシャル聖水とかいうのを手に入れるんだろぉ!」

「分かってるわよ」

 うるさいわね……と歩き出すクレアとティノ。

「なあ、何でこんな時間かかってるんだ?」

「それは……あたしが……魔法陣書く自信がないせいです……」

 反省……といった感じのティノはちびちびと進む。

「その歩幅! もっと大きく開いて歩けよ! これじゃ着かないだろ! あとどのくらいだ? もっとかかるのか?」

「半分以上は来たから、あともうちょっとね」

「う~ん、その話を信じてみてもどうせ、今みたいに必要のない事をするんだ。これじゃ着くのは夜だな」

「夜?」

 二人が突然俺を見た。

「どうした?」

「夜……」

「夜は、夜はヤバいわよ……」

「は? 何が?」

「夜にダンジョン行くバカはいないっていうほどのヤバさよ!」

「でも、聖水は夜のうちに神秘な力を宿し、発揮するだとか」

「ちょ、ティノちゃん! 余計なこと言わないで! このヨシキチが聞いてるのよ! バカな考えで夜でも行きます! と言っちゃうでしょ! このスライムの為だ! とか言って」

「ホント、そうだよ。このスライムの為に俺は居て、お前達はそんな俺を守る為に居るんだろ?」

「え、ええ……そうです……」

「だったら、朝が良いとか言うなよ」

 さーっと二人の血の気が引いた。

「おい、大丈夫か?」

「え、ええ……だいじょうぶです……いきましょ……あそこに……」

「そ、そうね……ヨシキチならだいじょうぶ……フレイムがあるんだものね……」

「フレイムね……まだ何も出て来ないんだけど」

 ヒィィィ! 二人はおっかない顔をした。恐怖に満ち溢れている。

「ちょ、ヨシキちょっと、バカなこと言わないでよ」

「火を、火を恐れてはいけませんよ! やる気が出すものですから! それに! 江東さんにはこのクレアさんの力がまだあるはずです! 眠っているその力を今、今使うのです!」

「それってさ……日本から来たチート持ちの転生者にでも言ってくれないか? 俺にはそんな力がないみたいだ」

「じゃああ、どうやって戦うー!!!」

 こいつら、俺頼りだったの? ちょっとヤバイ。



 完全な夜……というものは暗くなったらそう思うのか、はたまた時間ではかるのか。

 ガクガクブルブルし続ける二人を見る。

「なあ、いつまでそこでそうしてんの? 早く行こうぜ。ぐーはーぐーはーと眠っているこのスライムだって、そんなに待ってはくれないぞ?」

「い、良いわよね! ヨシキチはこれが初めてのダンジョンだものね! のんきなものよ!」

「そうです! この中には今! ギャーッ!!!!!」

「何だよ、このダンジョンの入り口付近には何にもいないだろ」

「でも、でも! ぎゃー! ちょっとクレアさん! どさくさ紛れに何してるんですか!」

「何かないかと思って触っちゃった! ごめんね」

「お前が犯人かよ……」

 こんなやり取りを道中もしていたから、かなり予定より遅れている。急がなければ……リリーさんの言葉が本当ならもう明日にはやばいかもしれない。

「なあ、この寝息は瀕死に近付いているものだろうか。俺には全然そう思えないんだけど」

「スライムというものはレベルが上がるに連れて声を発したりするものですが、この子はまだレベル1。それなのに『ぐーはーぐーはー』という声を発する症状。これはまさに瀕死に近いものがあり」

「おい」

 もう俺は辛抱ならず、ティノの頭を軽く叩いた。

「た!」

 痛い! という感じでティノが俺を見る。

「お前達は俺が派遣切りにあえば良いと思っているのか?」

「いいえ、全然! 全くそんなことは、ですが、怖くて!」

「そうよ! この入ってすぐの二階層には今、うじゃうじゃとぉー!!!」

「う、うじゃうじゃと……」

 二人が全然言わない。怖がって二人してぎゅっときつく抱き合っているだけだ。もう限界だ!

「何だよ! 早く言えよ! こっちは派遣切りがかかってるんだぞ! 早く言って、この四角い入り口の洞窟の中に入ろうぜ!!!」

「ダメです! 江東さんは『フレイム』が使えないんですよね? それなのに入ったらアイツらの餌食に!!」

「アイツらって何だよ!」

「アイツらとはアイツらよ。それはもう昼間は大人しいくせに夜になると。いえ、暗くなるとうごめくのよ!」

「うごめいて、それでビシャー! と糸を吐きます。そして、吐かれた糸が全身を包み、最悪の場合、息がすぐに出来なくなって死に至るんです。女神は不死身なので糸を取るのが大変なくらいなんですが」

 ちらっとティノがクレアを見た。

「私は虫が大っ嫌いっっなのっ!」

「は? その何だ……この目の前の初心者ダンジョン二階層にいるモンスターは何だ?」

「糸吐き虫です!」

 二人は声をそろえて言った。

「イトハキムシってのは?」

「さっきも言ったような攻撃をして来るレベル2~3の弱いモンスターです」

「レベルそんだけで、そんなひどい事すんの?!」

「まあ、落ち着きなさいよ」

「さっきまではお前も俺と同じような感じだったろ!!」

「あー、ヨシキチの騒ぐ声で落ち着いたわ。ありがとう」

 こんな状況で女神に感謝された。

「最悪の場合よ! 口をずっと開けていたらそこに糸が詰まって死んじゃうっていうくらいだから。もしくは運悪く、糸の絡まり方が悪くて、ぎゅっと首をその細い糸がいくつも重なってロープとなり絞めて来て死んじゃうっていうのくらいだから! 大体は蘇生されて、また元気に暮らしていけるから」

「おい、よくもそんな危ない所に連れて来たな! 俺は命を大事にしたいだけなんだ!」

「だったら、その肩に居る小さな命も大事にしなさい。ぐーはーぐーはーがなくなってもうスーっていう音になってるわよ」

 クレアの指摘に俺は焦る。

 こいつが死んだら、本当に俺は……。

「くっそう! フレイムはできないが! 俺にはこれがある!」

「何よ! それ」

 ティノがリュックに入れといてくれたペットボトルと折りたたみ傘をそれぞれ手に持つ。

「何する気ですか?」

「これが俺の本気だ!」

 血迷わないでー! こういう命の危険を守る的なことしないと時給が発生しないんですぅー!!!! とか言われたけれど、俺はそんなの気にしない。

 待ってー!!!! という二人の声を捨て、俺は肩に居るスライムと一緒に初心者ダンジョンの中に走って入った。

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