スライム

 無色透明の丸いスライム。ティノの片手でも収まるくらい小さいスライム。

 目や口のないスライム。それでも動くスライム! あの入って来たダンボールの中には空気でも入っていたのか元気だ。そして湿気が残ってそうな感じのするダンボールの底の一部のふにゃふにゃ感。

「おい」

「何ですか? やっと触る気になったんですか? あれからもう三分は経ってますよ?」

「カップラーメンが出来てる時間よ!」

「そんなことはどうでも良い! お前達はその……これと仲良くするにはどうすれば良いと思う?」

「触ることが一番だと思います」

「そうね、触るべきよ」

 ティノとクレアが同じことを言っている。

「さあ、触ってあげてください。触ればきっと見えるはずです。恐怖心は捨ててください。そうすれば、江東さんにもこの可愛い目だとか口だとかが見えますよ」

「え、ほんと?」

 俺はティノの口車に乗せられ、そいつを両手の中に入れてしまった。

「うわ!」

「どうです? ぷるんとしていて良い感じでしょう」

「確かに微妙に冷たくて良い感じだが」

「もうすぐ日本の夏だものね……まあ、ここは今は秋。ちょっと季節が日本とズレているけれど、どうよ? かわいいでしょ!」

 そんな二人の笑顔とは裏腹に。

「かわいい……目とか口ってどれなんだ?」

「ちょ! 見えないの! こんなかわいい生物が見えないの!」

「どういう風にかわいいのか、そこにあるメモ用紙にでも絵で教えてくれないか?」

「良いでしょう!」

 さらっとティノがお絵描きの要領で描いてくれた。

 その形は今見ている物と同じだった。そこに丸い点のような目が二つ、口はニヒルで、頭の天辺てっぺんとなる部分には薄ピンク色のリボンをしているらしい。

 なるほど……確かに可愛らしい……かも。

「その絵からすると、これはメスか」

「モンスターにメスかオスか付けるのはあれだと思うんだけど、そういう仕事だものね」

「そうですね……」

「何だよ! 二人とも! もっと意見があれば俺は聞くぞ! そして、それを報告してやる」

「うわ、この人仕事してないんですけど」

 ティノが言うか!

 俺はもっと言ってやろうかと思ったが止めた。

 手の中のヤツがぶるぶると震えたからだ。

「何だよ? どうした?」

「怖かったんでちゅかー?」

 そう言ってクレアが俺の手の中からスライムを取り上げる。

 うう……何か湿ってる。

「何よ?」

 クレアが俺を見る。

「そいつは水属性なのか?」

「そうよ、見れば分かるじゃない! この潤いは、このプルプル感は! 水属性のものです!」

 力説!

「大体ね! リボンでオスメス考えないでほしいんですけど! オシャレかもしれないじゃない! このスライムだって、水の女神の料理下手くそ~から生まれたものなんだからね!」

「は? 水の女神?」

「そうよ、あれはずっと昔」

 どんくらい昔だ。

「水の女神に言われ、たくさんの女神が集まっていたわ。今日は人間の真似事でもして、小籠包を作りましょう! と」

 何故、小籠包……そんなに昔ではないのかな……。

「あのお汁が食べたいの! あのお汁はとっても美味しいそうよ! そう言って、彼女は作り始めたの」

「ふーん」

 俺はもう何も言わないことにした。女神の昔話がちょっと気になったからだ。

「まあ、こんなもんでしょう……と彼女は小籠包らしきものに息を吹きかけたわ」

「何故?」

「だって、あまりにそれは小籠包ではなかったから。ぐにゃぐじゃだったわ! だから、あの形にするべく、自分の息からその形になるように水を入れたのね」

「は、はあ……」

「そして、出来上がったのが、命を吹き込まれたスライムの始祖だったのよ!」

「何でそうなる!」

「ほら、彼女って水は命の源! 的な所から生まれてるから、命を入れてしまうのよね。息吹きかけるだけでも」

 そんな大事なことを忘れてる女神様……ちょっと会ってみたい。天然かな……。

「そういう訳で、誕生の瞬間に立ち会っていた私としては、このスライムちゃんが元気に今を生きていると、大変嬉しく思うのよ」

「それでお前は小籠包を作ったのか?」

「作るわけないじゃない。野次馬よ、野次馬。温泉入りながら、のんびりね」

「嫌な女神だ」

「どうしてよ!」

 そんなことはどうでも良いとティノはそのスライムを自分の手の中に落ち着かせた。

「さあ、スライムさん。ここで落ち着きましたか。全く、これだからモンスターに疎い人達は嫌なのです! 特に江東さん! 少しは魔法力を身に付けたらいかがですか! 来て早々ですが」

「ホント、来て早々だな! どこが良いんだよ。魔法力を手に入れるには」

「それはですね」

「ああ」

「このあたしの知り合いに見てもらうのが良いでしょう!」

「どこに居る! そいつは」

「あたしのお姉ちゃんです」

「おねえちゃん?」

「はい、日本と異世界の魔法学校で講師をしている魔法使いです。確か今は、この辺の魔法学校に臨時で採用されていたと」

「何歳だ?」

「二十歳です!」

「完璧だな!」

「何がよ!」

 スライムがクレアの声でビクッとした。

「あ~、かわいそうに……。二人のろくでもない感情がそうさせているんですね」

「ろくでもないって……、私、一応じゃない! 完璧な温泉の女神なんですけど!」

「だったら、この男に魔法を教えてあげても良いんじゃないんですか? もしくはお姉ちゃんの所まで案内を」

「自分ではしない気ね、ティノちゃん」

「はい、しても良いのですが、このスライムさんがかわいそうで」

「分かったわよ! この女神直々に教えてあげるわよ! 魔法!」

「え~、お姉ちゃんの方に会って見たかったな……」

 つべこべ言うんじゃないわよ! と俺はマンションの外に連れ出された。

 俺の仕事なのに! お世話は俺の仕事なのに!

「モンスターの表情も分からないで、何がお世話よ! 仕事できないじゃない! ペットとして飼えないじゃない!」

「じゃあ、魔法力がある程度ある奴じゃないとモンスターの飼育はムリだと?」

「そうよ!」

「それ、この仕事受ける前に言われたわ……。そんで、冒険者にでもなってくださいと。そうしたら、少しは魔法力が身につきますって、棧さん言ってたわ……」

「じゃあ、その冒険者にとっとなって来なさいよ!」

「えー、冒険者になったら命の危険が」

「こんの! 現代っ子がぁっ!」

「グワっ!」

 目を、目をやられた! 回復系魔法を得意とする女神に! 目を、両目を! その指で突かれた!

「大丈夫よ! のたうち回ってないで立ち上がりなさい。失明はしてないわ。むしろ、良く見えるようにしただけ。ツボ押しのようなものよ。それで少しの間はモンスターの表情とかが見えるようになるでしょ。だけどね、早くその、棧さんが言った冒険者になって、私達に心配させないような立派な奴になってよ! ……ヨシキチ、魔法力が手に入ったんだから、帰るわよ」

「はい……」

 俺は反省した。早くギルドだかに行って、冒険者登録だけでもしておけば、こんな痛い方法で魔法力を手に入れずに済んだ……はずだ。

 このスライムの仕事が終わったら、ティノを連れてここから近い冒険者登録が出来るギルドに行こう。そして、ティノのお姉さんに会って、もっといろんな魔法を教えてもらうんだ! そしてそれを仕事に役立てる!

 そう誓って、俺は立ち上がった。

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