第46話

 翌日の放課後、隆輝は意気揚々と剣道場に向かう。入口の鍵は空いているものの、道場の中には誰もいない事に、大した疑問も抱かず着替える為に男子更衣室に入った。


 すると、そこには晶がいるが、彼女は純白の下着姿で古武術の道着を羽織っている最中で、隆輝に気付くとそのまま固まってしまう。


 一方の隆輝もその光景を理解出来ず、思わず固まっていたが、すぐに正気を取り戻した。


「わ、悪い!」


 隆輝は慌てて更衣室を後にするが、更衣室前のプレートには男子更衣室と表示されており、隆輝は自分が間違ってない事を確認し安堵する。

 しかしその直後、更衣室の中から殺気を含んだ気配が足音を立て近付いている事を察知し、急いで剣道場から飛び出すと、真っ赤な顔をした晶は槍を隆輝を追いかけてきた。


 その追いかけっこはしばらく続いたが、剣道場へ向かってきていた香織と成美に制止され、2人は道場に戻ると事情聴取が始まる事になった。


「それで、どうしてこうなったのよ?」


 隆輝と晶は同時に堰を切ったように話し出し、収拾が付かなくなった為、香織は隆輝から、成美は晶からそれぞれ話を聞いて要点をまとめる。


「なるほど、男子更衣室で着替えていた桂木に気付かず、飛沢はいつも通り着替えようと更衣室に入ったわけか」


「ぜ、絶対ワザとじゃないですから」


 力説する隆輝に対し、晶は頬を膨らませながら抗議の視線を送っており、普段見せないその表情に香織も成美も思わず笑みをこぼしそうになるが、本人の怒りを考えると必死にこらえていた。


「そもそも、何で男子更衣室で着替えていたんだよ?」


「何でって」


 晶はそこまで言って何かを思い出し、その視線を香織に移す。


「三田村先生が、女子更衣室に不具合が見つかって、明後日まで補修工事を行うから、それまでは男子更衣室で着替えなさいと」


「そうそう、大した不具合じゃないけど、これから長く使う事を考えれば、そういうのはちゃんとしないと」


「俺は聞いてないですよ」


「いや、だって、ついさっきの話だから」


 香織の言葉に、隆輝と晶は同じように呆然とした表情を見せる。その様子に流石に香織も自分の立場が危ういと感じ焦り出す。


「そ、それにさ、こういうのも短時間で準備してきたんだよ」


 そう言って取り出したのは、「只今、女子着替え中。男子は入室禁止」と書かれたA4サイズの用紙であった。

 それは必要以上に文字に凝っているだけではなく、無駄に装飾を施しており、それがなければ、もっと早く道場に来れたのではないのか? そして自らが更衣室に入る事を防げたのではないのか? と隆輝は思い、その表情は険しくなっていく。


「あ、あれ、飛沢どした?」


「この件は学園長に報告します」


「ちょ、ちょっと待て、飛沢! それじゃあ私が悪いって事か?」


「香織さんが、しっかりやっていれば防げましたよ!」


「ちょっと、2人とも落ち着いて」


 そう言って2人の間に入ったのは成美であった。成美は2人を制止すると晶に向き直る。


「桂木さんはどう思う?」


「三田村先生の件は、先輩の案に賛成します」


「かつらぎぃ」


 香織はそう言いながら、そのままその場に突っ伏した。


「じゃ、じゃあ、この件はもう良いだろ?」


 そう言うと、隆輝は恐る恐る晶を見るが、晶は射貫くような目つきで隆輝を睨んでおり、隆輝に対する殺気は収まる気配がなかった。


「何を言ってるのですか。先輩にはしっかり責任を取ってもらいますから」


「ま、まあ、桂木さんも抑えて」


「それで、桂木はどうしたいの?」


 いつの間にか起き上がっていた香織の質問に、晶はしばらく考える。


「先輩を叩きのめしたいです」


 それを聞いた隆輝は、ゆっくり息を吐くと覚悟したように晶を見る。


「分かった。確かに悪かったのは俺だから、好きなだけ殴れ」


 隆輝の言葉に、明らかに晶は戸惑いを見せていた。


「まあ、無抵抗の人間を殴ったら、桂木としても気分が良いものではないわよね」


 香織はそう言いながら何かを考える素振りを見せるが、一瞬笑みを浮かべたかと思えば、すぐに真剣な表情を見せる。


「じゃあ、勝負したら?」


「勝負ですか?」


「晶が勝ったら、隆輝は謝罪と、そうね桂木、何かお願いでもしたらどうかしら?」


「お願いですか」


「欲しい物を買って貰うとか、どこかに連れて行ってもらうとか」


「そうですね」


 晶はしばらく考え込む。


「じゃあ、毎日学食のデザートを奢って下さい」


 極めて真剣な表情で言う晶に、3人は微笑ましい気分になるが、決して表情に現れないように努力する。


「と、飛沢は、それで良いかしら?」


「ちょっと待ってください。勝負だったら、こちらが勝った時の要求も構わないですよね」


「それはどうかしら」


 香織は晶を見ると、晶は自信に満ちた表情を見せる。


「良いですよ。何でも言って下さい」


「だったら、俺が勝ったら、晶には剣道部に入ってもらう」


 隆輝の提案に、晶は明らかに動揺を見せる。


「わ、分かりました。それで構いません」


「それで、ルールはどうするんですか?」


 成美の問いかけに、香織は再び真剣な表情で考える。


「そうね、一本勝負でよいと思うけど」


 香織は晶の槍を改めて見る。練習用とはいえ樫で出来た槍の為、下手すれば隆輝は相当のダメージを負いかねない為、香織は慎重に考えをまとめる。


「そうね、実際に当てても、寸止めでもその一打が有効と思われれば一本にするわ。審判は私がやるけど、桂木は私の事信用出来るかしら?」


「はい、大丈夫です」


「じゃあ、試合は20分後に始めるから、2人とも準備して」


「はい」


 隆輝と晶は返事をして一度更衣室に入って行こうとするが、すぐに現在使える更衣室が一つだと思い出し隆輝は晶に順番を譲った。

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