第45話
「最近はシミュレーターのおかげで効率的な訓練が出来てはいるけど、たまには気分を変えないとね」
そんな香織の言葉と共に、その日の訓練では4人に新しい武器が渡されるが、その一際目立つ存在に、特に隆輝と晶は思わず息を呑む。
「これって、日本刀ですか?」
「そうよ。実際に刀工の方に作ってもらったものよ」
「しかし、刀で戦うとは思いませんでした」
「まあ、こっちは基本的に火器が使えない状況に陥った場合のみと考えて良いわ。その中で使える武器として、最終的に残ったのが刀という事」
「すでに短剣があるけど、どう違うんですか?」
晋一の言葉の通り、短剣(ダガー)は通常の装備として支給されており、前回の戦闘では、実際にアイリがNMを仕留めている事を隆輝は思い出す。
「単純に相手のサイズに左右されないで済む事と、威力と耐久性の差もあるわね」
「確かに大型のNM相手に短剣が通じるとは思えないですね」
「そういう事」
隆輝は香織と晋一の会話を聞きながら、刀を手に取ろうとするが、スーツの能力なしでは持ち上げるのがやっとという重さであり、香織の許可を得てスーツを起動させる。
スーツの力で重さは気にならなくなり、むしろ手に馴染む感覚すらあった。対NM用の刀とはいえ、その刀身は通常の日本刀同様、鈍い光を放ち独特の刃紋に目が奪われる。
「でも、刀で戦うとしたら、それだけNMに近付かなければいけないし、メンバー間の距離も気を付けないといけないから、あまりそういう場面には遭遇したくないものね」
香織は珍しく不安気な表情を見せるが、それを尻目に隆輝は刀を振り下ろしてみると、香織の表情が驚きの物に変わる。
「随分と様になっているけど、飛沢、あなた居合いでもやっていたの?」
「通っていた道場の師範に教わった事はあります」
「それは心強いわね」
「でも
隆輝の言葉に香織は眉をひそめるが、すぐに笑みを浮かべる。
「そう言うと思って、ダミーを用意したわ」
その言葉通り4人の前には、NMの皮膚や皮下脂肪といった組織の強度を再現すべく作られたダミーターゲットが用意される。ターゲットとはいえ2メートル以下級NMの姿が
「と、言っても、今日は使わないけどね」
香織としては、ダミーターゲットを演習エリアに配置して訓練したかったらしいが、刀の扱い方がままならない内は訓練としての成果も見込めないと判断し、まずは通常の日本刀と巻き藁での訓練となった。
経験者の隆輝はもちろん、古武術経験者の晶に関しても早い内にコツをつかみ
2人とも余分な力が入り過ぎており、斬るという動作より刀で叩き付けるような動作に終始していた。
途中から隆輝や晶もアドバイスをしていくが、アイリと晉一が納得出来るような成果は時間内には得られず、今後も引き続き君れの中に取り入れる事になった。
そんな中、珍しくアイリが不満を表情で表しており、隆輝や晶にとってはアイリの意外な面を目にして驚く。
「いててて」
帰りのエレベーター内で晉一が思わず声をあげる。隆輝が心配そうに晉一を見ると、彼の手にはいくつものマメが出来ているが、中にはつぶれているマメもあり、見ているだけで痛みが伝わって来るものであった。
「大丈夫か?」
「まあ、慣れないから仕方がないな」
晉一はそう言いながらマメに向かって息を吹きかける。
「アイリは平気か?」
隆輝はアイリを気遣うが、アイリはいまだに不満気な表情を見せたまま、しきりに何かを考えている様子で返事をする事はなかった。
「ああなると、周りの声も届かなくなるからな」
晉一の口調は呆れたようなものであったが、その表情は笑顔のままであった。
「今までにも、こんな事あったのか?」
「ああ、何回かはな。アイリはああ見えて結構な負けず嫌いだから、それが自分にとって初めての事であっても、上手くいかないとこうなる」
「なるほどな」
隆輝は考え込んでるアイリの顔の前で手を振ると、見ていた晶からは余計な事をするなと言わんばかりの抗議の視線を送られるが、構わず続けていると、ようやくアイリもそれに気が付く。
「あ、ごめん。考え事してて、ところで何?」
「いや、晉一が手にマメが出来たんだけど、アイリは大丈夫なのか?」
隆輝が喋っている間、晉一はマメの出来た手を広げアイリに見せる。
「わ、痛そう」
「で、アイリは?」
「私は大丈夫だよ。ラクロスでもスティック持っているからかもね」
「そう言われるとそうだな」
隆輝も晉一も、その言葉に納得した様な表情を見せる。
「ところで隆輝、刀の使い方だけど、もっと何かアドバイスないかな?」
隆輝はアイリの問いに目を閉じてしばらく考え込むが、エレベーターが寮の2階に到着した事を知らせるチャイムと共に目を開く。
「得意な料理する気で斬れば、なんとかなるんじゃないのか」
隆輝の言葉に、アイリはNMを料理する様な想像をしたのか、嫌そうな顔を見せるが、すぐに何かに気が付いたように表情を明るくする。
「なるほど、今度試してみるよ。ありがとう隆輝」
隆輝と晋一がエレベーターを降りると、アイリは2人に手を振り、晶は軽く頭を下げる。やがてエレベーターの扉が閉じると、隆輝と晋一も軽く挨拶を済ませ自室へと戻っていった。
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