第43話

 月曜の朝というだけではなく、明け方から降り続いている雨の影響で、登校中の生徒達は皆どこか足取りが重く見えていたが、隆輝の足取りも違う意味でぎこちなかった。


「何か辛そうだな」


 隆輝に気付いた功二は、隆輝が席に着くなり身体を後ろに向け、椅子を跨いだ状態で座る。


「ちょっと剣道部の稽古で筋肉痛だ」


「大変だな」


「まあ、しばらく剣道やってなかったからな」


「剣道か」


「興味あるのか? なら歓迎するぞ」


 隆輝の言葉に、功二は何故か嬉しそうな表情を見せる。


「そ、そうか、ちなみにどういう事をやるんだ」


 隆輝は剣道部の練習メニューを詳しく教えるが、説明を聞く功二の表情は次第に険しいものになっていく。


「あ、ああ、でも隆輝と2人だと、流石に実力差ありすぎだしな」


「心配するな。多少は手加減してやる」


「多少って」


「俺だって鬼じゃない。歩いて帰れる程度で勘弁しておいてやる」


「待て、何をする気だ」


 その時チャイムと共に担任の香織が教室に入って来ると、功二も仕方なく前に向き直った。


 その日、帰りのホームルームが終わると、隆輝は功二と別れ剣道部に行こうと席を立つが、いつもは同じ様にクラブ活動へ向かうはずのアイリと愛美が、そういう素振りも見せず雑談に花を咲かせており、改めて隆輝が外を見ると雨は以前降り続いていた。


「ラクロス部は休みなのか?」


「そんな訳ないでしょ」


 愛美の言葉に、隆輝は雨天でも練習があるのかと感心していると、アイリはそれに気付いたらしく笑顔を見せる。


「流石に大会前とかなら雨の中でもあるけど、今日は新入部員の歓迎会を兼ねてのミーティングを学食でやるから」


「なるほどな。それにしても新入部員か」


「剣道部は誰か入ったの?」


「まだだな」 


「じゃあ、こんな所で油を売ってないで勧誘でも行けば?」


 愛美はそう言って隆輝に対し手で追い払うような仕草を見せる。言い方自体にも棘があり、隆輝は内心少しだけイラついていた。


「よし、相楽を剣道部に入れてやろう」


「ちょっと何言ってるのよ」


「大丈夫だ、相楽ならラクロス部と剣道部の両方のエースになれる」


「そんな訳あるか」


 2人のやり取りをアイリは笑いながら見ている。


「アイリも笑ってないで何か言ってよ。私、剣道部なんかには入らないから」


「剣道部なんか?」


 突然聞こえた4人目の声に愛美は驚いて声の主を見ると、いつの間にか香織が背後で立っており、流石に愛美も剣道部の顧問が香織だと知っている為、思わず表情を引きつらせる。


「相楽、剣道部なんかがどうかしたの?」


「い、いえ、その」


 愛美は必死に言い訳を考えるも何も思い浮かばず、アイリを見るも彼女は笑顔を見せるだけで助け舟は出してくれなかった。


「冗談よ」


 香織はそう言って笑顔を見せると、愛美も安心したように息を吐く。


「飛沢、ちょっと」


 香織は手招きしながらそう言うと、先に教室を出て行く。とりあえず隆輝は2人に手を上げて別れると、鞄を手に香織の後を追った。


 教室を出てしばらく無言で歩いていたが、周囲に人がいなくなると、急に香織は溜息を吐く。

 普段の香織からは想像出来ないその姿に、隆輝も驚きを隠せなかった。


「どうかしたんですか?」


「あっ、悪いわね」


 香織は無意識だったらしく、隆輝の言葉に慌てるような仕草を見せる。


「いや、大丈夫です」


「ちょっと失敗したかなと思って」


「失敗? 剣道部ですか?」


「いや」


 香織は一瞬躊躇するが、改めて口を開く。


「桂木の事よ」


「晶?」


「私は昨年1年生の担任でもあったから、自動的に今は2年生の担任をやっている所もあるけど、今回は彼女のクラス担任やれば良かったかなと思って」


「晶、何かあったんですか?」


 香織は話すべきか躊躇し、少し困った表情を見せる。


「担任の話では、彼女は誰も寄せ付けず、誰にも寄って行かずで、孤立しているみたい」


 香織の言葉に隆輝は晶の事を考える。出合った時は懐疑的になっていたという事もあるが、晶は間違いなく人見知りするタイプであり、その反面普段の晶の醸しだす雰囲気や佇まいから、そう簡単に人を寄せ付けるタイプでもない事は理解していた。


「実は土曜日にクラスで行う雑用があったみたいだけど、ちょっとした衝突から男子と女子が衝突して、怒った晶が皆を帰らせたらしいわ」


「晶が衝突?」


「桂木自身はその衝突に関わっていないらしいけど、晶が注意した途端、1人の女子が泣き出して収取つかなくなり、自分1人でやるってなったみたい」


 それとなく隆輝はその場面を想像するが、晶の事をよく知らなければ、彼女に強い口調で言われたら、怒っていると思われるだろうなと感じた。


「しかし、それで帰ってしまうクラスメイトもどうかと」


「実際には何人かは残ってくれたみたいだけど」


「まあ、まだお互いに信頼関係が築けてないって訳でしょうか」 


「そうね、あなた達とは共通の目的のもとで生活してるから上手くいっているけど、クラスの子とは違うものね」


「それで」


 隆輝はその時点で気になっていた、「自分は何をすれば?」と口にしようとしたが、なぜ香織が自分にこのような事を話しているかを察し、言葉を変える。


「俺で良いんですか?」


「まあ、晶の事はあなたかアイリに任せるのが良いと思うけど、アイリは晶を猫可愛がりだから」


 その答えに納得した隆輝は思わず笑ってしまった。

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