鋭角なる鋭角
「来る」
彼女はなにかを察知したらしく、額の鋭角な角を揺らし始めた。
角があるヒトたちのリズムは独特で、三拍子の指揮棒のように角を回し出す。
ぼくは強化ガラスを隔てて見守り、スピーカーごしに声をかけてやる。
«ヨセミテ・パルセルコ»
「ぱるせる・ぱるせる・ぱるせるこ」
この掛け声自体に意味は無く、ルーティンを定める行為だ。
彼女は右上を指差す。
角は更に鋭角になり、ひとつの線に近くなっていく。
ぱちり。
その線が直線になるとき、彼女は反転する。
肉のヒダが捲れ、煌めく桃色の肉袋が剥き出しになり、丸まる。
これは彼女の感覚器官が角と一時的に同質になり『来る』ものを感知するためだ。
«どうですかぁ。なにか見えてきましたか»
球体となった彼女は上下左右に微動し、収まっている部屋の空間を収縮させる。
ぼくはいつも幼いときに美術館で見たトリックアートのことを思い出して、一緒にいた父のことを考える。
「やっぱり、何も見えない」
角があるヒトたちは『来る』ものに備えるために存在している…と、角があるヒトたち自身が言うので、この施設はある。
でも、九割がこの現象にある張力らしきもので発生した熱を電力にするためだ。
«そろそろ計器も十分みたいだし、もどっていいよ»
「えー、これ結構きもちいいのにな」
瞬間、部屋の歪みは膜をつまむように消えて、微動する球体は三拍子を描き内臓が部屋に四散する。
彼女の露出した腸や子宮が上に張り付いた心臓の鼓動と同一になり、まず血飛沫が角があった箇所に集められ、頭部からヒトの形を取っていき爪先に至る。
「帰り、どうしようか」
彼女は部活帰りのいつもの格好に戻って、お気に入りのハムカツ屋で食べるものを思案する。
さよなら透明少女 Lu @nowar1112
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