裡なる声

 まるで楔を太腿に打ち込まれているようだった。文字通り身を裂くような激痛に、だんだんと足がいうことをきかなくなりつつあった。

 両手で肩を押してから、一気に引き寄せ無事な方の右足で、膝を見舞った。ガードを固めているため、今度は腹には入らなかった。しかし手ごたえはある。事実一瞬、正信の動きは止まる。もう一発。腕の尺骨にまでダメージが通ったのを仁摩は感じた。

 しかし間隙をつき、再び踵蹴りが太腿に食い込んだ。

「く!? む、むゥゥ……ッ!」

 痛みに怒りで、目が眩んだ。これで三箇所の穴が、太腿に穿たれた心地だった。もはや引きずらないと、足は動かない。蹴りなど放てない。あの機動力も、もう望めない。

 おのれ。

「ハァ――――――ッ!」

 膝を叩き込む。そして右フックを、空いているわき腹に。突き刺さる。骨を捉えた手ごたえがきた。再び膝。正面だけはしっかり固められている。それにより、顔面も不可侵だ。今度は左フック、肝臓をあばら骨越しに捉えた感覚。

 再び太腿に衝撃。痛みに――歯を食いしばらなければ、ならなかった。

「ぐ……ハァ――――――――ッ!!」

 今度は頭を引き寄せ、ガードの上から顔面に膝を叩き込み、仰け反らせたそのまま、投げ飛ばした。


 脳が激しく揺らいだ。

 視界が暗くなり、次の瞬間に反転していた。後頭部に衝撃。上下を確認。気づけば敵は近くにいない。投げ飛ばされていた。

 正信は頭を上げ、腰を上げ、開始線まで歩いた。

 左右のわき腹が、火を噴いていた。凄い突きだ。一発で、自分の柔い腹筋など容易く貫いてくる。腕が軋みをあげていた。骨が折れそうな衝撃に、ガードを下げたい心地になった。ガード越しでさえ、顔は吹き飛ばされた。

 紗姫はこれを、女の子なのにアゴに受けたのか……

「ぐ!」

 痛みを怒りで誤魔化して、正信は再び仁摩に向かい合う。

「続行です!」

 徹平の声と共に、再びガードを固めて、突進。僅かに覗く隙間から、仁摩の表情を見た。苦々しげに顔を歪めていた。少しは効いていると見て、いいのだろうか?

 左ミドルキック! 体が僅かに、浮いた。体格はあまり違わないのに、このパワーの違いはなんなのだろうか? 神さまはあまりに不公平に、人をつくった。

 意地と気合いと根性と怒りと愛ともうあるもの全部あるったけかき集めて、それに堪えて、懐に入った。

 さすがに仁摩は慣れてきていた。動揺はなく、淀みない動きで腹に膝をぶち込んでくる。腕でガード。それでも、内臓まで衝撃が伝わってくる。くそっ! こいつの膝は、超合金ででも出来てるのか? そのまま頭を引き込まれ、顔面に。ガード越しでも、再び仰け反った。だが、このまま投げられるわけには――いかない!

 腰を落として振り回される力にこらえて――左の太腿に、ヴァレリーキック!

 踵が骨にまで食い込む感触。他は狙わない。ただ、この動作のみを繰り返す。それだけだ。突きすら打たない。

 才能なんてない。努力もしてきていない。兄きが授けてくれたこの作戦に――賭ける!

 膝が、きた。


 膝がきた。受ける。膝がきた。受ける。ヴァレリーキックを返す。膝がきた。仰け反る。そのまま投げられた。頭がぼんやりとする。夢見心地の足取りで、開始線まで戻る。始め。ガードを固めて、突進する。ミドルで迎い打たれる。それでも張りつこうとしたら、膝をカウンターで入れられる。わき腹を殴られる。痛みで息を吐き出した。ヴァレリーキックを返す。さらに膝がガードの上から顔面を襲い、上半身が仰け反らされた。

 ――勝てない。

 再度脳裏に、同じ言葉が湧き上がる。それをかき消そうと仰け反らされた頭を前に振り、戻し、ヴァレリーキックを狙う。が、膝が二発、三発と腹にガードの上から撃ち込まれる。

 腕が、ひしゃげるような感覚。

 腹に、比喩じゃなく衝撃が伝わる。

 一発一発の破壊力を、ガードで抑えこめない。膝という武器の、技の破壊力を、知らなかった。しかも間隙を突き、フックがわき腹を抉る。ヴァレリーキックを返す。だが、こちらの唯一の武器にして秘密兵器にして切り札は、だんだんと通じなくなりつつあった。たった一つしか攻撃手段がないということはタイミングも計られるし、そのうえローという攻撃は倒されることさえ耐えられれば長引くにつれ、慣れることが出来るという性質を持っていた。

 ――勝てない。

 繰り返される攻防。その数が増えれば増えるほど、そして進めば進むほど、情報が増えれば増えるほど、分析は進む。そして、理解してしまう。否応なく。

 ――勝てない。

 勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。勝てない――

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