自分で決めたこと

 後ろから、背中をぽん、と叩かれた。振り返ると、いつもと変わることのないアニメTシャツとバンダナが、そこにはいた。登校時と違うのは、上にカッターシャツを羽織っていないことくらい。

「ど、土井……」

「自分で決めたことなんだろ? 誰でもない、おまえ自身。もしお前が誰かに強制的にやらされてるってんなら、俺も助けてやるけどよ。そうじゃないんだろ?

 おまえ自身が、あの古池って子に、漢(おとこ)を見せたいんだろ?」

 言われ、正信は枝穂の姿を思い返してみた。いつも遠く、窓際の後方の席から、廊下側の前方の席を見てきた。その距離はクラスの中で、最も遠い。だけど、それでもいいと思ってきた。この広い地球で同じ国同じ学校同じクラスになれたのだ。文句は言うまいと。その姿を毎日見られるだけでも、幸せなのだと。

 だけど、それを仁摩が覆してしまった。ずっと想ってきた女(ひと)が――今さら目の前でぽっと出の誰かに奪われるのは、我慢できなかった。

 そして、彼女の前で啖呵を切ってしまってからは――もうただ見ているだけでは、満足できなくなってしまっていた。

 正信の表情を見て、土井は笑う。

「じゃあ、やるしかねぇな。いってこい。俺たちの、希望の星」

「……ったく、お前はそっち側じゃないと信じてたんだけどな。まぁ、怖さはアニメでいう愛ってヤツで、克服してこいよ」

「好きになったんなら、仕方ないよね。ぼくもせいっぱい応援するから、怪我だけはしないようにね」

 池田と島本くんも続けたその言葉に、正信は震える歯を必死に堪えようとした。だけど漫画みたいにそんな簡単に恐怖は消えてくれなかった。緊張もすごい。大体たかだか一ヶ月慌てて特訓したからといって、すぐに強くなれるはずもない。

 だけど、その言葉で体が少し軽くなった気がしたのは、嘘ではなかった。

「勝つ……なんて、カッコつけたことはオレはやっぱ言えないや。だけど、怖いからって逃げ、しないでおく」

「ま、お前はそれでいいさ」

「らしいしな」

「らしいよ」

 なんていつも通りの会話を繰り広げ、三人連れ添って学校へ向かった。

 既に当面の敵である仁摩は、登校していた。


 武道大会、学校は既に衣替えを終えていた。

 遠目でまず、校舎全体に垂れ幕がかかっているのが見えた。それも斜に、四つも五つも。文句は『起死回生』だとか『死中に活』だとか『先手必勝』だとか。近くまで行くと、窓にも貼り紙がされていることに気づいた。柔・道・部、だとか、剣・道・部だとか、格闘系の部名が一文字づつ窓の上に貼ってあった。おそらく、そこに部の展示物や演舞などのイベントが用意されているはずだ。この、人が多く集まる機会にさらなる部員獲得を狙ってのことだろう。もしくは部の活動アピールでの部費アップか。目の前まで来ると、校門が羅生門になっていた。赤く塗られ、上部に大げさな寺社作りの屋根瓦(ダンボール製)が取り付けられている。その前方には阿吽像。ここまで来ると悪ノリだと思う。

 その門を潜ると、そこは既に戦場だった。

「おっらああああああああああ! 柔道部主将森繁(もり しげる)先輩の必勝を祈願してェ……フレ~――フレ~――もっりっしっげ――――――――っ!!」「折尾先輩、ふぁいっと――――っ! 男連中になんて、負けないで――――――――っ!!」「拳法部をっ! 今現在格闘技ブームとやらのせいで空手やボクシングやムエタイにばかり世間の目がいって日の目を見ない拳法部の復権を、どうか田宮先輩っ!!」「真の最強格闘技は、今や立ち技ではない、寝技にこそある! 400戦無敗のヒクソン=グレイシーを生み出した日本発の前田光代が生み出した格闘技の力を、どうか籐岸先輩、お願いしますっ!!」「紗姫さま紗姫さま紗姫さま紗姫さま紗姫さま――――――――ッ!!」「さぁさぁ、あんたも隅ノ木学園の武道大会を見学しにきた口だろ? そこで一口、のってみない? 千円からだけど、今回面白いのも揃ってるのよ? どこの部にも所属してないらしいんだけど、仁摩在昂ってのが相当強いとかって言う話」

 その言葉を聞き、ニヤリと獣じみた笑みを浮かべた。賭け屋はその変化に気づかず、交渉を続ける。

「アレ? なに、怪しくて信用できなかった? ま、気持ちはわかるけどね。なんか聞いたとこによると、そいつ転校生らしいんだよね。そんなポッと出の男に隅ノ木学園の生徒が負けるわけない……って思うかもしれないけどね。なんかそいつ、既に交流戦で弓道部の部長とボクシング部の副部長を破ってるらしいんだよ? ほら、これって凄い情報じゃない?」

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