琉果(るか)

 琉果(るか)は廊下をポテポテと歩いていた。

 尾木戸琉果、正信の妹だ。小学二年生。好きなものはご本とお兄ちゃんと作文に書く、なかなかのつわもの振りを発揮している。髪は当然の二つ結び(短いバージョン)に、目はくりくりと丸く、ほっぺもぷにぷに。服装はぴんくのヒラヒラしたもの。これからお兄ちゃんキラーになること請け合いの逸材だ。いや、年取っちゃったら逆に引力弱くなるか?

「ほよ?」

 そんな宇宙の意思など知る由もなく小首を可愛らしくひねり、琉果は廊下をスキップ気味に歩いていく。琉果が歩くときはいつもこんな感じだ。子供らしくという言葉がぴったりハマる。

 お目当ては、まさにお兄ちゃんだった。

「さっき~、お兄ちゃんがかえってきたお声~、きっこえたよね~?」

 ポテポテ歩く。さっきまで琉果は、ずっとご本を探していたのだ。タイトルは『美少年と野獣』。なんとも意味ありげなタイトルだが、他意はない。他意はないってなんだ?

「んよ?」

 とにかく、その至極真っ当普通の御伽話のご本を琉果は探していた。でも、見つからない。こういう時は、お兄ちゃんなのだ。いつでも遊んでくれるし、琉果がわからないことを教えてくれるし、頼みはなんでも聞いてくれる。だから流果は、お兄ちゃんのことが大好きだった。

「おっにいちゃんっ、おっにいちゃんっ~」

 歌をうたいながら流果はスキップした。作詞作曲琉果だ。まさにハイスペック妹だった。でも、琉果には少しだけ気がかりなこともあった。

 最近、お兄ちゃんが元気ないみたいなのだ。一緒に遊んでくれるし、琉果といる時は笑っているのだが、お父さんお母さんとあまりお話してないし、お部屋で過ごしている時が多い。どうしちゃったんだろう? お友達と喧嘩でもしたのかな? そんなことを考えながら、琉果はスキップした。

 テレビの部屋にはお父さんとお母さんがいた。お兄ちゃんはいない。お部屋かな……と思ったら、シャワーの音が聞こえてきた。そこで琉果は思い出した。この時間に帰ってきたということは、今日は空手の日だったのだ。お兄ちゃんは汗かいてるはずだから、先にお風呂に入ってるのだろう。

 そこまで考えたところで、シャワーの音が止んだ。お風呂が終わったのだろうか? 思っているところで、脱衣所と居間を隔てるドアが、開いた。

 お兄ちゃん。

「おっにいちゃーん。琉果ちゃんのご本、どこに行ったのか知らな――」

 ポテポテと開いたドアに向かった琉果の視線の先には――

 見知らぬ少年の、腰にバスタオルだけを巻いた半裸があった。

 シーン、と静まり返る流果。ひと一人だけで静まり返るという表現も斬新だと思う今日この頃。

「――――」

「ん? 尾木戸の妹か。可愛らしいな。どうした、腹でも減ってるのか?」

 人形のように固まる琉果に、少年が身を屈めて顔を寄せてくる。ぽたぽたと滴が垂れ、見知らぬ男性の肌が近づき――


「に、にゃ――――――――――――――――っ!!」


「!?」

 耳を劈くような、妹の悲鳴。部屋で悶々としていた正信は、一秒で気持ちを切り替え声の元、脱衣所へと走っていった。そこで、にゃーにゃーないてる琉果を見つけた。ないてるの漢字は各自お好きなように。

「る、琉果どうした?」

「おう、正信か。どうしたんだ、この可愛い妹は」

 仁摩の声。正信は横にいたその男に目をやり――

「お!? お前なんつーカッコしてるんだ!」

「いや、ちょうどシャワー終わったところだったんでな。心配するな、乾いたら服もまとうさ」

「そういう問題……ていうか、乾いたらってなんだ乾いたらって!? あぁ、垂れてる……タオルを使えっ!」

「どうしたの正信ちゃん? あらあら」

「ハハハ。野生児だな少年」

「にゃ――――――――っ!」

「あぁっ、もう!!」

 これからの生活が、ホント思いやられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る