62話 珍客乱入

 タケミ本家の姉御は、すっかり夕食を御馳走になり、食後のくつろぎタイムでふと我に返りました。

「あれ? なんでここにいるんだっけ?」

一緒に夕食を取った御タケ様と白虎が、顔を見合わせました。

「そうだな、まともに話をしていない。御タケが呼んだのだったな?」

「あぁ、そうだった」

色々ありすぎて、全員忘れていました。


「姉御さんがどんな人なのか、自分で確かめたくてね。うちの管狐のこともあったので」

 家人がいないところでは、口調も声もすっかり打ち解けた感じの御タケ様の様子に、姉御の顔は曇りました。

「ねぇ、御タケ様……東村の前で笑ったことある?」

 御タケ様は突然の質問に怪訝な顔をしましたが、姉御が真面目な顔でじっと見つめるので、うーん、と考えるように腕を組んでから話し始めました。


「先代の御タケ様が、早くに無くなりましてね。息子がようやく物心ついた頃に、私は御タケになりました。若い頭首として忙しくしているうちに、あれの母も私に愛想をつかして出て行ってしまった。

 威厳のため、笑い上戸を隠していた私は、息子にことさら厳しい目を向けてきたと思います。あれは、頑なに鼻毛を出しているし……私に笑って欲しかったのかもしれないが、面白いことをよくする子で。ここには、面倒を見てくれる家人も多いし、優秀で物分かりも良く、タケミとして順調に成長している息子を見て、安心してしまって。あまり自分では構ってやれなかった」

 考えながら、ぽつぽつと話す御タケ様は、叱られた子供のように見えました。白虎が見かねたように、後を続けます。


「小さい頃は、遠くから父親の姿をよく見ていたよ。成長すると、都会の大学へ行くと言い、避けるように家を出て行ってしまったんだ。最近はたまに帰って来ていたようだが、いつも旅館へ泊まるのでな。女将やブチ黒白から、様子は聞いておったんだが」

姉御は、父親が冷たい堅物だからと、一人で行かせるのを嫌がった東村の姿を思い返しました。


 実際に会ってみると、あのうるさくて自分勝手なしずくすら、簡単に見捨てたりしない優しい心を持った人で、しかも笑い上戸な様子は、面白くて欲しくなる程でした。


「東村は、じじくさくて何でも知ってる感じで、時々腹黒で思い切ったこともするけど、いつでも冷静で優しい。子供みたいに、一緒にはしゃいで遊ぶこともある。でもたまに、寂しそうな顔をしてる。顔も話し方も雰囲気も、今の御タケ様によく似てるから、仲良く出来そうなのになぁ。そしたら東村の寂しそうな顔は、減るかもしれないのになぁ」

 御タケ様は、ゆっくり、噛みしめるように頷いていました。白虎も思うところがあるのか、遠くを見ながら何か思い出しているような様子です。一番近くで親子を見守って来た思い出が、色々あるのかもしれません。


「御タケ様も大変なところ、頑張ってきたのかもしれない。まだ間に合ううちに、東村のことも頑張ってみたらいい……人の家庭に口を出して、疲れたし、ちょっと反省した」

最後は、姉御の心の声でした。疲れて口走ってしまいました。


 姉御は、ごろんと畳に横になりました。

 しばし、静けさが座敷に満ちます。


 しかし突然、家の中が騒がしくなり、ドスドスと、足音が近づいてきます。何事かと、三人で顔を見合わせた時、スパーンと障子が開きました。

 廊下に、噂の東村が立っていました。


「姉御さーん!」

 

 東村は寝そべっている姉御を見つけると、ヘッドスライディングで跳び込んで来ました。

跳び付かれた姉御は勢いを消化できず、東村もろとも畳を滑り、向こうの襖にゴッと頭をぶつけました。

「バックホームか、この野郎!」

「何時だと思っているのですか! 連絡もしないで!」

突っ込みを無視してオカンめいた言い分をわめく東村を見て、姉御は面倒そうな顔をしました。


「私も大福くんも、心配していたのですよ!」

 東村が、手に持ったものを机の上にガッと置くと、丸まった大福ねずみが現れました。


「こいつは心配してねーなー、思いっきり熟睡してるぞ!」

心配しないことに決めた大福ねずみは、本当に心配していませんでした。

「聞きましたよ、鬼と戦ったって! 酷いじゃないですか、見たかったのに――」

東村は、手のひらを固く握り込んで、目をぎゅっと瞑っています。

「そ、そうか……すまん」

内容はともかく、東村が本気で悔しそうなので、もはや謝るしかありませんでした。


「おっ、姉御、お帰り~」

熟睡中運ばれて来たであろうねずみが、寝ぼけながら目を覚ましました。姉御が口を開く前に、遠くからキャンキャン声が近づいて来ます。

 しずくが、小走りな足音をさせて、姿を現しました。


「お兄様が帰ってるって本当? 本当だわ! お兄様――!」

しずくが東村に跳び付こうとすると、管狐が眼前に立ちはだかりました。姉御の傍には近寄らせたくないようです。

「おっ、和風な可愛い子ちゃんじゃ~ん」

大福ねずみが、管狐に駆け上りました。


 しずくは、管狐を恐れ、後ろに下がります。

「お、逃げるのか? 逃がすな、追え~」

大福ねずみが叫ぶと、管狐が動き出します。近づいてくる管狐を見て、先程の恐怖が蘇ったしずくは走り去り、その後を管狐に乗った大福ねずみが追って行きました。


「何の為に連れて来たんだよ、あれを……」

 姉御はため息をつきました。ふと、視界の端に御タケ様の姿が入りました。明らかに、笑いを堪えている様子です。怒涛のドタバタ活劇で、御タケ様が笑わないはずがありません。


「白虎、みんなを追い払え!」

 放心していた白虎が姉御の言葉で我に返り、騒動を聞いて廊下に集まって来ていた家人に厳しい声を掛けました。

「大事ない。散れ、人払いだ。人払い!」

白虎が障子を閉めて人の気配が無くなると、姉御は御タケ様に跳び付きました。

「御タケ様、今だ! 笑っておしまいなさい!」

「ちょ、息子が! 心の準備が」

険しい顔で抵抗する御タケ様の耳元で、姉御が囁きます。


「お前の息子の鼻毛、無くなってるぞ……昨日、術を使うたぬきに抜かれたんだ」

反射的に東村の顔を見た御タケ様は、限界を迎えてしまいました。

「あはははははははははは」


姉御と白虎は、ガッツポーズを繰り出しました。

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