61話 上手く誤魔化せたね
我に返って赤くなる
座敷に入った当初の配置で席に着くと、御タケ様が口を開きます。
「しずく、何をしているのだ。しずく!」
わざとらしい大声を出すと、キャンキャンこと、しずくがビクッと痙攣し体を起こしました。
「え?」
「お前、入ったなり頭を下げっぱなしで、何をしているんだ」
白虎も御タケ様をアシストしました。姉御も何かしゃべろうとすると、それを察した白虎に尻尾を口に突っ込まれました。アシストは万全です。
「私は……私はお客人に謝罪をしに参りました。しかし何か、恐ろしいものを見た気がして……」
しずくが首を傾げます。
「幻覚か……精神の乱れだろう。何にせよ、修行が足りないようだ」
御タケ様の厳しい言葉に、しずくはもう一度頭を下げました。
「姉御さん、本当に申し訳ない。あなたに無礼を働いたこれは、私の姪のしずくです」
姉御は、御タケ様の笑いのツボを押さないように、黙ったまま神妙な顔をして頭を下げました。
「客人に鬼をけしかけるとは、破門ものだ。陰陽師にかぶれて、鬼を家来にした時点で、破門されてもおかしくはなかったのだぞ。チャンスをくれた御タケの客人に狼藉を働くとは、恩知らずめ!」
白虎も厳しい声を出しました。壺人間目撃事件は、問題なく解決されたようです。
「弱い鬼でした。問題ありません」
姉御も、真面目ぶって率直に応じました。
「何ですって?」
しずくが、キャンキャン声を出しました。御タケ様が厳しい声でたしなめると、唇を噛んで下を向きます。
姉御は、居心地が悪くなってきました。元々、まともな女の子とはほとんど関わったことが無く、若い雌の高い声が近くで発せられること自体が苦痛でした。かと言って、怒鳴りつけるとこちらが悪者に仕立て上げられること間違いなしなので、迂闊に口を開けません。
「これは、私の息子に憧れているというか、溺愛しているというか。息子が旅館に女性を連れてきたと聞いて、頭に血が上ってしまったようだ」
御タケ様の息子とは東村のことなので、しずくは東村の従妹のようです。肉親へ濃い愛情をかける人間には、姉御にも心当たりがありました。しかし兄なら鬼など使わず、己の拳で、殺す気で殴り掛かるだろうと思いました。
「御タケ様の息子は、人間で一番の友達だ。親友だと思ってる。お互いに、やましいところは何もない。二人きりで来たわけじゃないし」
「親友ですって? 男と女が温泉に泊まりに来ておいて……子どもじゃあるまいし!」
姉御は、耳をふさぎました。少し同情したので、穏便に誤解を解こうと精一杯やったが駄目だった、という結論に至ります。
「何とか言いなさいよ!」
見かねた御タケ様が口を開こうとすると、姉御がそれを手で制しました。
「だから何だよ。お前が勘ぐったことが本当のことだったとして、それが何だってんだ。俺が東村の女だったら、殺すのか? 東村が誰かを好きになったら、お前が鬼をけしかけて殺すのが真っ当なことなのか? タケミ一族は、気に食わないやつがいたら、力を使ってすぐ殺せと、お前にそう教えて来たのか?」
しずくが、一瞬言葉に詰まりました。
「一族は関係ないでしょ! 話をそらさないで」
斜め上の返答が来て、姉御は迷いました。自分の言わんとしたことを理解した上で、苦し紛れにそう言ったのか、それとも本当に馬鹿で理解出来ないのか微妙なところです。
「とにかく……親友の東村に酷いことをするやつは大嫌いだ。もう一度鬼を出せよ、殺してやる。また別の鬼を使うなら、それも殺してやる。いっそお前も気に食わないから、殺してやろうか?」
姉御の怒りに反応して、管狐が戦闘形態に変わって行きます。さらに、障子一面にさわさわと、ケサランパサランの大群の影が映り込んでいました。姉御はその中でゆらりと立ち上がって、しずくを一睨みしました。しずくは突然、熱い、と言って、懐から
「気に入らないから、殺してやる。お前のやり方だ」
姉御は目を細めると、硬直して汗を流しているしずくの眼前に進み、札の燃えカスに手を突っ込みました。その手を引き抜くと、先程の鬼がずるずるっと出て来ます。姉御にしっかり角を掴まれて、すっかり引きずり出されてしまいました。
「無理無理無理無理無理! 出たくない出たくない出たくない!」
鬼は、猛烈な勢いで、手を左右に振っています。
「何ビビッてんだよお前、さっきは殺そうとしてかかってきただろうが」
「違う違う違う、違います。しずくが、めっちゃびびらせて、お兄様と別れさせたいから、脅かせって。殺す気は無かった。です」
姉御は、ふんっと言って、鬼をしずくへ向けて突き飛ばしました。鬼は、しずくにぶつかる直前に姿を消し、未だ恐怖で身動き一つ出来ないでいるしずくは、同じ態勢で静かに座っているばかりです。
「……殺す気が無かったのなら許してやってもいいけど、しずくのような考え方をするやつは、力を持ってはいけないと思います。まぁそれは、御タケ様を信用して、ここは引こうと思う」
姉御はどかっと腰を下ろして、冷めたお茶を飲み干しました。管狐は戦闘態勢のまま姉御の背中に寄り添うと、肩に顎を乗せながらしずくを睨み続けました。どうやら、しずくが嫌いな様子です。
「感謝いたします…」
御タケ様は、深々と頭を下げました。
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