26話 姉御の長話
「大福君、落ち着いて」
大福ねずみは、しっぽでパシパシ東村の後頭部を叩いていました。
「だってさ~、オイラは姉御の言うことちゃんと聞かないけど、姉御はそんなことでオイラを嫌ったりしない。オイラが言うこと聞かないのだって、姉御のこと嫌いだからじゃないし。もやしより、オイラのほうが姉御のこと知ってるし、大好きだよ」
東村は、そうでしょうね、と言いながら微笑みました。それを察した大福ねずみは、しっぽで東村の後頭部をさらに激しく連打しました。
姉御の深呼吸が聞こえてきました。どうやら、口を開くようです。
『何にせよ、どうにもならないよ。俺は、言うことを聞いてくれる相手を好くわけじゃないし、今まで通り過ごしたとしても、お前を特別に好いたりしない。俺は、会って話して、知って、好きになる。好きになった相手のことはもっと知りたくなる。それは、喜ぶことや悲しむことを知って、大切にしたいからだよ。
物だって一緒だろ。大切な宝物があれば、素材が何で出来ているかとか、どうなると壊れてしまうかとか、どうすればいい状態で保管出来るかよく調べる。もし、氷で出来ている物をそうと知らずにしまって置いたら、気付かないうちに無くなってしまうだろ。
まぁ、思い通りにはいかないし、苦労もする。それに、その過程で相手に好かれなければそれまでだ。
お前と俺との今までの関係は、俺にしてみれば、会って話したところまでしか進んでないのに、お前にとっては、大切にしている段階まで進んでいたという状態で、全然かみ合ってなかったんだ。
兄に、「面倒見のいい世話焼きの友人だから、何かあったら頼るといい」と言われていたのを鵜呑みにしたのは、俺の間違いだったけどな。
という理由から、根本的に、好きかどうかとか議論してみても、上手くいかないだろってことだよ』
姉御は深呼吸し、お茶を飲みました。
東村は、荒い息を吐いているブチ黒へ、水を入れた容器を運んで来ました。
「長いよ、姉御~~。きっと、もやしには理解出来ないよ~」
「まとめると、お前に興味ない、この先もずっと分かり合えないってとこでしょうけど。丁寧に誠実に伝えようという姉御さんの優しさが仇になりましたね」
『もやしシンキングタイム』
もやしが考え込んでいるうちに、ブチ黒は水を飲み、呼吸をすっかり整えました。
長い沈黙に飽きた東村と大福ねずみが、昼過ぎた、引っ越しには蕎麦だ、と騒ぎ始めた頃、もやしがもったいぶった感じでしきりに頷いてから、姉御の顔を真っ直ぐ見据えて口を開きました。
『分かったよ。君が、そんな女の子だとは思わなかった。僕のこと好きじゃないのに、勘違いさせて、嘘までついて。僕だって、そんな女の子好きじゃない。さよなら、もう会わないからね!』
そうまくし立てると、もやしは立ち上がり、足音も荒く部屋を出て行きます。
『ありがとうございま~す』
姉御は気の抜けた声で、絶縁宣言に感謝していました。
その声を聞いて、大福ねずみと東村もほっとして体の力を抜きました。
「絶対理解してないよな~もやし~」
「結果オーライでしょう」
向こうのごたごたが片付いたので、二人はリラックスしつつ、会話を交わします。
「オイラはさ、姉御の言ってたことならちょっと解るな。一緒にいて仲良くなって、気に入ると、特別で大切だと思えるんだ。恋愛がどうとか解らないけど、オイラは姉御が特別だな~」
「大福君にとって姉御さんが特別ならば、愛とは何かなんて頭で考えるのはやめて、ただ二人で一緒にすごして、さらによりよい関係を築いてみてはどうです? そうすれば、何か解るかもしれませんよ」
「そうだな~頭で解った気になってると、インテリもやしみたいになっちゃうかもしれないしな~」
そして二人は、和やかに頷き合いました。
そんな東村と大福ねずみを、鏡の向こうの姉御がガン見していました。画面が細かく震え出し、姉御が徐々に近づいてきます。大福ねずみが、不穏なオーラに気が付きました。
「パンナコッタ! やばい、バレた~」
姉御が文字通りの上から目線で、睨み付けてきます。おそらく、愛らしい姿をしたブチ白が今までに受けたことがないであろう、凶悪な睨みをくらっている模様です。
「ブチ白、逃げて下さーい」
東村の叫びとともに、ブチ白は走り出しました。ベランダの仕切りを3枚ぶち破って、東村の部屋のベランダにたどり着くと、ミャーミャーと救助を求めました。
急いで収容しましたが、すぐに、東村の部屋をノックする音が聞こえてきました。そして、廊下から姉御の声が響いて来ます。
「おーい、昼飯まだだろ。蕎麦買ってくるけど」
意外と優しい声だったので、東村が返事をしようとすると、大福ねずみが体で口をブロックしました。
「猫の分も、必要だよなー?」
確実に、猫を使ったデパガメッシュがバレているようです。
大福ねずみと東村は、先手の土下座プラス、蕎麦とデザートをパシることで許されることになりました。ブチ黒とブチ白は、主人の責任だということで罪を免れました。
姉御は部屋で一人になると、馬鹿どもが、とため息を吐きました。
『だってさ~、オイラは姉御の言うことちゃんと聞かないけど、姉御はそんなことでオイラを嫌ったりしない。オイラが言うこと聞かないのだって、姉御のこと嫌いだからじゃないし。もやしより、オイラのほうが姉御のこと知ってるし、大好きだよ』
突然、大福ねずみの声がしました。驚いて振り返ると、ブチ黒が口から音声を再生しているようです。
『オイラはさ、姉御の言ってたことならちょっと解るな。一緒にいて仲良くなって、気に入ると、特別で大切だと思えるんだ。恋愛がどうとか解らないけど、オイラは姉御が特別だな~』
『大福君にとって姉御さんが特別ならば、愛とは何かなんて頭で考えるのはやめて、ただ二人で一緒にすごして、さらによりよい関係を築いてみてはどうです? そうすれば、何か解るかもしれませんよ』
そして、パカパカと口を開いていたブチ黒は黙り込み、くりくりした目を姉御へ向けました。
「あいつらが、そう言っていたのか?」
姉御が尋ねると、ブチ黒が頷きます。
「……お前、気が利くな」
ブチ黒とブチ白は、姉御の優しい笑顔を目撃しました。
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