第20話 姦しメイド三人娘とマイカの旅路
メイド服の衣装デザインが決まり、そろそろ会議が終了となる頃。
「明日はルーナ様とアルバート様抜きで、衣装班の役割分担について相談します。教室を軽く掃除したら解散しましょう」
キャロルがそう告げた瞬間、メロディが手を上げた。
「お掃除でしたら私にお任せください。私、メイドですので!」
華やぐような笑顔でメロディは言った。
メイドが率先して掃除を申し出ることは珍しくもないが、嬉しそうな表情をしている理由が全く理解できず、反射的にスケッチブックを開いて鉛筆を走らせ始めたキャロル以外の生徒は目をパチクリさせて驚いてしまった。
その隙を狙ったわけではないが、二人のメイドもそっと手を上げて生徒達へ申し出る。
「わたくしも残って掃除を致します。オリヴィア様に手伝いを任された以上、手抜かるわけには参りませんもの」
「私も残ります。よろしいでしょうか、ルーナ様」
「え、ええ。それは構わないけど。キャロルさん、いいかしら?」
「もちろんです。私は掃除をするメイド達の絵を描いてますから皆さんはお先に帰ってください」
「君はオリヴィア嬢に衣装デザインを報告しに行かなくちゃいけないだろう」
「あああああ! ちょっと待ってください、アルバート様! まだ下書きも終わってなくて」
「キャロルさん、絵を描くなとは言いませんけど最低限の仕事はしていただかないと」
「そうです。早くオリヴィア様にデザイン画を見ていただきましょう」
「二人がかりはずるいですよ-!」
アルバートに合図された衣装班の二人の女子生徒によってキャロルは一年Aクラスの教室へと連行されていった。
ルーナやアルバートもそれに続き、補助要員唯一の男性使用人はその場にいた主に同行するよう命じられ、被服室にはメロディとサーシャ、そしてグロリアナの三人だけが残る。
静かになった教室で三人は顔を見合わせると、彼女達は思わずといったふうに笑い始めた。
「もう、ルーナお嬢様のクラスってすごく面白そうね」
「キャロル様は根っからの画家なんですよ。きっと一日中絵のことを考えてるんでしょうね」
「それは困りましたわ。オリヴィア様のお仕事が滞らなければよいのですけど」
「大丈夫じゃない? さっき見た限りでは他の生徒の皆さんが手綱を引いてくれそうだし」
「ええ、きっと大丈夫ですよ。さあ、お掃除を始めましょう」
ひとしきり笑い終えると三人は真面目な顔になって被服室の掃除を開始するのであった。そして当然ながら会議をしただけの教室の掃除などあっという間に終わってしまう。
「そういえば、グロリアナさんはオリヴィア様のお手伝いをしなくてよかったんですか?」
掃除を終えた三人は被服室の鍵を返却するとメロディ達は学生寮へ帰ることとなった。
ルシアナ達はまだ会議などで残っているが、衣装班の作業が終了した以上、メロディ達は先に帰らなければならない。幸い、三人とも上位貴族寮なので仲良く並んでの帰宅である。
そんな中でメロディがグロリアナに質問を投げ掛けたのだ。
「オリヴィア様は優秀ですし、補佐の役割はルシアナ・ルトルバーグ様がされているでしょう? オリヴィア様はご自身よりも衣装班へ補助要員を送る方が効率的とお考えになったそうよ。オリヴィア様を補佐するなら侍女を補助要員にするでしょうし」
「そういえばグロリアナさんは学生寮の副メイド長でしたっけ」
「衣装班に入れるなら針子仕事が得意なハウスメイドを送るものじゃないの?」
「あら、サーシャさん。副メイド長のわたくしが一介のハウスメイドより裁縫の腕が劣っているとお思いかしら」
グロリアナは自慢げに髪をたくし上げると不敵な笑みを浮かべた。サーシャも応えるように挑戦的な笑みを見せる。
「ほう、それは楽しみね。だったら勝負してみる? どっちがより上手にメイド服を作れるか」
「あら素敵。わたくし、その挑戦状、受けて立とうかしら」
「えええっ!? 二人とも急にどうしちゃったんですか!?」
「メロディも参加する? 三人で三つ巴の戦いよ」
「私もですか!?」
「そうね、一対一より三人で競い合う方が楽しそうだわ。名付けて衣装作りバトルロイヤルね」
「メイドの誇りを賭けた血湧き肉躍る戦いが今始まるのね!」
その瞬間、メロディのメイド魂に情熱の炎が灯った。
負けられない戦いがここにはある!
「メイドの誇りがかかっているなら負けるわけには行きません。勝負です、二人とも! ルシアナお嬢様に最高のメイド服を作ってみせます!」
「いいえ、最高のメイド服をオリヴィア様へ贈るのはこのわたくしよ」
「私だって負けないんだから。クラスで一番輝くメイドはルーナお嬢様よ!」
三人はキリリと真剣な表情になって顔を見合わせるとグッと拳を握った。
「誰が勝っても恨みっこなしよ。正々堂々勝負しましょう。エイエイオー!」
「エイエイオー!」
夕日が沈む茜色の空に向かって、メロディは勢いよく拳を突き上げた……一人だけ。
「……という感じに揶揄われたわけね。まったく、メロディったら可愛いんだから」
「だ、だって、そういう雰囲気だったんですよ。二人とも酷いんですよー!」
日が暮れて寮に帰ってきたルシアナにメロディはついさっきの出来事を報告した。両手で頬を覆い隠しながら顔を真っ赤にしている。
どうやらサーシャとグロリアナはメロディを焚きつけるだけ焚きつけると、最後の瞬間、勢い任せに拳を突き上げるメロディを眺めながら面白可笑しそうにニヨニヨと笑っていたようだ。もちろん二人は拳を突き上げてはいない。
直後「そんな勝負するわけないでしょ。皆で仲良く衣装作りをしましょうね」とサーシャに言われ、自分が二人に揶揄われたのだと気付いたメロディである。
「あの二人、一体いつの間に示し合わせていたんでしょう。一人だけ舞い上がって恥ずかしいです」
「ふふふ、ちゃんと最後は謝ってくれたんでしょう? 仲が良くていいじゃない」
メロディは赤い顔のまま「……はい」と答えた。その表情はどことなく嬉しそうだ。
「ところでメロディ、私、お腹が空いたんだけど」
「あ、そうでした。すぐにご用意しますね!」
調理場へ向かおうとルシアナから背を向けたメロディだったが、何かを思い出したのか「あっ」と声を漏らすとポケットから封筒を取り出した。
「お嬢様、領地のヒューバート様からお手紙が来ていたんでした。どうぞ」
「叔父様が? お父様宛じゃないの?」
「旦那様とお嬢様の両方に来たみたいです。昼間に屋敷に行った際に受け取りました」
ルシアナはその場で手紙を開いて読み始めた。それほど長い文章でなかったのかすぐに読み終えるとメロディへ向き直った。
「叔父様達はもう領地を出発したみたい。十一日の昼頃に到着する予定らしいわ」
「十一日というと、今度のお休みですね。だったらお嬢様もお出迎えができますね」
「日程を合わせてくれたのかもしれないわ。メロディ、叔父様に美味しい昼食をお願いね」
「畏まりました」
「それと、私にも美味しい夕食をお願いするわ」
「ああっ、そうでした。すぐにご用意しますね!」
メロディは慌てた様子で調理場へ向かうのだった。
◆◆◆
一方その頃、ヒューバートとともにルトルバーグ領を出発したマイカは道中の宿屋に宿泊していた。旅の仲間は予想通り代官のヒューバート、護衛のダイラル、使用人見習いのシュウに、レクトとリュークである。
男五人と少女一人の六人旅。当然ながら宿屋ではマイカは一人部屋を与えられている。そして現在、部屋に一人で何をしているかというと――。
「カポーン……なんてね」
――お風呂に入っていた。
宿屋に設置されているものではなく、リュークの魔法に頼った自前の風呂である。ルトルバーグ家の予算でお風呂常設の宿に泊まるのはちょっと難しいのだ。
「はぁ、メロディ先輩に届かないってだけで、リュークも十分チートだよねぇ」
領地から持ってきた大きな桶にリュークが魔法で生み出したお湯を入れ、これまたリュークの魔法で湿気が溜まらないようにし、同じくリュークの魔法で桶からお湯が零れても家具やベッドが濡れないようにコーティングしてもらう安心安全仕様である。
「メロディ先輩のコテージには遠く及ばないけど、お風呂に入れるだけでもかなり満足度が違うよ。悪いとは思うけど、これは旅の間毎日やってもらわないとねぇ」
おそらく本当に悪いこととは思っていない、末っ子気質な笑顔である。
(ふふふ、無口で無愛想に見えてもリュークは結構お願い聞いてくれて優しいんだよね。これがお兄ちゃんだったら絶対文句から始まるもん)
その時、マイカの胸元の『魔法使いの卵』がブルブル震え、水面に細やかな波紋が生まれる。
「……今、何に同調したの?」
マイカは少しばかり不満げな顔で鎖を摘まみ上げ、眼前でジッと卵を見つめる。
「それにしてもこれ、いつになったら孵るの? メロディ先輩、一ヶ月くらいって言ってなかった? いまだに私のパートナーが生まれてこないんだけど、大丈夫なのかな?」
正確には孵化のタイミングを尋ねた際に『来月以降』と、八月に尋ねたので孵化するのは九月以降になるだろうとメロディから聞いていたのだが、それにしても既に十月である。
「……やっぱりあの魔王みたいな狼が卵に入ったせい? メロディ先輩に相談してみようかな」
ルトルバーグ領で遭遇した、ゲームには存在しなかった謎の狼の魔物。メロディの魔法で浄化されその毛並みは黒から白へ変わったが、何がどうなったのかそいつはマイカの『魔法使いの卵』の中に吸い込まれてしまった。
それ以降、特に異常も見られなかったのでそのまま放置していたが、卵の孵化が遅れているのだとしたら考えられる原因はあれ以外に考えられない。
(できれば私も魔法が使えるようになりたいし、卵が孵ってほしいんだけどな)
リュークにお願いしたお風呂の準備を自分でできたらどれだけ楽だろうか。異世界に転生したマイカはやはり魔法への憧れを捨てることはできなかった。
「うん、王都に帰ったらメロディ先輩に聞いてみようっと」
考えがまとまりコクリと頷くと、マイカは立ち上がりお風呂を終えるのだった。
マイカ達が王都に着くまであと三日……。
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