第19話 衣装班のデザイン会議

「というわけで、メロディには衣装班に入ってもらうことになるわ」


「それは楽しみです。畏まりました」


 ホームルームのメイドカフェ会議を終えた夜、夕食の後でルシアナが説明した。


「でも、お嬢様の補助要員として学園に入るのにご一緒しなくても大丈夫なんですか?」


「そこは問題ないみたい。適材適所で役割分担していいそうよ」


「承知しました。お嬢様がオリヴィア様と仲良くなっている間、私は衣装班を頑張ります。補佐のお仕事、頑張ってくださいね」


「うん! まだ会議の話しかできてないけど、いつかは仲良くお話できるようになりたいな」


「きっとなれますよ。ところで、私はいつから校舎に入れるんですか?」


「明後日の放課後、校舎に来てくれる? その時に通行証の登録もすることになってるの」


「畏まりました。ルトルバーグ家のメイドとして恥ずかしくない仕事をしてみせますね」


「ふふふ、お願いするわ」


 メロディがそっと膝を曲げてカーテシーをしてみせると、ルシアナはニコリと微笑んだ。






 それから二日後の十月八日の放課後、メロディは王立学園の校舎を訪れた。

 使用人が利用する裏門から入り、職員にルシアナとの面会を申請するとしばらくしてルシアナが迎えに来てくれる。


「彼女を学園舞踏祭準備の補助要員にしたいので登録をお願いします」


 ルシアナがそう告げると、職員は慣れた手つきで手続き書類を用意し、メロディは名前などの必要事項を書いていく。全てを書き終えると職員はメロディに通行証を差し出した。


「これが通行証ですか?」


 メロディが手渡されたのは、真っ赤な宝石をあしらった菱形のブローチだった。透明感のある赤色の石だがルビーではなさそうだ。どちらかというとガラスに近い気がするが、ガラスでもないように見える。


「不思議……あの、この石は何でしょうか?」


「私もよくは知らないのですよ。これは通行証の魔法具で、先程あなたに書いていただいた情報がこのブローチに登録されています。後はあなたがこれを身に付ければ、ブローチが自動的にあなたの魔力を認識してくれます。他の方が身に付けた場合、こちらでそれを確認することができますので、あなた以外が身に付けることのないようお気を付けください」


「承知しました」


 メロディは通行証のブローチをエプロンの胸元に取り付けた。思ったより軽いようで、生地が引っ張られる感覚はない。問題なさそうだ。


「それじゃあ、行きましょうか」


「はい、お嬢様」


 菱形のブローチをキラリときらめかせて、メロディはルシアナとともに歩き出す。そして案内されたのは一年Aクラスの教室ではなかった。


「お嬢様、ここは?」


「被服室よ。礼儀作法の授業で刺繍の勉強をするのに使ったりするの。さあ、入りましょう」


 ルシアナが扉を開けると、確かにそこは被服室といった雰囲気の部屋であった。広めの教室には六人ほどが囲んで座れそうな大きな机が六台置かれており、そのうちの一つにちょっと無理して七人の生徒が着席していた。


 そして、彼らから少し離れたところに二人のメイドと一人の従僕が控えている。


(あれ? あの二人って……)


 二人のメイドには見覚えがあった。ルーナのメイド、サーシャとオリヴィアのメイド、グロリアナである。従僕の青年は知らない人のようだ。よく見れば生徒の中にはルーナの姿がある。しかし、オリヴィアはいないようだ。


「キャロルは知ってるよね。我が家のメイドのメロディよ。今日から衣装班の補助要員になるからよろしくね」


「分かりました、ルシアナ様。よろしくね、メロディ」


「はい、キャロル様。ルトルバーグ伯爵家のメイド、メロディ・ウェーブと申します。皆様、よろしくお願い致します」


 サッとカーテシーをすると、メロディは使用人達のグループに加わった。顔見知りの二人から「よろしく」と言いたげにニコリと笑みを向けられ、メロディもまた微笑みを返した。


「それじゃあ、私は補佐の仕事があるから教室に行くね。メロディ、頑張ってね」


「畏まりました。お任せください、お嬢様」


 ルシアナが軽く手を振って早足で被服室を出て行くと、キャロルが口を開く。


「それでは、衣装班の活動を開始します。今日はメイドカフェで着るメイド服と執事服のデザインについて話し合いたいと思います。それに伴って、実際に衣装を着るメイド班と執事班の班長にも同席してもらいました。二人ともよろしくお願いします」


「メイド班の班長、ルーナ・インヴィディアです。よろしくお願い致します」


「執事班の班長、アルバート・ロッセンテです。よろしく」


 こうしてメロディの学園舞踏祭準備が始まった。






◆◆◆


「一年生を表わす意味でメイド服はリボンを、執事服はネクタイを赤色にするのはどうかしら」


「私はこことこのあたりにレースやフリルをふんだんに使ってみたいのだけど」


「メイドの意見としましては、過度にレースやフリルを使われますと仕事中に服をどこかに引っかけてしまう危険性がありますので、ある程度抑えた方がよろしいかと存じます」


「頭はキャップとカチューシャのどちらがいいかしら? メイドとしての意見はあるかしら」


「実務的にはキャップをお勧めしますが今回はクラスの催しですので、華やかさを演じるならカチューシャの方が髪形を自由に決められると思います」


 生徒達に交ざってメロディも意見を口にしながら衣装のデザイン会議は始まった。男性陣はそっと口を閉ざし、主に女性陣が中心になってデザイン作りに着手している。この場にいる男三人はよく立場を弁えているようだ。


「それじゃあ、こんな感じでどうですかね」


 皆の意見からキャロルはメイド服のデザイン画を描いた。

 皆に見せると感想が飛び交う。


「まあ、素敵だわ」


「少し華やかにし過ぎたかしら」


「アンネマリー様やオリヴィア様も着られるのですから、これでも地味な方だと思います」


「お二人なら綺麗に着こなしてくださるでしょう」


 出来上がったメイド服のデザインは、メロディが身に纏っているメイド服よりも少しフリルとレースが多めの可愛らしいドレスとなった。胸元のリボンは提案通り赤色になる予定だ。頭に被るのは髪形の自由度を考慮してカチューシャが採用されている。


 執事服のデザインは早々に決まっており、モーニングコートを基調としたデザインだ。こちらもネクタイを赤色にすることで、一年生の催しであることを表現していた。


「誰かこのデザインで異論はありますか?」


 キャロルが尋ねるが、被服室は静かなものだった。満足げにキャロルは頷く。


「では、このデザインでオリヴィア様に提出します。というわけで、今日の話し合いは終了です。ルーナ様、アルバート様、ご協力いただきありがとうございました」


「自分達が着る衣装ですもの。協力して当然です」


「ええ、今日は有意義な話し合いができてよかったです。衣装作り、よろしく頼みますね」


「期待していてください……班員と補助要員の皆に」


「あら、キャロルさんは含まれないの?」


 そっと目を逸らしたキャロルの様子にルーナは思わずクスリと笑ってしまう。それは周囲の皆も似たような反応であった。


「私はデザイン担当なもので。いや、頑張るんですけどね、ええ、頑張りますとも……」


「ふふふ。サーシャ、キャロルさんの分もよろしくね」


「畏まりました」


 サーシャもまたルーナの笑顔につられるように微笑むと優雅に膝を曲げて応えた。


「ありがとう、サーシャ。私、準備期間中の皆の頑張りを絵に描いて記録しますね」


「あら、それはいいわね。美術班に相談して会場に絵を飾るのも面白そうだわ」


 面白がってキャロルの意見に賛同するルーナだが、アルバートは眉根を寄せながらこめかみを押さえて苦言を呈する。


「……衣装班長だというのに衣装を作る気ゼロだね、キャロル嬢」


「ちゃ、ちゃんとやりますよ、アルバート様……絵の合間にちゃんと」


 気まずそうにするくせに結局意見を翻さないキャロルの姿に、被服室にドッと笑い声が響くのであった。

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