第18話 ホームルーム・メイドカフェ会議
緊張感を漂わせる実行委員会が始まった頃、同じくして一年Aクラスの教室ではホームルームが行われていた。
教室の隅に担任教師レギュスが腰掛け、現在教壇に立っているのはオリヴィア・ランクドールである。
王太子クリストファーと侯爵令嬢アンネマリーは生徒会役員として、帝国皇女シエスティーナは学園舞踏祭実行委員として教室を抜けた今、公爵令嬢オリヴィアがクラスで最も身分が高い。身分社会である以上、彼女がクラスの催しの陣頭指揮を執ることが最良と考えられた結果である。誰も公爵令嬢に指示を出したくないという本音もあるのだが。
「一年Aクラスの催し『メイドカフェ』に関する計画会議を始めましょう。……その前に」
オリヴィアは発言の途中で口を止め、しばし口籠った。どうしたんだろうとルシアナが首を傾げていると、ふと、オリヴィアを目が合う。
「……ルシアナ・ルトルバーグさん、私の補佐をしていただけるかしら」
「え? わ、私ですか!?」
突然の指名にルシアナは思わず立ち上がってしまった。どうしようとオロオロしているとルーナにポンと背中を叩かれて、小声で諭される。
「オリヴィア様のご指名よ、早く行かなくちゃ」
「で、でも……」
「仲良くなるチャンスじゃない。行ってきなさいよ」
ルシアナはハッとして思い出す。先日、メロディから教えてもらったのだ。一学期にメロディを遠ざけようとしていたオリヴィアのメイド達が謝罪に来てくれたことを。メイド達の行動は彼女らの独断だったが、それを知ったオリヴィアに叱られたらしい。
今では仲直りをして昼食を一緒に取っているそうだ。
つまり、今のオリヴィアの行動も――。
(オリヴィア様自身も、私と仲良くなりたいと思ってくれているのかな)
そうだとしたら嬉しい。ルシアナは素直にそう思った。そう考えると、不思議と緊張は解れ足が動く。教壇の前まで行くと、ルシアナは軽く一礼した。
「ご指名に従い補佐をさせていただきます」
「書記をお願いします」
「分かりました」
ルシアナはニコリと微笑んだ。オリヴィアは虚を突かれたように一瞬目を見張るが、すぐに表情を戻してクラスメートへ振り返る。
「では、色々決めていきましょうか。まずは――」
どうやら事前に決めておくべき内容を考えていたようで、オリヴィアは議題の説明を始めた。ルシアナは慌てて黒板に相談事項のリストを書いていく。
決めなければならないことは、まずは生徒の役割分担、続いて作業計画、そして予算の内訳などなど多岐にわたる。
「決めることがいっぱいですね。これだけで月末になってしまいそう」
黒板の内容を見つめながら、ルーナがポツリと呟く。
オリヴィアも同意するように頷いた。
「その通りです。学園舞踏祭の準備期間はあまりにも短い。私達がいかに効率よく考え、動くことができるのか、クラスの催しを成功させる大きな鍵となるでしょう。少なくとも今週中に立案等を終えて来週から本格的に準備作業に入らなければなりません」
「オリヴィア様、それはとても難しいと思われます」
平民の生徒、ルキフ・ゲルマンが手を上げて告げた。
「理由をお聞きしても?」
「このようにクラス全体で協議していただけるのは情報共有の面で大変有り難いですが、この人数の意見をまとめるのは、今週中では間に合わないかと」
ルキフの主張に他の生徒達が確かにと頷く。三十人ほどいる生徒達の意見を調整するのは確かに大変だ。それはオリヴィアも同じだった。
「私も同意見です。ですので、役割分担別に班長を選定し、まずは計画の骨子を班長会議で決めたいと考えています」
「それならばある程度円滑に計画を立てられそうですね」
「ええ。ですのでルキフさん、あなたに会計班長をお願いします」
「私が会計班長ですか?」
「はい。クラスに与えられた予算を確認しましたが、正直なところ貴族視点では額が小さすぎてどう扱って良いか困ると思います。商家出身のあなたなら適切な管理ができるのではなくて?」
「……そうですね、承知しました。会計班長を承りましょう」
オリヴィアとルキフのやり取りを見ていたクラスメート達はホッと安堵の息を零した。このクラスの支柱といえる王太子クリストファーと侯爵令嬢アンネマリーが抜けた一年Aクラスが上手くまとまるか、皆内心でとても不安だったのだ。
しかし、オリヴィアがしっかり皆を引っ張ってくれる様子を目にし、これならばやっていけるという希望を抱くことができた。
クリストファー達があまりに目立っていたので影が薄く感じるが、オリヴィアもまた優秀な成績を修める優等生なのである。
オリヴィアの背中を見つめるルシアナの心中もまた、クラスメート達と同じであった。
(オリヴィア様、すごい……これを機に、オリヴィア様と仲良くなれたら嬉しいな)
頼もしいオリヴィアの後ろ姿をルシアナは楽しそうに見つめた。
その後、自薦他薦のもと役割分担別に班長が選出され、彼らだけが教室に残った。
「それでは手早く決めていきましょう」
教室に残っているのは貴族生徒が四人、平民生徒が四人の合計八名。
総監督、オリヴィア・ランクドール公爵令嬢。
補佐、ルシアナ・ルトルバーグ伯爵令嬢。
メイド班長、ルーナ・インヴィディア伯爵令嬢。
執事班長、アルバート・ロッセンテ伯爵令息。
会計班長、ルキフ・ゲルマン。
衣装班長、キャロル・ミスイード。
美術班長、ロドリック・バウト。
調理班長、ナディア・ウッドヒル。
オリヴィアの仕事はメイドカフェの準備から当日の予定などの全体管理である。補佐のルシアナはオリヴィアの秘書のような役割だが、いざという時に彼女の代行もできなければならない。
メイドや執事は貴族生徒が担当するため、班長はクリストファー達を除いた最も爵位の高い家柄の子女が選ばれた。それ以外の四つの班長を平民生徒に任せている。
経理全般を担当する会計班長、今回のメイドカフェ用のメイドと執事の衣装を担当する衣装班、メイドカフェの開催場所や装飾を担当する美術班、そして紅茶や料理を担当する調理班だ。
一年Aクラスの生徒数は先日セシリア・マクマーデンが抜けたことで、現在三十二人だ。
さらに生徒会と実行委員会からクリストファー達四名がクラスの準備から外れているので、実質的に作業できる生徒は二十八人ということになる。そのうち平民はたった九人であり、半分近くが班長に選ばれたことになる。
他ニクラスと比べると平民の人数が少ないのは、伯爵家以上の上位貴族の人数が多いせいだろう。あまりむやみに平民生徒の数を増やしたくなかったと思われる。
そして、その平民生徒の一人、キャロル・ミスイードが手を上げた。
「あの、私、衣装班長になっちゃいましたけど、メイド服のこととかよく分からないんですけど」
キャロルは平民であり、特別メイドや執事について詳しいわけではない。衣装を担当するにしてもメイド服や執事服のことなんて特に知識を有していないのである。
困ったように首を傾げるキャロルに対し、オリヴィアは真剣な面持ちでコクリと頷く。
「各班には必ず一名以上貴族の生徒が加わるようにしますので、衣装の基本知識は彼らと相談してください。ミスイードさん、わたくしがあなたに求めることは衣装デザインの作成です」
「……メイドは貴族の生徒が担当するんだから、それぞれの家から持ってくればよいのでは?」
「これは学園舞踏祭のクラスの催しです。寄せ集めの衣装ではなく、デザインに統一感のある衣装を身につけて取り組むべきだと思いますわ」
「ですが、予算額を見るに、衣装のオーダーメイドは厳しいと思われます」
ルキフが指摘すると、オリヴィアは再びコクリと頷きで返す。
「ええ、ですので衣装班でメイド服と執事服の作製をお願いしたいと考えていますが、できるでしょうか」
「私、衣装デザインはできたとしても裁縫はそんなに得意じゃないです」
「衣装班に人数を割きすぎると他の班で人手不足になりそうですね。調理班も当日の客数を考えるとそれなりの人数が欲しいですし」
調理班長のナディアが難しそうな顔で悩み出した。上位貴族の子女が使用人に扮するカフェということで、その話題性から当日の混雑が予想されている。となれば、調理担当の班員はそれなりに必要になるため、あまり衣装班に人数を取られると困ってしまうのだ。
そんな中、ルシアナがそっと手を上げた。
「何かしら、ルトルバーグ様」
「はい、オリヴィア様。衣装に関しては当家のメイドを補助要員として派遣しようと思います。彼女は裁縫が大変得意ですので」
「得意に越したことはありませんが、裁縫上手が一人いるくらいで間に合うかしら」
「大丈夫です。我が家のメイドの裁縫速度はとても速いので。こんな感じで」
ルシアナはメロディの裁縫速度をその手で表現してみた。
分かりやすく言えばミシンの速さである……メロディ、おそろしい子!
「……まあ、本当にそうであれば上手くいくでしょうが」
当然ながら彼女の技術を直接目にしていない者にとっては眉唾な話だったことは言うまでもないだろう。とはいえ、多少誇張が入っているとしても裁縫の腕は良いと思われる。
「では、衣装に関してはルトルバーグ様の提案を受け入れつつ、状況を見て必要があれば随時人員の入れ替えを行うことにしましょう。これは他の班についても言えることですが」
「それで良いと思います。そもそも我々一年生は学園舞踏祭初参加ですので、何もかも手探りで行わざるを得ません。短いとはいえ作業期間は三週間ほどあります。試行錯誤して参りましょう」
ルキフの言葉にこの場にいる全員が頷いた。
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