第24話 公爵令嬢の一喝
残念な試験結果を悲しげに見つめるセレディア。
アンネマリーが心の内でエールを送っているが、もちろんそんな気持ちがセレディアに伝わるはずもなく、彼女は焦りを覚えていた。
(ヒロインと同名の少女セシリア。私と違って完璧な試験結果を得ている……やはり私と同じくヒロインの座を狙っているの? 何か策はないかしら)
その時だった。
「満点って、さすがにおかしくない?」
セレディアの背後で何人かの生徒が試験結果に対する不満を零していた。
「クリストファー様でさえ満点は取ったことないのに、編入生がいきなり満点だもんね」
「まあ、ちょっと信じられないよね。私達じゃあカンニングでもしなきゃ絶対無理」
あはは。そりゃそうだ、と笑い合う生徒達の話にセレディアはピンと来た。
(……そうね。確かにそうだわ。いけない子ね、セシリア。あなた、カンニングをするなんて!)
その瞬間、不可視の黒い魔力がセレディアから溢れ出し、あっという間に教室を黒で満たした。
「えっ?」
メロディは思わず声を漏らした。一瞬、視界が真っ黒に染まったからだ。驚き瞬きをした瞬間、視界はすぐに戻ったが確かにほんの少しの間、視界が真っ暗になったのである。
(あれ? これって確か、舞踏会の時にも……)
「セシリアさん、どうしたの?」
「あ、いえ、今、視界が――」
「ねえ、一位が満点だなんておかしくない?」
それはメロディの耳にもはっきりと聞こえる声で教室内に響き渡った。セレディアの後ろにいた男子二名、女子一名の生徒達が不満げな顔を浮かべていた。
「ああ、そんな簡単に満点なんて取れるわけねえよ」
「もしかしてカンニングでもしたんじゃないの」
「そうでもしなきゃ無理だよな」
「え? あの……」
彼らは三人だけで会話するようにしながら、それでいて時折メロディへ不機嫌そうな視線を送っていた。突然カンニングだなんだという話を聞かされ、メロディは困惑してしまう。
ハッとして周囲を見回すと、同じような視線を向ける生徒がチラホラと。ルーナやアンネマリー達は呆気にとられたように放心しているように見える。同じく混乱しているのだろうか。
(ふふふ、いい感じね。これくらいなら私の体調にも影響は少ない。セシリアの満点を妬む心を持つ者の感情を増幅させたわ。そうでない者にはほんの少し思考力を鈍らせる効果を与える。そうすれば反論も出にくい。さあ、我、魔王ティンダロスに人間の邪なる心を見せるがいい!)
心の中では両手を掲げて喝采を上げているセレディアだが、外見上は突然教室内の雰囲気が変わったことに動揺しているそぶりを見せていた。
そして、三人組とは異なる生徒達も悪感情を露わにしていく。
「え? 一位の子、カンニングしたの?」
「でもありえない話じゃない。だって満点とか、あらかじめ問題を知ってないと無理だよ」
「もしかして編入試験もカンニングをして入ったとか? 後見はレギンバース伯爵なんでしょ? だったら試験はこっそり免除されてるかあらかじめ試験用紙をもらっていた可能性も」
何だか話しがどんどんあらぬ方向へ飛躍していった。あまりに突然のことにメロディも何を言っていいのかわからず立ち尽くしていると、隣にいたルシアナがキッと表情を強めた。
(何なの、皆急に! メロディがカンニングなんてするわけないでしょう! 文句言ってやる!)
「ちょっとあな――」
「みっともない真似はおやめなさい!」
ルシアナが口を開こうとしたその時、割って入るように大きな一喝が教室内に響き渡った。瞬間、辺りに立ち込めていた不穏な空気が一瞬にして霧散してしまう。
そして悪態をついていた者達、そして呆然としていた者達がハッと目が覚めたように声の主へと視線を向けた。
それはさっきまで席について読書をしていたオリヴィア・ランクドール公爵令嬢であった。今は立ち上がり、鋭い視線を周囲へ向けている。
(何っ!? どういうこと!?)
セレディアは困惑した。
少女一人の一喝でセレディアの魔力が消えてしまったのだから。
「満点を取った者が現れたからとカンニングを疑うとは。何の証拠もなくそのような戯れ言を口にするのはおやめなさい。本当にどういうつもりかしら。王立学園の生徒とは思えない短慮にして悪辣な振る舞いだわ。あなた達、恥を知りなさい!」
「「「申し訳ありません!」」」
反射的に全員が謝罪の言葉を口にした。それはメロディとルシアナ、そしてセレディアすら同様であった。
「謝る先を間違えてやしないかしら」
またしてもオリヴィアの鋭い視線が悪口を言っていた生徒達へ向けられた。彼らは慌ててメロディの方を向くと謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい、マクマーデンさん。俺達、何の証拠もないのに疑うようなことを言って」
「「申し訳ありません」」
「……えっと、はい。分かりました」
それからしばし、メロディを妬んで悪態をついてしまった生徒達が謝罪に来て、教室内の雰囲気はどうにか元に戻るのだった。
「すまない、セシリア嬢。私が彼らを窘めなければならなかったのに、雰囲気に呑まれていた」
「わたくしもですわ。先日の舞踏会の時といい、助けられなくてごめんなさい」
「いえ、お二人が悪いわけではありませんので」
場が収まるとクリストファーとアンネマリーもメロディへ謝罪の言葉を告げるが、さすがに王太子と侯爵令嬢から謝られるのには恐縮してしまう。
「本当に、皆急にどうしちゃったのかしら。いつもはあんなことを言う人達じゃないのに」
ルシアナはまだプンプン怒っていた。メロディは困惑するばかりで怒るとかそういう感じではなかった。本当に唐突に始まったのだ。メロディへの理不尽な追求が。
そしてアンネマリーは考える。
(まさかこれ、魔王の攻撃……? 確か、サブイベントで似たようなことがあったような)
ゲームでは、攻略対象ともメインストーリーからも少し離れたサブイベントが発生することがある。影に潜む魔王の影響を受けた生徒達が、なぜかヒロインに攻撃的になるのだ。
魔王から直接操られているというよりは漏れ出す魔王の魔力に当てられた生徒達の負の感情が刺激され、聖女憎しと考える魔王の意志の影響もあってヒロインと対立するのである。
(さっきの状況は少しそれに似ている気がするけど……あのイベントって進行次第で起きたり起きなかったりするから判断に迷うのよね。その時のクラスメートは名前なしのモブキャラばかりだから誰がそうなのか判別も難しいし。ああ、もう、どうしてそんな時に限って反応できなかったのよ)
あの時、クリストファーもアンネマリーもセレディアの魔力の影響を避けることはできなかった。あの場で普段通りだったのは聖女であるメロディと、メロディの魔法によって守られているルシアナ、そしてなぜかオリヴィアの三人だけ……。
(そういえばあの女、舞踏会の時も私の邪魔をした……まさか、私の思考誘導が効いていない?)
セレディアはそっとオリヴィアに視線を向けて魔力を視た。
(……普通だわ。多少多めではあるけど何の変哲もない普通の人間の魔力。聖女ではない。だったらどうして……? もし本当に効果がないなら、迂闊に思考誘導すらできなくなる、くそっ)
セレディアはオリヴィアを警戒するが、今のところ答えは見つけられそうにない。
「ふわぁ、おはよう……どうかした?」
そんな中、本日最後のクラスメートが登校してきた。キャロルである。少し眠そうに欠伸をしながら教室に入ると、何となくいつもと違う雰囲気に首を傾げるのであった。
のんきな様子のキャロルのおかげか、教室内の空気がようやく弛緩し、本来の姿を取り戻した。
この場の当事者でありながら何もできなかったメロディはハッと気が付く。
(オリヴィア様に早くお礼を言いに行かなくちゃ)
だが、すぐにレギュス先生が入室しホームルームが始まってしまったため、オリヴィアに礼を告げることはできなかった。
今度時間を作ってお礼を言おう。そう考えながら返却された試験用紙を受け取るメロディ。隣ではキャロルが試験用紙を見て顔をしかめていた。どうやらあまり良い結果ではなかったようだ。
『第二十七位 キャロル・ミスイード 51点』
黒板にある試験結果にはそう記されている。
「間違えた部分は改めて回答し直すこと。明日までの課題とする」
拒絶したいと言わんばかりの唸り声が教室に響き渡った。
☆☆☆あとがき☆☆☆
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今後ともよろしくお願い致します。
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