第12話 お兄ちゃんが現れた!
「私達と同年代に見えるけど、見たことのない方ね」
「そうですわね。少なくとも今年の社交界デビューにはいらっしゃいませんでしたわ」
首を傾げながら呟くベアトリスの隣で、ミリアリアもまた頬に手を添えて考え込む。
「今のはレギンバース伯爵様よね。あの方は独身だし、私達と同年代の親族がいらっしゃるなんて話は聞いたことがないのだけど」
ルーナもまた不思議そうに呟くが、それに答えを与えたのはレクトであった。
「……あれは伯爵閣下のご息女、セレディアお嬢様だ」
メロディはレクトを見る。彼はなぜか眉根を寄せながら例のご令嬢を見つめていた。
「セレディア……という名前なのですか、レクティアス様」
「ええ」
アンネマリーが目をパチクリさせながら尋ねたことに気付かないまま、レクトは答える。
(セシリアじゃない? どうして? あの子もヒロインちゃんではないの? いやでも、レギンバース伯爵の娘ならヒロインちゃんで聖女のはず……あ、セシリアさんがいるからね! 確かセシリアさんは前回の舞踏会で伯爵と挨拶を交わしたらしいし、名前が被るからあの子はセシリアじゃなくてセレディアって名前になったんだわ! ややこしい! 登場が遅れたせいでヒロインちゃんの名前が変わっちゃった!?)
アンネマリーがそんなことを考えているうちに、レギンバース伯爵一行は人混みの中へと消えてしまった。そして少女達はついつい噂話に興じてしまう。
「レギンバース伯爵様は結婚してないはずよね。じゃあ、あの子の母親は誰なのかしら?」
「庶子だとしても、どうして今までお披露目一つなさらなかったんでしょう?」
「舞踏会に連れてきたってことはもう成人しているのよね。王立学園はどうするのかな」
宰相補佐の立場にあるレギンバース伯爵は王城でもかなり高い地位にあり、ある意味有名人であるためか、ベアトリス達も突然降って湧いた醜聞に興味津々だった。
しかし、そこに鋭い言葉が投げかけられる。アンネマリーだ。
「あまり憶測で話をするものではないわ。レギンバース伯爵様がお連れになったということは、正式に家族として迎え入れる意志があるということ。その意味をよく考えたうえで発言した方がよろしくてよ」
「あ、申し訳ありません」
ハッとしたベアトリス達が一斉に謝罪の言葉を口にした。
「分かってもらえれば結構よ。きっと突然こんな場に連れてこられてご本人も不安なはず。皆さんがお話する機会があれば気遣って差し上げてね」
「はい」
反省した様子で真摯に頷く姿勢にアンネマリーはニコリと微笑み、ベアトリス達もようやく緊張を解くことができた。
「ヴィクティリウム侯爵令嬢様」
「あら、何かしら?」
もう少し皆で歓談をと思っていたところ、王城の使用人がアンネマリーを呼び止めた。
「国王陛下よりお話があるそうで、すぐにいらしていただきたいそうです」
「まぁ、陛下が? 何かしら」
心当たりがないのかアンネマリーは首を傾げる。しかし、すぐに気を取り直してメロディ達の方へ振り返る。
「ごめんなさいね。用事ができてしまったようだから失礼させていただくわ」
「はい。陛下がお呼びでは仕方ありませんもの。行ってらっしゃいませ」
代表してルシアナが答えた。
「もう少しお話したかったけど仕方がありませんわね。マクスウェル様、パートナーとなったからにはルシアナさんをしっかりお守りくださいませ」
「ええ、もちろんです」
「それでは皆様、ごきげんよう」
アンネマリーはルシアナ達の元を去って行った。
「……国王様がお呼びだなんて、何があったんでしょう」
思わず疑問を呟いてしまうメロディ。しかし、その答えを持つ者はここにはいない。
「例の皇女殿下絡みかもしれないわね。それにしても、舞踏会が始まる前から事件だらけでちょっと疲れちゃった。ねぇ、開会の挨拶が始まるまでちょっと休まない?」
「そうですね、私も少し疲れました。休憩エリアに行きますか?」
ベアトリスの提案にミリアリアが賛同する。ルーナやルシアナも同様の意見らしい。しかし、メロディだけは違った。
「あの、私とレクティアス様はレギンバース伯爵様にご挨拶に伺おうかと思います。そうですよね、レクティアス様?」
「……ああ、確かにそうだな」
レクトはレギンバース伯爵に仕える騎士だ。彼が舞踏会会場に現れたのであればレクトとパートナーであるセシリアは挨拶に向かうのが道理だろう。
「二人だけで大丈夫? 私も一緒に行こうか?」
「いいえ、ルシアナ様。少しご挨拶してくるだけですから、ルシアナ様はどうかご友人の方々と一緒にいてください」
これが、今メロディが挨拶に向かおうと考えた理由でもある。本来、メロディはルシアナの舞踏会をフォローするためにセシリアとして参加を決めたが、今なら気心の知れた友人がそばにいるので離れても問題ないだろうと判断したのだ。
「マクスウェル様、ルシアナ様のことをよろしくお願いします」
メロディにそう言われ、マクスウェルは苦笑してしまう。
「アンネマリー嬢にしろ君にしろ、よくよくルシアナ嬢は皆に愛されているね」
「もちろんです。お可愛らしい方ですから」
「まあ、それは認めるところだけどね」
「何言ってるんですか、二人とも!?」
当たり前のように自身を称賛する二人に、ルシアナは顔を真っ赤にして抗議した。
「では行って参ります」
「早く戻って来てね!」
ルシアナ達に軽く会釈をすると、メロディとレクトはレギンバース伯爵の元へ向かった。
◆◆◆
「確か、こっちの方に行かれましたよね」
メロディと連れ立って歩く道中、レクトの内心ではもやもやした感情が渦巻いていた。
(セレディアお嬢様、彼女は一体何者なのだろうか? 閣下の娘はメロディの、いや、セレスティ様のはずなのに……)
伯爵を探して周囲を見回すメロディをチラリと見下ろすレクト。
今でもはっきりと思い出せる。一度だけ見たその姿。銀の髪と瑠璃色の瞳。そして、水に濡れた艶めかしくも美しい白い肌――。
(じゃなくてえええええええええ!)
「どうしたんですか、レクトさん? 急にブンブン首を振ったりして」
「い、いや、伯爵閣下はどこにいるのかな、と……」
「そんなに早く首を振ったら見えるものも見えませんよ。ふふふ、おかしな人」
レクトの奇行に思わず笑ってしまうメロディ。恥ずかしさと気まずさのあまり、レクトの顔が赤く染まった。
(まったく、何を考えているんだ俺は……)
レクトが自分の情けなさに嘆息した時だった。彼に声を掛ける者が現れる。
「やあ、レクティアス」
「……兄上」
「え? レクトさんのお兄様?」
現れたのはレクトの兄。彼の実家、フロード騎士爵家当主、ライザック・フロードであった。髪や瞳の色はレクトと同じだが、彼よりも細身で、柔和な笑みを浮かべている。
「おや、そちらが例のお嬢さんかい。はじめまして、私はレクティアスの兄でライザックといいます。よろしく」
「お初にお目に掛かります。本日、レクティアス様のお供をさせていただいております、セシリア・マクマーデンと申します」
優雅な一礼で以って挨拶をするメロディ。その姿にライザックは微笑ましそうに目を細め、朗らかに笑った。
「マナーのよく出来たお嬢さんだ。どこで指導を?」
「えっと、母からです」
「ほぅ、大変優秀なお母上のようだ」
「ええ、とても素敵な人でした。お褒めいただきありがとうございます」
「そうか……」
セシリアの言葉から、彼女の母親が既にこの世を去っていることを察したライザックは、それ以上話を掘り下げようとはしなかった。
その場にしばし沈黙が訪れる。その隙にレクトはライザックに質問をした。
「兄上、伯爵閣下がどこにいらっしゃるかご存じですか」
「ああ、閣下ならあの奥にいらっしゃるよ」
ライザックの指差した先は残念ながら人混みで確認できないが、とりあえず所在が分かったなら御の字だろう。
「ありがとうございます、兄上。では、我々は閣下へ挨拶に行きますので」
「失礼いたします、子爵様」
「ああ、そうだね……セシリア嬢、少し待ってもらえるかな」
一礼し、ライザックの前を辞そうとした時、メロディは彼に呼び止められた。
「はい、何でございましょうか」
「君、王立学園に編入する気はないかい?」
「え?」
「あ、兄上? 急に何を」
あまりに唐突なライザックの申し出に、二人は目をパチクリさせて驚いてしまう。
「もちろん編入するには厳しい試験に合格する必要があるし、今からでは夏季休暇明けに合わせることも難しいからかなり中途半端な編入になってしまうがね。どうかな?」
「えっと……」
メロディは答えに窮してしまった。正直なところ、メロディ個人の返答は『いいえ』である。そもそも彼女は学園の夏季休暇明けにはメイドとしてルシアナに同行することになっているのだから、学園に編入などできるはずがないのだ。
とはいえ、相手は友人であるレクトの兄。そのうえ子爵家の当主だ。その提案には驚かされたが、即断で拒否するにはどうしても躊躇してしまう。
そんなメロディの葛藤を察したのか、ライザックに近づくとレクトは小声で抗議した。
「どういうつもりですか、兄上」
「いや何、彼女、とても優秀そうじゃないか。頑張れば編入もできるんじゃないかな」
「そうではなくて、なぜ急にそんな話になるのですか!」
「……お前の妻になるのなら、多少の肩書があった方が周囲も納得しやすいだろう?」
「な、ななな、なな……!」
レクトは顔を真っ赤にしてライザックから飛び退いた。
「どうしたんですか、レクトさん?」
「ははは、気にしなくても大丈夫だよ。あれはちょっとばかり照れているだけだから」
「はぁ」
顔を真っ赤に染めるレクトに対し、朗らかな笑みを浮かべているライザックという対照的な光景に、メロディはただただ困惑した。
「突然あんなことを言って失礼したね。でも、あれは冗談ではないからその気があるなら一度私を訪ねてくれたまえ。いつでも構わないよ。私の住まいはレクトが知っているから」
「えっと、はい、分かりました」
「よろしい。ではまた会える日を楽しみにしているよ、セシリア嬢」
最後まで柔和な笑みを浮かべたまま、ライザックはメロディ達の前から姿を消した。
「兄上め……」
ライザックの背中を睨みながら、レクトは悔しそうに呟く。
「それにしても、ライザック様はどうして急にあんな話をしだしたんでしょう?」
「……兄上は文官としては人を見る目はあるからな。メロ、セシリア嬢が優秀であると一目見て気付いてしまったんだろう」
「ふふ、優秀だなんて思っていただけたならとても嬉しいことですけど、私にはメイドとしてお嬢様のお世話をするという大切な使命がありますから」
「……そうだな」
「さあ、早く伯爵様のところへ行きましょう。可能ならお嬢様にもご挨拶しないと」
「……ああ」
レクトは一瞬、苦虫を嚙み潰したような顔になったがすぐに表情を取り繕うと、メロディとともにレギンバース伯爵の元へ向かうのであった。
☆☆☆あとがき☆☆☆
最新小説第3巻は9月20日(水)発売予定。
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