第14話 自重を知らされるメイド
「わたし、わだしもう、魔法なんてづかいまぜんっ!」
ボロボロ涙を流して泣きじゃくるように宣言するメロディ。かなり取り乱している。
「役に立つ魔法を、ご主人様のためになるメイド魔法を手に入れたと思って喜んでいたのに、まさか、こんな……魔法が、私のメイドライフの大きな障害になってしまうなんて!」
メロディ、メイド魔法を全否定。まさか開発した魔法に首を絞められることになるとは。周囲に魔法を知られたら、絶望が手ぐすね引いて待っているだなんて。
それは人生を諦めるには十分過ぎる仕打ち。メイドをやれない人生なんて生きる意味がない!
まだ周囲にはバレた様子もないというのに、その圧倒的恐怖心からメロディは考えなしに動き出してしまう。涙を流す顔を両手で覆いながらメロディは全員に告げた。
「今までお世話になりました。これからは魔法を封印し、どこか遠くの地で魔法を使えないメイドとして新たな人生を全うしたいと思いますううううう!」
顔を覆ったままメロディは食堂を出るべく駆け出した。その突然の行動にあっけにとられるヒューズ達。いきなりのことにマイカも、魔法の人形メイドであるセレーナさえフリーズしてしまった。
しかし、彼女だけは――。
「いやああああああああああ! メロディ、いなくならないでえええええええええええ!」
――ルシアナだけはメロディを引き留めようと、彼女を突き飛ばす勢いで飛び出すのであった。
「きゃあああっ!」
ラグビーばりに腰からドンッと抱き着かれたメロディは、勢い余ってルシアナと一緒に床に転んでしまう。ルシアナはそんな衝撃など知らないとばかりにメロディの腰にしがみついている。
「いたたた。お嬢様……?」
「おねがい、メロディイイイイイイッ! どこにも行かないでええええええええ!」
メロディ以上に泣きじゃくるルシアナ。鼻水まで垂らして本気で引き留めにかかっている。
(ちょ、えっ! お嬢様!? 何これ、え? どうしようこれ? えっ!?)
自分以上に情緒がおかしなことになっているルシアナを前に、メロディは少しずつ冷静さを取り戻していった。泣いて抱き着くルシアナをしばし見つめると、メロディはポケットからハンカチを取り出して柔和な笑みを浮かべる。
「……分かりました、お嬢様。もうどこへも行きませんから、そろそろ泣き止んでください」
「グス、グス……本当に? 絶対?」
「ええ、本当ですとも」
ルシアナの涙をハンカチでそっとふき取るメロディ。可愛い顔が台無しだと思いながら、なぜか不思議な充足感に満たされていた。
(こんなに必死に求められているのに、お嬢様のメイドを辞めるなんてできるわけないじゃない)
内心で喜色を浮かべるメロディとは裏腹に、マイカはドン引きしていた。
「……さすがは嫉妬の魔女。執着心が半端ないなぁ」
(……嫉妬の魔女?)
マイカの小さな呟きをセレーナは聞き逃さなかった。しかし、どういう意味か分からず、かといって今尋ねられる雰囲気でもなかったため、彼女は聞き流してしまうのだった。
「あの、ご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません」
冷静さを取り戻したメロディは席に戻り謝罪した。ルシアナが腰にギュッと抱き着いたままで。
「ルシアナ、席に戻りなさい」
「いやっ!」
「お嬢様、私はもう大丈夫ですから」
「いやいやっ!」
「まあ。赤ちゃんみたいね、ルシアナ」
「やだったらやだ!」
まるで幼児のようにイヤイヤ言いながらメロディから離れないルシアナ。先程メロディが飛び出した件が相当ショックだったらしい。しばらく離れそうになかった。
ヒューズは咳ばらいをして場を仕切り直す。
「とりあえず、私達は君にずっと我が家にいてほしいと思っている」
「もちろんあなたのメイドの技量や魔法の助けを期待していないとは言えないけど、いつかあなたから受けたこの恩に報いたいとも思っているのよ。今はまだ難しいけれど」
「旦那様、奥様……」
「魔法なんて使わなくていいからずっとそばにいてちょうだい、メロディ!」
「ありがとうございます、お嬢様」
深刻な雰囲気から一転、和気藹々となる食堂にて、冷静さを残していたセレーナが皆に問うた。
「それで、お姉様の魔法の件はどうなさるのですか?」
一瞬で静まり返る食堂。もう一度咳払いをしてヒューズがこの場を仕切り直す。
「とにかく、メロディの魔法は今後なるべく他人に知られないようにする必要がある」
「お父様、それってメロディに魔法を使うなってこと?」
「いいや、メロディの魔法の恩恵に与っている私達からそんなことは言えないよ。だが、メロディには彼女自身のためにも自分の魔法を他者に知られないようにしてもらう必要があるだろう」
「要はバレなきゃどんな魔法も使い放題ってことね!」
「いや、うん、まあ、そういうことなんだが……」
言っている内容は間違いではないのだが、ものすごーく軽く聞こえるから不思議である。
「畏まりました、旦那様。今までは人の目をあまり気にしてきませんでしたが、これからは特に注意することにします。私、絶対にメイドを辞めたくありませんので」
メロディの背後からゴゴゴゴゴッという擬音でも聞こえてきそうな闘志の炎が見えた気がした。
「差し当たってルトルバーグ領の方々への対応はどう致しましょう?」
「うーん、今のところは隠しておいた方がいいだろう。口の軽い者達ではないがどこから広まるかは分からないからな。とはいえ、ヒューバートくらいには知らせておかないとやりにくいか」
「それじゃあ、叔父様が帰ってきたらこっそり王都に連れて行って説明しちゃいましょう」
「ああ、そうしてくれ。メロディ、頼むよ」
「畏まりました」
そうして、初めて行われたルトルバーグ伯爵家緊急会議は解散となった。どうやって魔法を隠すかについてはメロディに一任するらしい。そのあたり大らかなところがルトルバーグ家らしいといえるだろう。
「そうだ。時間的にまだヒューバート達は帰っていないはずだろう。その間に一度、屋敷の現状を確認してもいいかな。やはり伝聞だけでは気になるし」
そして開かれる『迎賓門』。ヒューズを連れた一行が扉を潜り、ルトルバーグ領の屋敷跡地へ。ちなみに、メロディ達もルシアナらのお供というかたちでこの門を潜っている。さすがに『通用口』を出して、というのは無駄過ぎるので。
門を潜ったヒューズは驚きのあまり口をポカンと開けてこう言った。
「……なんだ、あの家は?」
「「「あっ」」」
ルシアナ、メロディ、マイカの声が重なった。ヒューズが目にしたもの。それは瓦礫と化した屋敷ではなく、その裏手にある謎の小屋敷であった。というか、既に瓦礫の撤去は終わり、分身メロディ達は回収品の整理を行っているようだ。
「あんなもの、以前はなかったはずだが……」
「……そういえば造るって言ってたもんね、屋敷の代わりの仮宿」
「宿っていうかホント、小ぶりなお屋敷ですよねあれ」
「も、申し訳ありません。分身の行動を完全に見落としていました」
そこには小さな屋敷が立っていた。コテージのような丸太造りではなく、きちんと角材に加工したもので建てられたそれは小ぶりながらも間違いなく貴族用の邸宅を思わせる完成度だ。
どこから用意したのか木造の壁はしっかり白塗りにされ、屋根には濃いグレーの洋風の瓦が敷かれている。暖炉もきっちり用意されているようで煙突が立っていた。木造邸宅でありながら簡素な印象は全く感じない。現在分身メロディは小屋敷の前の花壇の整備をしており、邸宅の周りに木製の塀まで作る始末。素敵な小屋敷が完成していた。
「何というか、魔法の存在を隠す気ゼロのやりこみ具合ですね」
マイカの呟きを聞いたヒューズは、眉間を押さえて懊悩するのであった。
しばらくして、東の方からこちらへ駆け寄る影をメロディは見つけた。ヒューバートだ。
「お嬢様、ヒューバート様がお戻りのようです。……お一人ですね?」
「一人? ダイラルはどうしたのかしら? でも好都合ね」
「まあ、それは確かなんだが、何をやっているんだあいつは。護衛を置いていくなんて」
「ホントねぇ」
よく似た仕草でウンウン頷く父娘にジト目を送るメイドが二人。
「……ルトルバーグ家は護衛を振り切るべしって家訓でもあるんですかね?」
「ないとは思うんだけど、これも血なのかな……?」
「護衛泣かせな血ですねぇ」
ルシアナとヒューズの後ろでマイカとメロディは益体もないことを囁き合うのであった。
「お帰りなさい、叔父様」
「ただいま、ルシアナ。幸い、グルジュ村には特に被害はなかったよ。どうもこちらほど地面の揺れは大きくなかったらしい」
「それはよかったです。ところでダイラルはどうしたんですか?」
「え? ダイラル? ……あれ? 一緒に出たはずなんだけど」
「……叔父様の健脚も相変わらずですね」
「いやあ、ダイラルにも困ったもんだ。走り込みの練習でもしてもらおうかな。ははは」
「お前が彼の足に合わせてやれよ、全く。お帰り、ヒューバート」
「ただいま、兄上! いやぁ、早く村の無事を伝えたくてつい……え? 兄上? なんで?」
朗らかな笑顔から一転、汗だくで帰ってきたヒューバートはいるはずのない兄ヒューズの姿に目を丸くした。
「ちょっとお前に用事があってな。その前に、メロディ頼むよ」
「畏まりました、旦那様」
ヒューズに命じられ、メロディがさっと前に出る。
「お帰りなさいませ、ヒューバート様。汗を拭くのにお使いください」
村まで走り続けたのか全身汗まみれのヒューバートにメロディは濡れタオルを差し出した。王立学園でレクトの補佐をしていた時のようにマネージャー的笑顔を見せる。
ポッ。
「う、うん。ありがとう」
ややぎこちない仕草で濡れタオルを受け取るヒューバート。ニコリとした笑顔を浮かべるメロディを思わずじっと見つめてしまう。そんな彼の肩を掴む細い手が忍び寄る。
「……叔父様。まさかとは思いますけど、十五歳の少女に懸想したなどとは言いませんわよね」
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