第4話 王立学園の新たな出会い メロディ編
「私の名前はサーシャ・ベルトンよ。よろしくね」
「私はメロディ・ウェーブといいます。よろしくお願いします、サーシャさん」
向かい合う二人の少女はニコリと微笑み合った。
サーシャ・ベルトン。十七歳。シンプルなデザインのメイド服に身を包み、肩の高さに切り揃えられた藍色の髪の頭上には、フリルのついたカチューシャが飾られている。
昨日会った時はキャリアウーマンのような凛とした雰囲気を醸し出していたが、今の彼女はどちらかというとポーラのような快活な印象を覚える。
「あら、ポカンとしてどうかしたの?」
「いえ、昨日と随分雰囲気が違うなと思いまして」
メロディの言葉に、サーシャはあははと笑った。
「あれはお客様用の顔よ。私、お屋敷ではパーラーメイドだからさ。普段から一日中あれじゃ肩が凝って仕方がないもの。それとも今の接し方、気に障っちゃった?」
「いいえ。どちらも素敵だと思います」
仕事に合わせてメイドとしての自分をきっちり演じ分けられるサーシャにうっとりしてしまう。メロディは尊敬の眼差しを込めてニコリと微笑んだ。
「……メロディって、可憐ねぇ」
「?」
メロディは無敵の鈍感力を行使した。言葉の意味が理解できない。コテンと首を傾げる。
「……可憐だ」
「?」
サーシャと同じ言葉が彼女の右隣の男性の口から聞こえた。長身のツンツン頭の少年だ。サーシャと同じく藍色の髪をしている。目元が何となく似ているような気がしないでもない。
「そういえばまだ紹介してなかったわね。今メロディのことを『好きだ、結婚してくれ』って言ったのが私のいとこのブリッシュよ」
「い、言ってないだろそんなこと! ……コホン、ブリッシュ・ベルトンだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「……可憐だ」
「?」
ふわりと微笑みながら挨拶を返すメロディに、ブリッシュはポッと頬を赤く染める。
「ぷぷー、ブリッシュ可愛い!」
「何がだ!? 人をおちょくるんじゃない、ウォーレン!」
ブリッシュの隣に座っていた少年がケラケラと笑っている。ミドルヘアのふわりとした金髪の少年だ。ブリッシュよりも小柄で、とても可愛らしい顔立ちをしている。
「あ、俺はウォーレン・ゼトっていうんだ。よろしくね、メロディちゃん」
「はい、よろしくお願いします、ウォーレンさん」
「わぁ、俺、結構軽薄そうにしゃべってるのに態度変わんないんだ。可愛いうえに優しい子なんだね、メロディちゃんって!」
「?」
「これもそうなんだ。メロディちゃんは天然なんだね、可愛いなぁ」
「ウォーレン、いい加減にしろ!」
「いい加減にするのは二人ともよ。食堂で騒がないでちょうだい」
サーシャの言葉でテーブルはようやく落ち着きを取り戻した。そしてお互いの話を始める。
「それじゃあ、サーシャさんとブリッシュさんはインヴィディア家に仕えていて、ウォーレンさんは違う家にお勤めなんですか?」
「そうだよ。俺達三人は幼馴染なんだけどね、俺だけ平民の商家の使用人になったんだ」
「商家の使用人ですか?」
「そうそう。貴族に仕えるなんてガラじゃないからね。だったら同じ平民の家にしようと思ったんだけど、まさかそこの息子が学園に通うことになるなんてねぇ」
面倒臭そうに首を振るウォーレン。多分本当に面倒臭いのだろう。
「その方も幼馴染なんですか?」
「ウォーレンにとってはね。私達がインヴィディア家に使用人見習いとして住み込みを始めた後で知り合った人だから、私達はあんまりよく知らないのよ」
「みんなのご主人様と同じクラスだといいね!」
ニパッと笑みを浮かべるウォーレンに、メロディも笑顔で頷き返す。
「その方のお名前は何と仰るんですか?」
「ルキフ・ゲルマンだよ。年齢は十五歳。あ、ちなみにブリッシュが十六歳で、俺が十八歳ね」
「……ウォーレンさんが最年長なんですね」
「誠に遺憾ながらね!」
「本人が言うな、本人が……はぁ」
ブリッシュが大きなため息を吐いた。サーシャは頭が痛そうにしている。そしてニコニコ笑顔のウォーレン。メロディは仲の良さそうな三人の様子にクスリと笑った。
「ごめんね、無駄に騒がしくて」
「いいえ。サーシャさん達とご一緒できてとても助かりました。皆さんに声を掛けてもらえるまで何組か相席をお願いしたんですが、悉く断られてしまってちょっと落ち込んでいたんです」
「断られた? こんなに可愛いメロディちゃんを?」
「……信じられない」
ウォーレンとブリッシュは不思議そうに首を傾げる。そんな中、サーシャは『あちゃあ』とでも言いたげな表情を浮かべた。
「サーシャさん?」
「あーと……メロディって、あんまり他のメイドと交流がない感じ?」
「え、ええ。そうですね、サーシャさん以外だとあと一人くらいしか」
「うーん、だからかぁ。えっとね、メロディのところのルシアナ・ルトルバーグ様が今社交界で『妖精姫』とか『英雄姫』とか呼ばれてることは知ってる?」
「はい。舞踏会でそう呼ばれるようになったとは伺っていますが、それが何か?」
サーシャは苦笑を浮かべて、そして説明してくれた。
「ルトルバーグ家って、こう言っちゃなんだけどちょっと不名誉な通り名があるじゃない?」
『貧乏貴族』のことだろう。メロディはコクリと頷く。
「でね、伯爵でありながら長年他の貴族から、こう、下に見られてた感じなのよ、ルトルバーグ家って。それで、そんな家のご令嬢が春の舞踏会で突然『妖精姫』とか『英雄姫』っていう、いかにも周りから称賛されるような通り名を持つようになっちゃったもんだから……」
「……もしかしてうち、周りからあまり良く思われてないんでしょうか?」
徐々に小声になるサーシャに合わせるように、メロディも小さな声でそう尋ねた。
「もちろん全員ってわけじゃないのよ。うちのお嬢様だって気にしてないし。でも、やっぱり気に入らないって家もあるでしょうね。で、そういう感情は当然そこに仕えるメイドにも影響するわけよ。主が嫌ってるのに、メイド同士で仲良くできるわけないものね」
「……そういうことだったんですね」
「ちなみに、メロディを断ったグループって?」
メロディの視線が最初に相席を断られたグループへ向けられる。
「あぁ、うん。あれは無理ね。だってランクドール公爵家傘下貴族の使用人グループだもん」
「ランクドール公爵家?」
「今年の新入生にそこのご令嬢がいるのよ。でも、春の舞踏会で注目を集めたのはメロディのところのお嬢様と、ヴィクティリウム侯爵令嬢の二人で、他は物凄く霞んじゃったって話らしいわ。社交界デビューする令嬢の中で最も家格が高い公爵令嬢がいたにもかかわらずよ」
さすがにメロディも『うわぁ』と思った。そりゃ恨まれるわ、と。
「特別明言してるわけでも行動を起こしたわけでもないけど、少なくとも良い印象は持たれてないだろうなって感じね。あの子達もきっとその辺を気にして断ったのよ。他の子達も同じか、下手に関わりたくないと思ったのかもね」
メロディは嘆息した。そして反省した。ルトルバーグのお屋敷でメイド仕事を楽しんでいるばかりで、メイド仕事のもう一つの側面『情報収集』を怠っていたのだ。
メイド同士で交流を持ち、他家の情報を主人へ持ち帰るのはメイドに課せられた重要な仕事。
(そんな大切な仕事をすっかり失念していたなんて!)
美しい作法で主の世話をするだけがメイドではないのに、何たる失態。メロディは猛省した。
「ありがとうございます、サーシャさん。おかげで目が覚めました。私、頑張りますね!」
「そ、そう? 何を頑張るのかよく分からないけど応援するわね」
「はい! とりあえず音もなく忍び寄る歩法と、気配を断って身を隠す技術を練習しなくちゃ」
「……ちょっと頑張る方向性を変えましょうか、メロディ?」
「?」
「あはは、そこでもそれなんだ。メロディちゃん、面白~い」
「……それでも可憐だ」
とりあえず、サーシャの取り成しで人並みに頑張る方向に修正されました。ホッ。
その日の夕方――。
「うえーん。初日からメチャクチャつかれた~」
「お嬢様、自室とはいえはしたないですよ」
帰ってくるなりベッドにダイブしたルシアナをメロディが優しく窘める。
「もう、なんでいきなり試験から始めるのよぉ」
どうやら学園初日から抜き打ち試験があったらしい。本来五月に行われるはずの中間試験の代わりのようなもので、学園再開までに指示していた予習をきちんとしてきたかを確かめることが目的のようだ。
「今日は顔合わせだけだと思っていましたが、試験なんてあったんですか。しっかり予習をしておいてよかったですね、お嬢様……当然、きちんと回答は埋められましたよね?」
「うぴいいっ! も、も、もちろんよ! 抜かりなんてないわ! だからその顔はやめて!?」
メロディはニッコリ微笑んでいるだけである。ただ、女家庭教師の顔をしているだけで。ヒッ!
「ふふふ、冗談ですよ。結果が楽しみですね」
「なんかもう、明日には出ちゃうらしいよ。緊張するなぁ」
「お嬢様なら大丈夫ですよ。それより、クラスメイトの方々とは仲良くなれそうですか?」
「うん! 私の隣の席が昨日来たルーナだったの。早速友達になったわ」
「それはよかったです。私もインヴィディア家のメイドと友人になったんです。お揃いですね」
「そうなの? 主従揃って仲良しになれるなんて素敵ね! 幸先いい学園生活じゃない」
嬉しそうに笑顔を浮かべるルシアナを見て、メロディはホッと安心した。とりあえず、学園でトラブルなどは今のところ起きていないようだ。
とうとう始まった学園生活。ドキドキワクワクがっくりと色々あるものの、メロディとルシアナの学園初日は思いの外楽しく終わるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます