第41話『歌声』

「……ゲームにしてもちょっと設定が悲惨じゃね?」


 説明を聞いたクリストファーの感想はそれだった。

 アンネマリーも顔をしかめたまま頷く。


「こんな話、ゲーム内で直接語られていないわ。後で発売された設定資料集に、彼女にはこんな裏設定があったんですよって、裏話的に語られていたのよ」


 ゲームでは、『嫉妬の魔女』となったルシアナはヒロインセシリアに何度もありもしない罪をなすりつけようと画策する。貶められたセシリアの心に自分と同じような影を落とさせることで、聖女としての力を封じようとしたのだ。


 その時にセシリアを糾弾するのは何も知らない悪役令嬢アンネマリーだ。

 セシリアに対する嫉妬を含んだライバル心に気づいたルシアナが、アンネマリーを表舞台に立たせることで自分の存在を隠したのである。


 ヒロインは推理ゲームのように証拠を揃え、事件の犯人がルシアナであることを突き止めたところでバトルが始まる。この時、誰を事件解決のパートナーに選ぶかで親密度に変化が生じる。


 バトルはセシリアの勝利で終わるが、魔王はルシアナがあっさり敗れたことに激怒し、彼女の体内に残っていた魔王の魔力を使って、罰とでもいうかのようにルシアナの命を奪ってしまうのだ。


「この戦いがある意味セシリアに聖女の自覚を持たせる契機になるの。敵対したとはいえルシアナちゃんはセシリアと戦わせるために魔王に選ばれてしまった犠牲者だもの」


 そしてルシアナちゃんは、ゲーム内で唯一命を失ったキャラクターなのよ。

 アンネマリーがそう締めくくると……しばしの沈黙が訪れる。


「……それで『悲劇の少女』か」


 アンネマリーが頷いた。さらなる説明によれば、次に現れる刺客も同じような目に遭うのだが、「あんな悲劇はもう繰り返させない!」というセシリアの決意が、彼女の中の聖女の力の一端を解放させ、それ以降刺客キャラが命を落とすようなことはなくなるらしい。


「お前、よくこんな重要キャラのこと今まで忘れてたな」


「あなただって覚えていなかったじゃない。でもホント、今までよく忘れていたものだわ。刺客キャラの中でルシアナちゃんだけ結末が可哀想だって、ネットでも結構言われていたのに」


「……もしかすると俺達、全部思い出したつもりで意外と前世の記憶に欠落があるのかもな」


 そう言われても答えなどない。覚えていることしか覚えていないのだ、何を忘れているかなど自覚できるはずもない。


(ううん、今はそんなことどうでもいい。ルシアナちゃんが魔王に殺されると分かっていて放置なんてできない。あんなに可愛いルシアナちゃんを魔王なんかの好きにさせるわけには……あれ?)


 今後の対策を考えようとして、アンネマリーは首を傾げた……何か、おかしくない?


「なあ、ちょっといいか?」


 先程の思考に何か違和感を覚えたアンネマリーに、クリストファーから声が掛かる。


「何?」


「いや、さっき説明を聞いていた時も思ってたんだけどさ……ルシアナちゃん、今日、舞踏会に参加してたよな?」


「それだ!」


 アンネマリーはようやく違和感の正体に気づいた。

 『嫉妬の魔女』ルシアナ・ルトルバーグは、今夜の舞踏会に出席している!


(そうよ、そうだわ! 酷い劣等感に苛まれた彼女は、ゲームではドレスもエスコート役も用意できなくて自ら出席を辞退していたはず。でも……)


 舞踏会に参加したルシアナは、妖精姫と呼ばれるほど愛らしく美しいドレスを纏っており、本人も大変な美少女だった。さらに言えば、周囲への劣等感など微塵もなく、はっきり言えばとてもいい子だった。

 アンネマリーの好感度はMAX。彼女がヒロインだと言われても違和感がない。

 そのうえ彼女のパートナーは、未来の宰相候補と名高いマクスウェル・リクレントスだ。


(本来ならマクスウェルは一人で舞踏会に参加し、レクト様にエスコートされたヒロインとの邂逅シーンがあるはずだった……でも、マクスウェルはルシアナちゃんをエスコートした)


 アンネマリーの思考が加速していく。


 筆頭攻略対象者クリストファーは入学式の直前で出会うはずのヒロイン、セシリア・レギンバースに会うことができなかった。だが、容姿こそ違うがセシリアという名の少女は、シナリオ通りにレクティアス・フロードのエスコートで舞踏会に出席している。

 しかし、彼女はクリストファーと面識を持つことなく早々に舞踏会を後にしてしまった。


 第二攻略対象者のマクスウェルが舞踏会で出会ったのはヒロインではなかった。彼が出会い、ダンスを踊った相手はルシアナだ。そして彼は、少なからずルシアナに好意を抱いている。


 第三攻略対象者のレクティアスに関しては、情報が足りないもののルシアナがセシリアと踊ったことで多少の面識を持ったようだ。同性カップルダンスでは踊った相手によって今後のシナリオに影響がでる。そのダンスに、ルシアナが誘ってセシリアと踊った。


 第四攻略対象者のビュークは、ゲームとは時間も場所も違うところから舞踏会を襲撃した。だが、王太子を狙った攻撃はルシアナが庇ったことで上手くいかず、そのうえなぜか彼女は無傷。

 襲撃は失敗し、おそらくだが、剣に封じられていたはずの魔王はビュークを残して逃げ去ってしまった。ゲームでは、ルシアナは魔王の剣で胸を貫かれて心を奪われるはず。

 しかし、剣は既に朽ち果てており、同じ手段を取ることはできない。


(……もしかして、シナリオが狂いだした原因は、ルシアナちゃん……?)


 クリストファーのヒロイン邂逅の件はともかく、それ以外に関してはほとんどルシアナが関わっているように思えた。

 まるで、ヒロインが立つはずの場所に無理やりルシアナの足がねじ込まれたような、そうでないような……。


 そもそも『貧乏貴族』であるはずのルシアナが、どうやってあんなドレスを用意できたのだろうか。ルトルバーグ夫妻にしても、今夜の装いに貧乏を思わせるところは見受けられなかった。


 手入れの行き届いた髪と肌。血色はよく、食事に困っている雰囲気もない。貧乏なら家庭教師も雇えなかったはずだというのに、ルシアナの所作は洗練されていた。


 ルシアナの存在そのものがシナリオから外れている?

 でも、どうして……アンネマリーにひとつの懸念が思い浮かんだ。


(まさか……ルシアナちゃんは、私達と同じ転生者?)


 ある意味納得できる結論だった。ルシアナ・ルトルバーグは転生者。

 それも、おそらくゲームにおける彼女の役割を知っている人間。


 自分の結末を知ったルシアナが、未来を変えるために前世の知識を利用して伯爵家を貧乏から脱却させた。そう仮定すれば、ルシアナがシナリオとはかけ離れた存在になっていることも頷ける。

 場合によっては、クリストファーがヒロインと出会うことができなかった件も彼女が関わっているのかもしれない。


(私はファンブックが発売される前に死んじゃったけど、ルシアナちゃんはファンブックを読んだことがあって、ヒロインの詳しい出生も知っていたのかも。それなら私達よりも先んじた対応が取れる。もしかするとヒロインがレギンバース伯爵に見つかっていないのも、既に彼女が手を打ったから? それじゃあ、レクト様がエスコートしたセシリアは、偽物? でも……)


 いくつか仮定してみるが……確かにそう考えれば納得できなくもないが……アンネマリーは自分で考えだした結論を信じ切ることができなかった。


 なぜなら――。


(ルシアナちゃんがそんなことをする子には、どうしても思えない……)


 舞踏会で出会った妖精姫の無垢な笑顔が忘れられない。あれが嘘だとはとても思えない。

 王太子の婚約者候補筆頭として幼い頃から王城を行き来していたアンネマリーは、偽物の笑顔がどういうものであるかをよく知っていた。


 利益のために近づいてくる者。悪意を隠して微笑む者。彼らの笑顔にはある種の特徴があり、努力と経験によってアンネマリーはそれを見分けることができるようになっていた。

 そんなアンネマリーの直感が、ルシアナを疑うことを否定している。


(でも、彼女がシナリオになんらかの影響を与えていることも事実。なら――)


 ルシアナに直接聞いてみるしかない。結局、そこに行き着く。

 彼女が目を覚ましたら、三人だけで話し合う時間を取ってもらう。そして、もし彼女が転生者であるというなら、これからは三人で協力して魔王に対抗していけばいい。


 アンネマリーは大きく頷くと立ち上がり、クリストファーの方を見た。


「クリストファー、明日ルシアナちゃんが目を覚ましたら私と……クリストファー?」


 さっきまで話を聞いていたはずのクリストファーが、ベッドの上で寝息を立てていた。

 うたたねどころではない。何やらとても気持ちよさそうな表情で眠っている。「もう食べられないよ~」とでも言いそうな顔だ。


 アンネマリーの眉間に大変深い溝ができた。疲れているのは分かるが、何もこんな時に自分を残して眠らなくてもいいではないか。こっちは真剣に考えているのに。という思いが溢れ出す。

 空気の読めないバカは叩き起こしてやる!

 アンネマリーはベッドへ歩き出した。


「ちょっとクリス! 私を残して気持ちよさそうに眠るなんて許されるとで――ぇ?」


 突然、アンネマリーの体から力が抜けた。幸い、ベッドの前だったのでそこに体を預けることができた。

 怪我はない。だが……。


(な、何? なんだか急に眠くなってきた……)


 気が付けば、瞼がトロンと落ち始め、意識が遠ざかりそうになっている自分がいた。

 まさか魔王の襲撃かと、アンネマリーはどうにか起き上がり周囲を見回すが、もちろん室内には誰もいない。


 だが、しばらく静かにしていると……美しい歌声が耳に届いた。

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